第10話 ハロウィンの夜~顕現する悪夢~
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灯せ灯せ 炎を灯せ
照らせ照らせ 闇夜を照らせ
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〝力〟を使えば使うほど、頭に直接響いてくる歌。
それは〝己〟を示した――その在り方を紡ぐもの。
「――――」
歌詞が思い浮かび、自然とメロディを口ずさむ。
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炎を掲げて その身に纏い
舞い踊りて 闇夜を進め
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日が暮れ、闇に染まった空に炎が踊った。
眼下で溢れているのは、人工的な光。
そこに覆い被さるように広がるオレンジ色の光は〝地獄の炎〟の残滓――ジオラの〝力〟が及ぶ、その範囲を表していた。
「―――」
眼下を見据え、ジオラはランタンを振るう。
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炎を広げて 闇を見通せ
潜み隠れる お化けを探せ
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カラァ―ン、と甲高い音が響き、周囲に幾つもの炎が生まれた。
その炎は針の様な細長い形をしていて、左右に小刻みに揺れながら移動し、狙いを定めていく。
〝地獄の炎〟を操ることに言葉は必要ない。
思い描く通りに――手足のように操ることが出来た。
「―――」
視界は残滓によって生じた領域とエプリとの同調で大きく広がっているため、死角はほぼない。
そこでないと言い切れないのは、アレに目を奪われることがあるからだ。
人工的な光に呑まれることなく存在する〝輝き〟に。
ジオラもつい意識を向けてしまうのは、〝悪霊〟としての〝本能〟が故に仕方がないことだった。
エプリや〝魔女との契約〟で、だいぶ――収穫祭中でもテンションが高くなる程度に抑えられているが、また別の問題が生じていた。
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食われる前に 探し出し
炎で燃やして 食ろうてしまえ
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チラチラと視界を漂うのは、薄汚れた――光とも呼べない〝何か〟。
〝炎〟を手に入れた時から見えていたものの気に留めていなかったが、〝魔女との契約〟を交わしてから酷く目に付くようになった。
そして、寄越せ、と〝囁き〟が聞こえ始めたのだ。
小さな塊ではなく、より大きな塊を。
色の薄いものではなく、黒々としたどす黒い色を。
燃やして食らい呑み込んで、己が糧としろ、と。
燃料を欲する〝地獄の炎〟の声が――。
〝囁き〟自体は、〝炎〟を手にした時から聞こえていたのだろう。
ただ無意識に従い〝悪霊〟を浄化していたため、突き動かされているという自覚はなかった。
もし、危い時があったのなら気づいたかもしれないが、現世に戻ってからそう時を置かずにエプリと出会っていたので、〝あの時〟まで気づくことはなかった。
〝魔女との契約〟が、その在り方を変えてしまうまでは――。
〝魔女〟の庇護の下、《退治屋》として活動すると以前のように〝炎〟に突き動かされることはなくなり、その結果、浄化ペースは落ちていった。
少しでも早く〝ゲーム〟を終わらせたかったが、自分自身が祓われる可能性を減らすため――より長く〝現〟に居続けるためには、それは仕方がないことだった。
だが、〝地獄の炎〟は抑えられたことが我慢出来ず、悪霊を求める〝声〟を張り上げたのだ。
そして、ジオラはその時になってやっと、〝炎〟が悪霊を求める貪欲さ――〝炎〟に呑まれる可能性に気付いた。
(―――足りねぇのは分かってるんだけどなぁ)
〝劇場〟に次々と出現する〝主役〟の〝人形〟。
ぽこぽこと生まれるのは少々厄介だが、あくまでも大きな力から漏れた程度のモノだ。
それらを燃やして食らい続けても、〝囁き〟は満足することはない。あくまでも求めているのは、大きく育った獲物――〝主役〟だからだ。
「―――」
ジオラは〝囁き〟を宥めようと領域を広げ、町の周りにまで手を伸ばした。
ただ、〝囁き〟に触発されたのか、恐らく〝主役〟がいるであろう場所、最も霊力の力場が乱れているところに意識は傾けられていたが。
『ジオラー、ジェイルが〝逃がして追わせた〟ってさ!』
唐突にエプリの声が聞こえ、ジオラは耳を傾けた。
『それであっちは予定通り、家の周りを片付けた後は町の外周を回るってー』
居場所を探そうと子どもに掛けていた〝護り〟に意識を向けるが、すぐにエプリがその場所を示して来た。
ジオラの行動を読んだその素早い対応は、伊達に長い間〝相棒〟をしていないと言うことだろう。
(あぁー、了解って言っといてくれー)
子どもの周りにいる雑魚に注意を向けつつ、その行き先を確認し――ゆらり、と三角にくり抜かれた目の奥で炎を揺らした。
何故なら、ジオラの意識の大半が向けられている場所でもあったからだ。
(やぁーと、食えるぞぉー)
その言葉に喜んだように、カラーン、とランタンから音が鳴った。
***
ランドルが向かったのは公園――コナーたちとの待ち合わせ場所だった。
ハロウィンからか、それなりに人がいる園内の道を中心部にある時計塔に向かって走る。
日は暮れ、頭上には星が輝き出しているが、左右に等間隔に並ぶ街頭と町を漂うオレンジ色の光が周囲の木の影と相まって幻想的――と言うよりは、おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。
(見当たらないが……いないのか?)
仮面越しに辺りに――特に木々の奥に視線を向け、あの黒い影が見当たらないことに眉をひそめた。
公園に来るまでもいくつか見かけたので、もしかしたら、と身構えていた身としては少し拍子抜けだった。
(でも……何だ?)
ただ、両腕に鳥肌がたち、心がざわざわとして落ち着かない。
ひしひしと感じる〝何か〟に、知らずと十字架を持つ手に力が入った。
(この感覚が……目覚めてるってことなのか?)
正直なところ、助けてくれた男が言うように霊力に目覚めたという自覚はなかった。
悪霊を見た時は悪寒が走ったが、霊力が流れていると言う感覚が理解できないからだ。
心当たりとして思い浮かぶのは、〝かぼちゃ〟に会った時に感じた指先の熱さと仮面に触れた時に感じた冷たさ、あとは治療してもらった時だったが――
(〝かぼちゃ〟に祓われた時は、結構、熱かったけど………さっきの人の時は冷たかったし……)
イメージとしては正反対――男の方が熱くて〝かぼちゃ〟が冷たい、だった。
(………〝黄色の炎〟、使えると思ったけど――)
突然、燃え上がった時は、驚いたものの熱さを全く感じなかった。
それに対し、悪霊は絶叫するほどの激痛を感じていた――つまり、攻撃として有効だったので、取り憑かれているザズを傷つけずに助けられるかもしれないと期待したが、まさか気合いで出せと言われるとは思わなかった。
(気合い……気合いで出せるものなのか? アレ)
悶々と悩んでいるうちに、待ち合わせの場所の時計塔が見えて来た。
時計塔周辺は、園内で一番大きく開けている場所で、周囲の木々から幾つもの道が集まる中心点のようになっていた。
普段は、その広さから街頭で全体を照らしきれていないが、今日は点々とイルミネーションを兼ねたモニュメントやその間を繋ぐように電灯がつけられているため、目を凝らせば人の顔の判別がつくぐらいには照らされていた。
「コナー!!」
ランドルは時計塔の近くに、仮装をした一団――人数から恐らくコナーたち――を見つけ、少し離れたところから声を張り上げた。
騒めきの中では聞こえないのか、彼らは振り返らない。
ランドルは内心で舌打ちし、走る速度を上げた。
「コ――ッ!」
何度か叫びながら近づき、その距離が十数メートルに縮んだその時、あることに気がついた。
(動いて、ねぇ――っ!)
円を描くように立っている彼らが、身動き一つしていないことに。
―――ぞくっ、
と。背筋に悪寒が走り、ランドルは前方に向かって跳んだ。
背後で、ぶんっ、と空を切る音がした。
十字架を握ったまま地面に左手をつき、倒れるのを防ぐ。
慌てて背後を振り返ると、木の棒を手にしてこちらを見下ろしている人物がいた。
その顔にはあの仮面があって顔は分からないが、体格や服装からして男だろう。
(ぶ、武器、ありかよっ!?)
振り下ろした体勢から、後ろへ引っ張られたように身を起こした男はそのまま棒立ちになった。
その背後には、ユラユラと左右に揺れながら近づいて来る人影が多数。
(ま、まさか、全員――?)
ざっと見ても数十人以上はいる。
その数に頬を引きつらせ、ランドルはよろめきながらも立ち上がった。
荒い息が仮面で篭り、顔が熱い。
(………この、数……っ)
助けてくれた男は、仮面を被っていれば〝雑魚相手なら誤魔化せる〟と言っていた。
だが、襲われたと言うことは誤魔化せない相手――つまり、ランドルを狙う悪霊の手に落ちた人たちだろう。
「っ………」
ランドルは意を決して仮面を取り、その場に落とした。
誤魔化せないのなら、視界が狭まり呼吸がしづらい仮面をしていても仕方がない。
顔をひんやりとした風が撫で、大きく息を吸った。周囲に視線を巡らせながら、息を止めて両手で十字架を握り締める。
ぐぐっ、と力を込めてみるが、あの冷たい感覚は来なかった。
(くそっ……一体、どうすれば――?)
じわじわと迫る者たちに手が震え出す。ぎゅっと握り締めて、それを抑えた。
牽制するように十字架を前に突き出し、じりじりと後ろに下がる。
「―――どうしたの? ランドル」
そこに、明るい声が聞こえてきた。
コナーの声だ。
「コナ、ッ?!」
いつもと変わらない声に悪霊の手が伸びていなかったのだと、ほっと胸を撫で下ろしながら背後を振り返り、少し離れたところに立つ人物を――その仮面を見た瞬間、顔を歪めた。
コナーが被っている仮面はあの仮面ではないが、その額の辺りにピタリと〝布切れ〟が張り付いていた。
その〝布切れ〟を見た瞬間、ぞわっ、と両腕に鳥肌が立った。
(アレは、ダメ、だ――っ)
ランドルは目を大きく見開き、手の血の気が失せるほどに十字架を握り締めた。
呼吸が浅く、それでいて速くなり、カタカタと手が震えた。
(アレ、が……っ!)
コナーの左右に姿を見せた友達も、全員、被っている仮面にその〝布切れ〟を付けている。
恐らく、あの〝布切れ〟は襲って来た悪霊の力が宿ったモノ。
ただ、ランドルはソレに見覚えがあった。
(ザズの、マントの――)
ざっと音を立ててコナーがこちらに向かって一歩を踏み出した。
ランドルはびくっと肩を震わせ、左右に素早く視線を走らせた。
狭まる包囲網を抜ける隙間はないかと探してみるが、何処にも見当たらない。
仕方なく後退し、近くの街頭に背を当てた。
「はぁ、はっ、はっ――」
恐怖で崩れそうになる足を踏ん張り、背中を街頭に押し付けるようにして支えた。
どくどくと心臓が脈打ち、荒くなった呼吸が妙に大きく聞こえて来る。
「ねぇ、ランドル?」
「――寄るな!!」
さらに一歩、こちらに足を踏み出したコナーに十字架を突き付けた。
「えっ……ランドル、本当にどうしたの? 大丈夫?」
あくまでも白を切るその言葉に、ランドルは顔を歪めた。
「黙れ! お前、何を――」
支離滅裂になりかけた言葉を呑み込んだ。
ぎりっ、と奥歯を噛みしめ、コナーを――コナーを操る〝何か〟を睨み付け、
「そいつは、俺をあだ名で呼ぶ! いい加減に姿を見せろ!」
そう叫べば、ぴたり、と〝ソレ〟は近づくのを止めた。
突然、棒立ちになったコナーに眉を寄せ、ランドルは周囲に視線を向けた。
コナーに気を取られている間に〝あの仮面〟や顔に〝布切れ〟を付けた人たちが一定の距離を取りつつ隙間なく立ち並んで、完全に囲まれてしまった。
「いるんだろっ、ザズ! 姿を見せろ! ザズ――っ、げほっ」
叫んでいると、走って来た疲れも相まって咳き込む。
「ザズ――っ」
ぞくっ、と背筋が震え、ランドルは街頭を右に回るように身体を動かした。
流れた視界に映ったのは、ランドルの背後に近づいていた一人の男から伸ばされた左手が虚空を切ったところだ。
その男は、ぐるり、と素早い動きで頭を振ってランドルを見た。
ランドルは奥歯を噛みしめて男を睨み返し、その顔面――仮面に向かって十字架を突き出す。
瞬間、左手に冷たい流れを感じた。
(でっ――!)
そのことに目を見開く間もなく、左手から〝黄色い炎〟が立ち上り、一瞬で十字架を覆いつくした。
カァン、と言う音と共に仮面に当たり、左手に衝撃が走る。
「ギッ、ギャァアアアアアア!!」
一撃で大きく罅が入り、仮面の表面を舐めるようにして〝黄色い炎〟が広がった。
黒い煙が噴出し、男は両手で顔を覆って振り回す。
(――すみませんっ!)
内心で謝りつつも男に蹴りを放つと、あっさりと決まって男は地面に倒れ込んだ。
ランドルは蹴った反動で――恐怖も相まってか――体勢を崩すが、とっさに街頭に右手を回して身体を支え、倒れるのを防ぐ。
男は悲鳴を上げながら地面をゴロゴロと転がっていたが、ぱきんっ、と何かが割れる音がして動きを止めた。
「はっはっ……っ……はぁー」
僅かな攻防で呼吸が荒くなり、ランドルは大きく肩を上下に揺らした。
右手で街頭を掴んでいなければ、地面にへたり込んでしまいそうだった。
威嚇するように辺りを見渡し、他に誰も近づいていないことを確認していると、
「―――ナゼ、オ前ハ、ソノ炎ヲ使エル?」
しゃがれたザズの声が聞こえ、ランドルは慌てて声がした方向へと視線を向けた。
ランドルが背にする街頭より、一個分、時計塔に近い街頭の上――そこに見覚えのある服装に身を包み、ミノムシのような多彩なマントが風ではためいていた。
その顔を覆う〝あの仮面〟は、目の辺りだけが吸い込まれるようなどす黒い色をしている。
目と目が合った瞬間、周囲から圧迫するような気配を感じ、ランドルは身体を震わせた。
両足から力が抜け、ズルズルと街頭を伝ってその場に座り込む。
(なっ、んで……?)
はっはっ、と刻むように呼吸を繰り返し、大きく目を見開いてソレを見た。
「ソノ炎ハ、地獄ノヲ真似タモノ……タダノ人ノ子ガ持チ得レル訳ガナイ――」
じぃっ、と穴が開くほどに――己の中を覗き込もうとするかのように視線を感じたが、何故か逸らすことが出来ない。
マントがはためいて、何枚もの〝布切れ〟が周りに放たれた。
「忌々シイ―― 一体、何処デ手二入レタ?」
ヒラヒラ、と舞う〝布切れ〟は操られているかのようにザズの周りを漂い――ふと、狙いを定めているのだと悟る。
逃げないと、と身体を動かすが、何故かピクリとも動かすことが出来なかった。
さぁっと顔から血の気が引く。
「何処デ、ソレヲ手二入レタッ!!」
「っ?!」
その声とともに、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
何故か痛みはなかったが、視界が大きくブレてぎゅっと目を閉じた。身体が右に傾いたので、とっさに倒れそうになる身体を右手で支え、左手で顔を覆う。
「えっ……あ……?」
いつの間にか動くようになっていた身体。
そのことに困惑しながら左手を顔から離すと、手が――身体が〝黄色の光〟で覆われていることに気付いた。
(コレ、は……?)
その不思議な現象に、現在の状況を忘れて呆然と左手を見つめていたが、
「忌々シイッ! ソレゴト喰ライ尽クシテヤル!!」
憤怒の声が聞こえ、我に返った。
顔を上げれば、ザズの周りを漂っていた〝布切れ〟がランドルに向かって放たれていた。
「っ!」
ランドルは息を呑み、庇うように左手を顔の前に翳す。
―――「その時は、俺の名を呼べ」
思い出したのは、〝かぼちゃ〟と遭った夢の中で言われた言葉。
それは意識が途切れる寸前に聞こえたような気がしただけ――幻聴だろうと思っていた。
―――「アイツが言っていただろう?」
だが、ザズの家で助けてくれた男は「サポートはする」と言っていた。
ならば、幻聴だと思っていたその言葉は――。
(っ……!)
ランドルは一か八か、細い息を吸った。
そして、微かに聞こえた〝その名〟を叫んだ。
「―――〝ウィル・ジオラ〟!」
〝かぼちゃ〟が呼べと言ったその名を――。
―――カラーンッ、
と。金属が触れ合う音が辺りに響き渡った次の瞬間、ごぉっ、と唸り声が上がった。
ランドルを囲むように地面から炎が立ち上り、襲い掛かる〝布切れ〟が呑まれ、焼き尽くされる。
「!」
熱気と燃え盛る炎の音に、ランドルは手を下ろしながら伏せていた顔を上げた。
視界ではためいたのは、黒色のマント。
「―――やれやれ。やぁーっと呼んだかぁ」
何処か間伸びた声にゆっくりと視線を上げていけば、ユラユラと左右に動く〝かぼちゃ〟が見えた。
その上には、ちょこんと置かれた三角帽子があり、黒いコウモリがとまっていた。
左から右に振られた手には、煌々とした輝きを放つ炎を灯しているランタンがある。
「全く。待ちくたびれたぜぇ、ランドル・コルフィッド」
そう言って、〝かぼちゃ〟――〝ウィル・ジオラ〟は、カランカラン、とランタンを鳴らした。
***
〝―――ウィル・ジオラ〟
それが自称《退治屋》〝ジャック・オー・ランタン〟の真名だ。
〝悪魔との契約〟で得た、〝ゲーム〟の参加者である証――〝ジオラ〟。
〝魔女との契約〟で得た、庇護となる証――〝ウィル〟。
〝ゲーム〟を開始した当初、二つ目の〝名〟を得ることになろうとは――新たな関係者が現れるとは、ジオラはもちろんのことアヴァリスも予想はしていなかっただろう。
〝魔女〟と出会ったのは、とある悪霊を喰い損ねて退いた時。
瀕死の状態だったところを拾われ、助けられたのだ。
『―――〝ジオラ〟、か。面白い契約を交わしているのね、あなた』
傍観者である〝魔女〟に助けられる理由が思い浮かばず、疑問を投げかければそう答えが返って来た。
それは独白に近い言葉であり、問いかけに答えてはいなかったが、〝魔女〟の目が全てを語っていた。
とても楽しげに細められた瞳が見つめるのは、ぽかりと開いた目の奥――頭の中心にある炎のような塊。
つまり、ジオラの魂が宿る〝種〟だ。
その視線に混じる感情に畏怖を抱きながらも、厄介なことになった、と内心でぼやいた。
どうやら、〝悪魔との契約〟は〝魔女〟の興味を引くには十分だったらしい。
そして、己が興味を満たすために〝魔女〟はある提案をしてきた。
『私とも契約をしない?』
『ッ!』
思いもよらぬ提案に、言葉を失った。
『私も手を貸してあげるわ。このランタンを与えた悪魔と同様に、ね……』
その言葉と共に目の前に現れたのは、見慣れた物――ランタン。
それを見た瞬間、目の奥の炎が大きく揺れた。
『――っ?!』
ランタンは悪霊との戦闘で、大きく損傷していたが、それが真新しい状態に――完全に直っていた。
一瞬、記憶違いかと思ったが意識を失う直前、リュゼが作った物だったので修復は不可能だと、絶望に近い諦めを抱いたのを覚えている。間違いはないだろう。
『ふふっ――』
絶句していると、〝魔女〟は可笑しそうに笑った。
人ならば間抜けな顔を晒していただろうが、生憎と〝かぼちゃ〟の頭だ。内心の動揺は表情に出ていないにも関わらず、あたかも、それを見透かしたような笑い声だった。
『………』
その声を聞いて、ランタンを直したのは目の前の〝魔女〟だと悟る。
リュゼが作った物を修理することなど、〝魔女〟にとっては些細なことでしかなかったのだろう。
ただ、以前の物に比べて、何かが違う気がしてならなかったが。
『……それで、そっちに何のメリットがあるんだぁ?』
〝ゲーム〟の勝敗に関わるランタンが手元にないことに不安が膨れ上がり、今すぐにでも取り戻したい衝動に駆られたが、〝魔女〟と敵対するわけにはいかない。
ランタンに釘付けになる視線を無理矢理引き剥がし、〝魔女〟へと向けながら尋ねた。
『あら。それは気付いているでしょう?』
艶やかな笑みを深めた〝魔女〟に対し、無言を貫く。
『あなたにとっては恩恵が多いと思うけど――』
例えば、と幾つかの契約内容――得られる恩恵を告げられた。
そして、話し合いをした結果、〝契約〟を交わすことを決めた。
『あなたの名前は〝ウィル〟よ。〝ウィル・ジオラ〟』
〝契約〟の証として得た名前を聞いた瞬間、カチリ、と何かが填まる音がした。
こうして、〝ゲーム〟に〝魔女〟が加わることになった――。