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炎を纏ってかぼちゃは踊る  作者: かぼちゃ
第1夜 悪夢を視る少年
13/33

エピローグ かぼちゃと退魔師



(やっと、か……)


 目の前に〝かぼちゃ〟――〝ウィル・ジオラ〟が降りて来るのを、ランドルは目を細めて見つめていた。

 ランドルが退魔師(エクソシスト)となって約十年——やっと、再会することが出来た。

 あの事件の時、助けてくれた銅色の髪の男とは退魔師(エクソシスト)として活動を始めて間もなく再会したが、〝ウィル・ジオラ〟とは再会どころか、その姿を見かけることがなかった。

 その噂(・・・)は、幾度も聞こえてきたが――。


「少し、話をしないか……?」


 周りから感じる視線に緩みそうになる頬に力を入れながら尋ねると、「いいぜー」と軽い声が返って来た。


「………じゃあ、ちょっと場所を変えよう」


 やっと会えたことに慌ててしまい、本部の目の前で呼び止めてしまった。

 相手は、色々と有名な《退治屋》だ。

 悪目立ちしたかと思いつつ、少しでも同僚たちの目から逃れようとランドルは歩き出した。

 その後ろをフヨフヨと浮かびながら〝ウィル・ジオラ〟がついて来る。


(全然、変わってないな……)


 ランドルは、その姿が記憶の奥底にある姿と全く変わっていないことに内心で呟くが、すぐに当たり前かと自嘲した。


こういう時は(・・・・・・)、見ないもんだな……) 


 野営地の片隅に来たところで立ち止まり、ランドルは振り返って〝ウィル・ジオラ〟と向かい合った。

 〝ウィル・ジオラ〟はさっとランドルの足から頭までを見ると、


「ジェイルから聞いてるぜー。退魔師(エクソシスト)になったんだってなぁ」


ユラユラと頭を左右に揺らしながら、間伸びた声で言った。


「ああ。お陰様で、無事にな………」


 その懐かしい声と久しぶりに会う照れくささに、ランドルは笑みを浮かべて頷いた。











         ***











 あの日――〝ウィル・ジオラ〟が悪霊を討伐した後、ランドルは張り詰めていた気が緩み、呆然とその姿を見上げていた。


「ジオラ!!」


 突然、彼の名前を呼ぶ声が辺りに響いた。

 のろのろと声がした方向へと視線を向けると、ザズの家で助けてくれた銅色の髪の男がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。


「よぉー」


 〝ウィル・ジオラ〟は軽い声を返しながら、ゆっくりと地面に降りて来る。

 ランドルはその様子を茫洋とした瞳で見つめ、


『ん。ジェイルも来たみたいだね』


と。エプリが――小人の姿で――目の前に現れたので、目を瞬いた。

 一瞬でコウモリの姿になると『じゃあね!』と羽を動かし、〝ウィル・ジオラ〟の下に行ってしまう。


「えっ……あ……」


 ランドルは座り込んでいた身体を動かし――ずしりっ、と身体が鉛のように重く、上手く身体を動かせないことに気付いた。


「あ、れ?」


 どこかほわほわとした気持ちの中、戸惑いつつも何とか立ち上がろうとして、右腕でザズを抱えていることを思い出した。

 地面に下ろすのも、とどうしようか逡巡していると、


「よく、頑張ったな――」


近くから声を掛けられ、ランドルは顔を上げた。

 すぐ傍に銅色の髪の男が立ち、小さな笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。

 〝ウィル・ジオラ〟と話していたはずだったが、いつの間に近づいてきたのだろう。


「えっ?……いえ。俺は、全然……」


 驚きつつも、ランドルはのろのろと首を左右に振った。

 男と〝ウィル・ジオラ〟に助けられてばかりだった。

 特にアイツには、とランドルは男から視線を外し、近くにその姿がないことに気付いた。


(一体、何処に……?)


 キョロキョロと辺りを見渡すと、襲いかかってきた人たちは全員が地面に倒れ、誰一人――男以外は――立っている者はいなかった。

 エプリが作った黒い人形とそれを隠していた火柱も、まるで、最初からなかったかのように消えていた。


「怪我はない、か……」

「あ、はい……」


 確かめるように呟いた男に視線を戻し、ランドルは頷いた。

 その様子に男は片眉を上げて、


「身体が動かしにくいのは覚醒した影響と、この場の霊力が安定し始めた影響を受けているからだ。ちょっと休めば問題ないぜ」


気遣うように説明され、ランドルは「そう、なんですね……」と呟きを返し、


「あの……〝ウィル・ジオラ〟は……?」

「もう、残りの雑魚を祓いに行ったぜ。今日は収穫祭(ハロウィン)だからな……少々、落ち着きはないんだ」

「………落ち着き?」


 小首を傾げるランドルに、男は「色々とな……」と苦笑して、背後を――夜空を振り仰いだ。


「………?」


 ランドルはその視線を追って夜空を見上げたが、公園に来た時と同様にオレンジ色の光が見えるだけだった。

 男はランドルに顔を戻し、


「俺も、それを手伝いに行かねぇといけねぇから、ココの後始末は別に手配しておいた」

「!」

「ありのままを公表することは出来ないから、情報操作をすることになる。口裏は合わせておいてくれ」

「情報、操作……」


 ランドルが呆然と呟くと、男は肩を竦め、


こんなこと(・・・・・)は、あくまでもフィクションの中の出来事さ。……まぁ、馬鹿正直に公表してもガセネタ扱いだけどな……」


(………確かに、そんな話は聞いたことが……)


 ランドルが聞いたことがあるのは、実在するとかしないとか――半ば都市伝説に近いものだ。


「詳しいことは、もう少ししたら来る奴らに聞いてくれ」

「………………わ、分かりました」


 有無を言わせない雰囲気に頷くと、「――あと」と男は懐に手を入れて〝何か〟を取りだした。

 ランドルに差し出されたのは、一枚の名刺だった。


「覚醒したまま、何もせずに今までの生活を続けることは出来ない。放って置けば、今回の二の舞になるのは明らかだ」

「っ?」


 二の舞と言う言葉で、ランドルは顔を強張らせた。


「だから、ココを訪ねろ」


 そう言って、男はランドルの手に名刺を握らせる。


「ココって……?」


 記された住所の頭には、少し離れた場所にある首都の名前。

 その横に記されているのは、〝ティルナノーグ社〟――世界有数の貿易会社として有名な名前だった。


「そこで、霊力の制御の仕方を教われ。………それとお前が選べる将来の一つを知ることが出来る」











 それから、男――ブロジェイルは踵を返し、森の中に姿を消した。

 ランドルがその背中を見送っていると、入れ違いに数十人の人たち――警察や救急隊員が現れ、テキパキと倒れた人たちを介抱して、病院へと搬送した。

 唯一、意識のあったランドルもザズたちと一緒に病院に運ばれ、検査を受けた後、数人の警官たちと面会して事件の落としどころを教えられた。



 病院で目を覚ましたザズは、検査結果は問題なかったものの、軽度の筋肉痛と帰宅してからの記憶が抜け落ちていた。

 コナーたちも公園の待ち合わせ場所に着いたところで記憶が途絶えていて、ランドルに電話を掛けたことは誰も覚えてはいなかった。

 また、ザズの家や公園でランドルを襲って来た人たちも同様に操られていた時の記憶は失っており、それは憑依された後遺症だと、説明された。

 霊力もないため、断片的に覚えていることも、その時の記憶が甦ることもないだろうと。



 悪霊が起こしたその事件は、原因不明の〝ハロウィン集団昏倒事件〟として処理され、少しの間、世間を騒がせてから、忘れ去られることになった。






 そして、数日後。

 ランドルはブロジェイルに渡された名刺――そこに記された住所に向かい、退魔師(エクソシスト)が所属する組織〝ティルナノーグ紹介所〟の門を叩いた。



 ランドルが訪れると、ブロジェイルたちから報告が上がっていたのか、事件の事情聴取を受けることになった。

 その時、『覚醒して間もない子どもを巻き込むとはっ』と職員の人が呟いたので、「やっぱり、あのやり方はおかしいよな」と納得した。

 ただ、彼らが助けてくれたことに変わりはないので、感謝こそすれ憤りなどは感じなかった。



 その後、能力検査などを受け、そこで〝悪夢〟が〝予知夢〟という能力の一つだと知った。

 〝ティルナノーグ紹介所〟を訪れた当初の目的は、霊力の制御を覚えるためで、その後、〝予知夢〟について知ることが加わり――色々とあって、退魔師(エクソシスト)としての道を歩むことになった。











         ***











(もし、覚醒した時(あの時)……いなかったら――)


 ランドルは今まで見て来た〝予知夢〟――その光景を思い出し、そっと息を吐く。

 そして、真っ直ぐに〝ウィル・ジオラ〟を見据えてから頭を下げた。

 

「あの時は、助けてくれてありがとう。俺も、ザズたちも――」


 どんな理由であろうと、助けてくれたのだ。

 とても遅いお礼になってしまったが、どうしても、感謝の気持ちは伝えたかった。

 例え、その相手が悪霊だとしても――。


「別に、礼はいいぜぇ」


 笑いを含んだ声が返って来たので、ランドルは顔を上げた。

 〝ウィル・ジオラ〟の両目――その孔の向こうにある炎がユラユラと揺れた。


「結構、面白かったしなぁ。お前――」

「………そうか」


 そう言いながらも、何人も覚醒した人たちを助けていた。

 それは己のため――ランタンの熱量を上げるため悪霊を欲している――と聞いてはいるが、実際に助けられた身としては、それだけではないのではと思っていた。


「エプリは……いないのか?」


 もう一柱、お礼を言いたかった相手の姿が見えないので、ランドルは辺りに視線を向けながら尋ねた。

 確か、相棒と紹介されたはずだ。


「ん? ああ、ココにいるぜぇ」


 〝ウィル・ジオラ〟は左手で地面を指す。

 その先に目を向けると、地面に落ちた〝ウィル・ジオラ〟の影から、ぴょこり、と小さな頭が出て来た。


「久しぶりー」

「エプリ!」


 ぽんっ、と抜き出たかのように姿を現した小人――エプリは飛び上がって、ランドルの眼前で留まった。


「元気だった? もの凄くおっきくなってない?」

「それは……十年も経っているからな」


 エプリから久しぶりに会う親戚のような言葉を掛けられ、ランドルは苦笑した。


「霊力の制御、見違えるほど上手くなったね!」

「あー………そりゃあ、な」


 ふふふっ、と笑うエプリに、ランドルは頬を指先で掻く。

 〝予知夢〟を見ると、その影響で霊力が不安定になることも多く、徹底的に鍛えられたのだ。

 だが、それでも〝夢〟の内容によっては制御が甘くなることもある。


「エプリも……あの時はありがとう。助けてくれて」

「ん? ううん、いいよ!」


 いつものことだから、とエプリは満面の笑みを返した。


(いつもの、か……)


 ランドルは苦笑を浮かべ、〝ウィル・ジオラ〟を見た。


「? 何だぁ?」

「いや……」


 大きく右に頭を傾げた〝ウィル・ジオラ〟に、ランドルは小さく頭を左右に振り、エプリを見た。


「大変だな……」

「あ。やっぱり、分かる?」


 そうなんだよねぇ、とエプリは肩を竦めた。

 ひらり、と身を翻し、〝ウィル・ジオラ〟が被る三角帽子に腰掛ける。


「何だよー」


 少しむっとした声で〝ウィル・ジオラ〟は呟き、勢いよく頭を戻すが、エプリは揺れる三角帽子のツバの上に平然と座っていた。


退魔師(エクソシスト)になって、会えたらお礼を言おうと思っていたんだが………全然、会えないものなんだな」


 軽いやり取りを見つめながら、ぽつり、とランドルは呟いた。

 その理由は分かっているが、さすがに十年も会えなかったことに愚痴が零れ落ちてしまう。


「んぁ? まぁ、悪霊だからなー。《退治屋》ならまだしも、退魔師(エクソシスト)と一緒に仕事をすることは少ないぜー?」

「…………なら、今日はどうして?」


 〝ウィル・ジオラ〟の言葉に、そうだよなと頷くも、ふと疑問に思って尋ねると、


「偶々、通りがかっただけさー」

「早く終わったから、真っ直ぐ帰らずにフラフラしてたんだよ!」


 二人から、やや異なる返答があった。


「………なるほど」


 その言葉と〝ウィル・ジオラ〟に関する噂を吟味し、少し呆れた視線を〝ウィル・ジオラ〟に向けた。

 〝ウィル・ジオラ〟は誤魔化すようにユラユラと頭を揺らす。

 人ならば、視線を逸らして口笛を吹いていそうだ。

 その三角帽子のツバでは、「もうー」とエプリがため息をついている。


「さてさてー。あんまりのんびりも出来ないからなー」


 ランドルとエプリの視線を切るように、〝ウィル・ジオラ〟は言った。


「そうだな……」


 討伐を終えたとはいえ事後処理も残っているので、これ以上、のんびりと話してはいられないだろう。

 口振りからして〝ウィル・ジオラ〟は手伝わずに帰るようだが、退魔師(エクソシスト)に混じって事後処理を行っている姿は思い浮かばなかったので止める気は起こらなかった。


(もうちょっと、話してみたいんだけどな……)


 仕方ないとランドルは諦め、ジオラに左手を差し出した。


「んんー?」


 差し出された手に、こてん、と〝ウィル・ジオラ〟は頭を傾げた。

 エプリも、ぱちぱちと目を瞬いている。

 ランドルは大きく息を吸い、


「また会えたら………その時は、もっと色々と話をしてもいいかな?」

「………」


 〝ウィル・ジオラ〟は、ゆらり、と一度、大きく目の奥の炎を揺らして、


「物好きだなぁ」


カランカラン、とランタンを鳴らして笑った。


「いいぜぇー。その時は面白いモン(・・・・・)を見せてやるよー」


 ぎゅっと握られた左手は、熱を帯びたように温かかった。


(ん―――……?)


 その感覚は、ランドルの記憶の奥底にある〝何か〟を刺激したが、思い出す前に手が離れてしまった。

 こちらを向いたまま、ふわり、と〝ウィル・ジオラ〟は浮かび上がり、


「じゃあな。ランドル・コルフィッド」

「ばいばーい!」

「ああ。また会おう――〝ウィル・ジオラ〟、エプリ」


 そう声を掛ければ〝ウィル・ジオラ〟は、ピタリ、と一メートルほど浮かび上がったところで止まった。


「?」

「………ジオラでいいぜぇ。知り合いは、ほぼそう呼ぶからなー」


 じっとこちらを見つめた後、掛けられたその言葉に、ランドルは目を瞬き、


「なら、俺もランドルって呼んでくれ」


苦笑交じりに言うと、「分かったぜー」と声が返って来た。

 じゃ、と軽く手を挙げれば〝ウィル・ジオラ〟――ジオラは身を翻した。


「―――また」


 夜空の闇に消えるその姿を見つめ、ぽつり、とランドルは呟いた。






 その時、ジオラが言っていた〝面白いモン〟と言うのが、ジオラの〝人の姿〟であること――あの事件の時に出会った、〝かぼちゃ〟のキーホルダーを持った少年だと知るのは、もう少し後のことだ。



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