プロローグ 《退治屋》のかぼちゃ
※ハロウィンを元にしています。
※勢いで書いたので十話以内に終わりますが、投稿は31日以内に終わりそうにないです。
〝ブォ……ォォオオ………〟
その声は、闇夜に染み渡るように重く響いた。
距離は遠いものの、真夜中を過ぎて静まり返った森の中ではよく聞こえた。
ビリビリとした張り詰めた空気に、森に潜んでいる複数の人間のうち、まだ二十代の男は詰めていた息を吐いた。
戦闘前の緊張感。
既に幾度も場数は踏んでいるが、未だに慣れることは出来なかった。
彼らがいる場所は、その声の主と町の間――山々に囲まれた町から数十キロほど北東に位置した場所だ。
『こちら、C地点。間もなく〝目標〟が通過する。作戦地点までの距離は――』
『速度は遅い。各員、作戦通りに動かれたし』
男は無線機から聞こえる声に耳を澄ませ、了解、と答える。
少し離れた場所にいる相棒に視線を送ると、了解の合図が返って来る。
作戦開始まで、あと少しだ。
やがて、月下に姿を現したのは、木々よりも数メートルほど背の高い〝何か〟だった。
真っ直ぐに突き進むソレによって木々が揺れるが、倒されることはない。
のっそりと歩いて来るソレは人の形をしているが、その身体は闇よりも暗く、陽炎のような何かが立ち上っていた。
目と口の辺りだけが赤々とした光を灯し、不気味に輝いている。
その巨大な人型のモノ――悪霊こそ、今回の〝目標〟だった。
さらにソレに続くように幾つものうめき声が聞こえ、何かを引きずるような音と共に草木が揺れ始めた。
現れた人影は灰色の肌に、ところどころ緑色のコケや土を着け、腐った身体を持つ悪霊――食屍鬼で、その総数は百以上だろう。
〝主役〟となって巨大化した食屍鬼――大食屍鬼に引き連れられたその群れは、真っ直ぐに町へ向かって進んでいた。
今回の作戦は、町に辿り着くまでにその全てを祓うことだ。
「……っ」
次第に不快な臭いが漂って来て、そろそろか、と相棒と視線を交わした。
腰にあるケースに触れ、ふっと息を吐いた時だった。
―――カランッ、
と。金属同士が当たる音が、辺りに響いたのは――。
(この、音は――っ!)
その音の正体に気付き、はっと顔を上げた。
音とともに、頭上――月が浮かぶ夜空に〝何か〟を感じたからだ。
とても懐かしい、気配を。
『――あいつは……っ!』
無線から仲間の声が上がった。
恐らく、同じものを見ているのだろう。
月のない闇夜に浮かんだ、橙色の光を――。
それは〝かぼちゃ〟だった。
眼の辺りには三角が二つ並び、その下の口は笑っているようなギザギザの形でくり抜かれていた。
頭頂部に黒い三角帽子が置かれ、かぼちゃの下にくっついたようにマントがあった。その中にある身体は見えず、あるのかないのか分からない。
そして、マントから〝にょきっ〟と生えたように――或は、マントに縫いついているように白い手袋があり、古いランタンを持っていた。
ランタンの中で煌々と燃えるは、全てを燃やし尽くす〝地獄の炎〟。
炎を操って悪霊を燃やして浄化させ、そして、その炎を己のランタンに吸収する悪霊。
―――〝ジャック・オー・ランタン〟
退魔師が祓うべき悪霊の一種でありながら、自称《退治屋》の悪霊。
「おぉーい、おいおい」
とても軽い、こちらを馬鹿にしているような声が辺りに響いた。
その声の主は、かぼちゃ頭の悪霊――〝ジャック・オー・ランタン〟だ。
「チンケな悪霊に手間取ってんじゃねぇよ。まだまだ収穫祭には早いけどなぁ?」
笑っているのだろう。
揺れたランタンが、カランカラン、と音を立てた。
「チンタラしてるなら、さっさと焼き殺すぜぇ?」
〝ジャック・オー・ランタン〟は、手に持ったランタンを前に突き出した。
ぼぼっ、と立て続けに出現したのは、煌々と燃え上がる炎。
その数は十数個ほどで、〝ジャック・オー・ランタン〟の周りを囲うようにして燃えていた。
ランタンが横に振る様に動かされると、眼下――男たちがいる森の中へ放たれる。
〝ギヤァァァァアアア〟
その炎は木々に当たることなく、森に潜んでいる食屍鬼に直撃し、その身体を燃え上がらせた。
森の各所で立ち上る炎は、天を衝くように燃え上がって夜空を照らした。
突然の出来事に反応できないでいると、遠目からも巨大だと分かる――直径数メートル近い火の玉が〝ジャック・オー・ランタン〟の頭上に出現した。
「――行け」
静かな声と共に放たれた先には、大食屍鬼がいた。
〝ゴギャァアア!!〟
どんっ、と大食屍鬼に火の玉が直撃してその身が炎で包まれ、悲鳴が上がった。
〝ガァッ!!〟
一際、大きな方向と共に炎の大半が吹き飛ばされたが、その身体の端々には未だに炎が残っていた。
その一撃で大食屍鬼は足を止め、頭上に浮かぶ〝ジャック・オー・ランタン〟に振り返った。
『ちっ――作戦開始! 繰り返す、作戦開始だ! 各員、戦闘を開始せよ!』
次々と上がる断末魔と闇夜を照らす炎に呆然と空を見上げていた者たち――退魔師たちは、無線からの声にはっと我に返った。
(そうだ――っ!!)
男が相棒を見ると、同じように〝ジャック・オー・ランタン〟を見上げていたが、慌ててこちらに振り返ってきた。
「――行くぞ!」
「お、おう!」
数秒遅れて返事があり、炎が踊り断末魔が響く中に走り出した。
『こちら本部。全ての反応消失を確認――各員、状況を報告せよ』
無線からの終了の合図と、森から立ち上る炎が上空に浮かぶ〝ジャック・オー・ランタン〟のランタンに吸い込まれていくのを見て、男は戦闘の終わりを悟り、一息ついた。
森の気配も鎮まり始め、無線で各員の報告が交わされている。
「おい。そっちは大丈夫か?」
「………ああ。問題ない」
身体の芯に重く圧し掛かって来る疲労は、まだ、動けないほどではない。
荒くなった呼吸を落ち着けつつ相棒に答えると、本部に報告を入れてくれた。
(アイツは……)
男はその姿を探そうと木々の隙間から上空を見上げたが、炎を宿しているかぼちゃ頭とランタンはすぐに見つかった。
ふよふよ、と漂っているのは、取り残しがいないか探っているのだろう。
「了解―――無事、全て祓い終えたみたいだぞ」
無線を閉まってこちらを振り返った相棒に、そうだな、と頷いた。
アイツも動いていないことを見ると、全て祓えたようだ。
「合流するぞ」
「あ、ああ……」
男は相棒に答え、森の一角にある作戦本部の方へと足を進めた。
上空の〝ジャック・オー・ランタン〟も、同じ方向に向かって降り始めたので、心なしか歩む速度が上がった。
本部に戻ると、森に散開していた退魔師たちが戻ってきており、遠巻きに本部のテントを囲んでいた。
彼らの視線の先――テントの前で、〝ジャック・オー・ランタン〟と今回の指揮官が話し込んでいる姿が見えた。
戻って来たばかりでは距離があったので、一体、何を話しているのか分からなかったが、無事に祓い終えたにしては指揮官の表情はやや硬い。
「あっ――おい!」
男が仲間たちの間を縫って近づいて行くと、相棒が制止の声を上げた。
それに軽く手を振り、構わずに本部に近づいて行く。
「それじゃあ、俺はコレで――」
「ああ。助力、感謝する」
ひらひら、と手を振って踵を返す〝ジャック・オー・ランタン〟。
ふわり、とその身が浮き上がったところで、駆けだした。
このままでは、行ってしまう。
「待ってくれ!!」
駆け寄りながら〝その名〟を呼ぶと、ぴたり、と〝ジャック・オー・ランタン〟は動きを止めた。
空に浮かんだまま、ぐるり、と頭が回り――人ではありえないが――こちらを見下ろした。
「……おぉう。久しぶりだな!」
数秒ほどじっと見つめた後、〝ジャック・オー・ランタン〟はそう言って、眼孔の奥に灯る炎を揺らめかせる。
ソイツと――退魔師になるキッカケを作ったヤツと出会ったのは、もう十年以上前のことだった。