伝説
王が差し出した本を受け取り、中身を読んでいく。
「こ、これは……」
「そんな……」
そこには、この国にまつわる伝説が記されていた。
大昔、まだこの国がただの村として存在していた頃、突如現れた異形の化け物たちによって、この世界は壊滅の危機を迎えた。これまで争いなど経験してこなかった人々は、化け物による侵略をただ黙って受け入れるしかなかった。
もうこの世界は終わりかと思われたその時、突如空に真っ黒の穴が開きそこから一人の男が降ってきた。その男は、自分はこことは違う場所から来たと言っていた。初めはその男も化け物なのではないかと警戒していた村人たちだったが、男の類まれなる剣術能力とこれまで見たことがないような不思議な力を目の当たりにし、彼こそがこの世界を救う救世主であると思い始めた。
そしてその男は村人たちの期待通り、各所から戦えそうな仲間を集め、見事この世界を乗っ取ろうとしていた化け物の親玉を倒すことに成功したのだ。
異世界から来た男は、その後英雄として祭り上げられ、結果として元の世界に帰ることなく村長の娘と結婚し、この国の初代王となったのであった。
後に、その男の事は勇者、化け物の事は魔物、化け物の親玉は魔王と命名され、この話は国全体へと広まることとなった。
「……どうだ。これが、勇者様が異世界から来たことを証明する証拠だ」
……信じられなかった。勇者と姫のお話は今まで何度も目にしてきたし、勇者と言うのが現実であることも先日の魔物襲来の際に分かった。だがこれだけは信じられない。
勇者が異世界から来た人間だったなんて。
つまり、最初から俺には勇者になる資格さえなかったと言う事か……。何て……何て残酷な……。
思わず本を持つ手に力が入る。それを見たフレイアが俺の手にそっと自分の手を添える。
「アベル……大丈夫?」
「……あぁ、大丈夫だ。何ともないよ」
何ともない訳がない。本当は、今にもショックで倒れそうだ。
だがフレイアに心配をかけるわけにはいかないし、それに今は倒れている場合ではないのだ。この本に書かれていることについて考えねば……。
この本に書いてあることを整理すると……。まず、魔物と魔王が現れる。すると、異世界から人間が現れる。その人間が勇者となり、この世界を救う。と、その後の事をはぶけば、こんなところだろうか……。
つまり王様は、この本の内容を知っていたがために、魔物が現れたことで異世界から勇者がやって来ると思い込んでおり、伝説の通りに現れたこの青年は異世界からやって来た勇者だと言っている訳か……。
確かにこの男が現れた事は偶然にしてはタイミングが良すぎる。王様が信じるのも無理はないだろう。
ならば俺やる事はただ一つ。この男が本当に異世界からやって来た勇者なのかを確かめなくてはならない。
それが、勇者になり損ねた俺が国に貢献できることなのだろう。
「王様、一つご提案があるのですが、よろしいでしょうか?」
「申してみよ」
「リュート様が異世界からやって来た勇者様であると言うことは分かりました。ですのでここは一つ、勇者様の力がどれほどのものなのか確かめたいと思うのですが、如何でしょうか」
この本の記述には、勇者は類まれなる剣術能力と、不思議な力が使えるとある。多分、不思議な力と言うのは魔法の事なのだろう。昔にやって来た勇者は剣と魔法のどちらも素晴らしく扱えたようだ。
だが、この者はどうだろうか。ひ弱な体白い肌、闘志の一つも感じられない。
万が一、剣も魔法も使えないとなればこの者は勇者ではないと言うことになるだろう。そうすればこの者の代わりに俺が勇者に……。
……俺は、何を考えていたのだ。いくらショックを受けていたとはいえ、人の弱みを喜ぶとは……どうしてしまったんだ、俺は。
「ふーむ、分かった。ではアベル。勇者様のお力の判定はお前に一任しよう」
王様の声でハッとする。いかん、しっかりしなければ……。
「……承知いたしました。ではリュート様、こちらへ」
王とフレイアに一礼すると、踵を返して部屋を出る。振り向くと、勇者もちゃんと後を付いてきているようだ。
……俺が先ほど胸に抱いた黒い感情は、一体何だったのだろう。一瞬でも勇者が居なくなれば良いなど考えるなんて……。
……とにかく今は集中せねば。剣を交える時に、雑念など必要ない。
俺はそう考えながら、騎士団が普段使っている練習場へと歩を進めた。