力
練習場は屋内と屋外にあるが、屋外だと魔物の襲来の可能性があるため屋内を使うことにした。
誰もいないはずの練習場の扉を開けると、中には見覚えのある者が居た。
「アベル! お前どこ行ってたんだよ、探したんだぞ!」
「心配したよー」
「キルシュ、シード……」
中には俺の同僚であり盟友のキルシュとシードが居た。二人に会ったことで、先ほどから張りつめていた緊張の糸が、少しほぐれた気がした。
「悪いな。陛下の所にいたんだ」
「そうだったのか。陛下と言えばさっきのあれ。一体何だったんだろうな」
「あれ?」
「ほら、お前の上に落ちてきた奴の事! 何者なんだよ全くよ~」
そういえば、キルシュたちもあの場にいたんだったか……。しかしタイミングが悪い。その何者は今俺の後ろにいるのだ。
これ以上キルシュが余計なことを言わない内に、紹介しておいた方がいいだろう。
「あー……キルシュ、シード。紹介しよう。彼がその……あの時俺の上に落ちてきた、勇者様だ」
「どうも」
後ろに付いてきていたリュートを手招きして中に入れる。軽く頭を下げるリュートを見るやいないや二人の目が大きく開かれる。
「ま、まじか……」
「アベル、勇者様って?」
シードが怪訝そうな表情で俺に問う。それもそのはず。あの玉座の間にて俺が勇者に選ばれたところを、二人は目撃しているのだから。
もっとも、その数分後には勇者の資格はなくなってしまったのだが。
俺は先ほど王様のところで見た本の内容について、かいつまんで二人に説明した。人は信じられないという顔をしていたが、まぁ無理もない。
そして二人にだけ聞こえるように、俺もまだ彼が勇者だと信じ切れていないこと、それを確かめるためにこの練習場へ来たことも説明した。
「なるほどな~……じゃあ剣術は俺がやろう! そうしたらアベルは俺との戦い方を見て、客観的に評価できるだろ? その、えーと……?」
「あ、五月雨竜人です。竜人でいいです」
「そう、リュートの実力をさ!」
キルシュの提案は、正直有り難かった。俺では感情的になりすぎてまともに戦えないかもしれない。そんな不安が心の中にあったのだ。
「じゃあ、魔法は僕がやる。魔法については二人より詳しいし」
「そうだな……じゃあ頼むよ。キルシュ、シード」
ここは素直に二人に甘えておくことにしよう。二人は俺が勇者になれなかったことについてショックを受けていることを察して変わってくれたのだろう。本当に有り難い。落ち着いたら酒場でも行ってまた大騒ぎでもするか。勿論費用は俺持ちでな。
「よーし、そういう訳だからリュート、よろしくな!」
「はぁ、でも俺剣とか持ったことないし……」
「大丈夫! 危ねぇから木刀使うから!」
「そういう意味では……」
キルシュとリュートのやり取りを離れたところで眺めていると、シードが隣に立ち目は二人から離さぬまま小声で話す。
「正直なところ、どう思うの? 彼の実力」
「……何とも言えないな。少なくとも今のところ、才がありそうには見えないが」
リュートはキルシュからまず木刀の持ち方、構え方について教わっているようだった。あれではまるで剣を習い始めの子供のようだ。到底実力があるとは思えない。
「シードはどうだ?」
「僕はね……ものすごく才能、あると思う」
「……何だと?」
耳を疑った。思わず二人から目線を逸らしシードの方を見る。
「彼、さっきからとてつもない魔力を出してる。僕とは比にならないくらい」
「馬鹿な……俺には何も……」
「これはある程度魔法が使えてる人じゃないと難しいかもね。でも、僕嘘は言ってないよ」
シードの言っていることは嘘だとは思えない。だが信じられない。あんな魔法も何なのか知らないような奴のどこにそんな魔力が……。
「今に、分かるよ……」
「シード、それってどういう……」
俺がシードに詰め寄ろうと口を開いたまさにその時だった。
「ぐわあっ!!」
キルシュの叫び声が聞こえて慌てて二人の方を見ると、そこには砕け散った木刀と床に伏せるキルシュの姿があった。
何だ……?一体、何が起きたと言うのだ!