余話 〝万聖節〟のかぼちゃ
ランドルと別れたジオラとブロジェイルは、残る悪霊たちを祓いに向かい、全てを祓えた後も町に留まっていた。
ジオラとしてはすぐにでも帰りたかったが、ブロジェイルに何だかんだと言い含められ、結局、完全に浄化が出来たか確認が取れるまではいることになったのだ。
他に《退治屋》か退魔師が居ればそそくさと帰るが、現在、近くにいる《退治屋》は二人だけ。
こればかりは協力者――主役を浄化した広場の後始末を頼んだ者たち――にも任せられなかった。
何かがあった時、〝浄化〟が出来なければならないからだ。
そして、東の空が明るくなって来た頃。
(あー……ダリィ……)
ユラユラと頭を左右に揺らすジオラの隣で、ブロジェイルは〝紹介所〟から支給される機械に視線を落としていたが、ふと顔を上げるとジオラに視線を向けて来た。
「よし。数値も問題ねぇし、大丈夫だろ」
「だから、言ってるだろー」
やれやれ、とジオラは力ない声を返す。
十月三十一日が終わり、朝を迎えた今は〝万聖節〟の始まりを告げていた。
最も悪霊の〝力〟が弱まる日のため、心なしかジオラの身体は小さくなり、目の奥の炎も弱まっていた。
「俺は〝紹介所〟に戻るが、お前はどうする?」
仲間も仕事を終えているはずなので、ブロジェイルはそちらに合流するのだろう。
「俺はルネのトコに帰るぜー」
十一月一日は――正確には十一月頭の辺りだが――いつも〝黒の魔女〟のところで身を潜めていた。
それは〝万聖節〟の後も数日は調子が悪いためで、休息日だと決めてダラダラと過ごしているのだ。
「そうか……けど、いいのか?」
「報告は〝紹介所〟にしろって聞いてねぇからなぁ……あっ、報酬は日を置くぜー?」
ルネからの依頼の完了報告は、時折、〝紹介所〟にしろと言われるが、さすがに〝万聖節〟の時に行かせることはしない。
「それはいいぜ。……途中まで一緒に行くか?」
「おーぅ」
夜が明けた今、エプリもその〝力〟が弱まりつつあるので、さっさと帰ろうとジオラたちは立ち上がった。
明るくなり始めた空を背に、ジオラたちがやって来たのは、ジオラが〝紹介所〟に向かう時に使った空き家だった。
「じゃあな」
一足先に、ブロジェイルが白い鍵を使って〝紹介所〟に戻っていった。
心情的には、先に〝黒の魔女〟のところに帰りたかったが、出来る限り繋がるところを見せないようにと言われているので仕方がなかった。
「おおー、またなー」
ジオラはフラフラと手を振った。
ぱたり、とドアが閉まった所でランタンを影に仕舞い、鍵束を取り出す。
(さぁーて、のんびりするかー)
空気が抜けるように全身から止めどなく力が抜けているにも関わらず、どこか充足感があるのは悪霊を喰ったからだろう。
ユラユラと身体を揺らしながら、鍵束に吊り下がる四つの鍵の中から黒い鍵を掴んだ。
『ぁ―――』
「んん?」
ソレを鍵穴に差し込もうと、手を伸ばした時だった。
ジオラの影の中で大人しくしていたエプリが声を上げたのと、ジオラが〝その気配〟に気づいたのは――
―――すっ……、
と。後ろから、鍵を持つ右手に〝何か〟が差し伸ばさた。
細く白い――全く血の気のない手だ。
がしりっ、と強い力でジオラの右手を握り締めてきた。
そのあまりの強さに〝力〟が弱っているジオラは鍵を離してしまった。
ガチャッ、と音をたてて鍵束が地面に落ちる。
「っ!?」
『あちゃー……』
ジオラが驚いた一瞬の隙をついて左側から胴体に細腕が回り、後ろに身体が引かれた。
右手を掴む手も胴体を回って、とさり、と背中に柔らかいモノが触れた。
そして、左右から黄金色の長い髪が覆い被さってきたところで、後ろから抱き締められたのだと分かった。
(な、何で――っ?!)
背後の知った〝気配〟に動揺し、ゆらりっ、と目の奥の炎が大きく揺れる。
『あーあ……やっぱり、来ちゃったかー』
何処か呆れたエプリの声には、隠しきれない畏怖が混じっていた。
「ウィィールゥゥゥッ! やぁぁぁと、会えたわぁぁぁーっ!!」
澄んだソプラノの声が、早朝の静けさに包まれた町中に響く。
とても華やかな声は嬉しさに満ち溢れていたが、何処か重く纏わりつくような狂気を孕んでいた。
(やっぱり、だとーっ?!)
『……だって、あれだけ暴れてたらねー』
悲鳴に近いジオラに、エプリはため息交じりに言った。
ジオラとエプリは、その声の主をよく知っていた。
昔、死闘を演じて以来、ジオラの後を付け回る――ストーカーの一人だからだ。
「うふふっ。可愛いぃぃぃ姿ねぇー」
ジオラは、ぎゅううう、と両手で抱えるように抱き締められ、頭の上に顎を置かれてグリグリと押された。抱き締めてくる強さは絞め殺されると不安に思うほどのものではないが、決して、逃がさないと言う強い意思が窺えた。
(相変わらずの、馬鹿力だなぁ……っ!)
同じ悪霊でありながら、〝彼女〟は日中はおろか〝万聖節〟でも〝力〟の減衰は少ない。
それは〝彼女〟にとって、日の光は〝力〟の増幅を促すものだということ――何より、〝彼女〟自身が悪霊の中でも異質であることが大きかった。
「頑張ったのねぇー。こんなに小さくなって」
ふふふふっ、と喉の奥で笑う〝彼女〟。
両腕を封じるようにがっちりと抱き締められ、頬ずりをされるジオラはぬいぐるみのように為すがままだった。
何故なら、〝力〟が弱まっている今は自力で逃げる術がないからだ。
(おぉーい! 何とかしろー!!)
ジオラは視界でゆらゆらと黄金色の髪が揺れるのを見ながら、唯一の脱出手段――エプリに叫んだ。
『じゃあ、ごゆっくりー』
(おいーっ! 待てっ)
影の中からエプリが出たのを感じ、ジオラは制止の声を上げた。
エプリはいつもより少し慌てた声色で、
『また落ち着いたら、迎えに行くよー。―――あ。ランタンは隠しておいてあげるからね!』
そう一気に言うと、その気配が急速に離れていった。
(ぅぉおぉぉいぃぃ――っ!!)
裏切者ー、と叫んでも止まる気配を一切見せず、一心不乱にジオラとそのスト―カー1から距離を置くエプリ。
エプリの〝彼女〟への第一印象は最悪で、その次の時も良いとは言えず――何より、本能的な恐怖から逃走を図ったようだ。
(アイツー、逃げる気満々だったなぁ……!)
ジオラは悪態をつくも、唯一の脱出手段を失ったため、全身から力を抜いた。
エプリがいなくなった今、どうやってもストーカー1から逃げることは出来ない。
「ふふふー……守ってあげるから、安心してねぇ」
さぁ行きましょうか、と一瞬だけ強く抱き締めてから、〝彼女〟は右手を前に突き出した。
そこにはジオラと同じく鍵束があり、白と赤の鍵が吊り下がっている。
細い指は、二つの鍵のうち赤い鍵の方を摘んだ。
その鍵が繋げる場所は、〝彼女〟の根城――契約を交わした〝赤の魔女〟の下だ。
がちゃり、と鍵を回し、鼻歌混じりにドアを開ける〝彼女〟。
(あー……マジかぁ……)
きぃっ、と妙にドアが開く音が大きく聞こえ――地獄に続く扉のように思うジオラだった。
「さぁ、のんびりしましょうか? ウィィルゥゥー」
赤いドレスの裾が翻り、黄金色の長い髪を泳がせながら〝彼女〟はジオラを抱えてドアをくぐった。
ぱたん、とドアが閉まると早朝の静けさが戻ったが、地面にはジオラが落とした鍵束が残っていた。
だが、その鍵束もすぅーっと虚空に溶けるように消え、いつもと変わらない風景となった。
それから、エプリに救出されるまでの十日間ほど、ジオラは〝彼女〟に世話を焼かれるのをニマニマと笑う〝赤の魔女〟にじっくりと観察されるのだった。
to be continued…?