疑惑
部屋の中に入ると、王とフレイアは何かを話し、勇者だと言う青年はぼうっと窓の外を眺めていた。俺がゆっくり近づいていくと、王が俺に気付いたのか声を上げる。
「遅いではないか、アベル。何をしていたのだ」
「申し訳ありません。周りに不審者がいないかどうか確認していましたので……」
本当はただ考え事をしていただけなのだが、不審者の確認と言うのもあながち間違ったいいわけではないだろう。なぜなら最も不審な人物は今目の前にいるのだからな。
「勇者様。これはわしの娘です。フレイア、ご挨拶を」
「……初めまして。私は、フレイア・ロイ・トラスヴィリアと申します。……勇者様、とお会いできて光栄ですわ」
フレイアが恭しく礼をする。フレイアの口からコイツの事を勇者、と呼ぶのを聞くのはまだ耐え難いな……。
「うむ。では次にアベル、自己紹介を」
王に促され一歩前に出る。俺から自己紹介をすると言うことに少し違和感があったが、このような細かいことにいちいち腹を立てていても仕方がない。
俺は恭しく一礼をすると、青年の目を真っすぐに見て口を開く。
「アベル・レナードです。この城の騎士団長をしております。以後、お見知りおきを」
簡潔に自己紹介を済ませて王の方へ向き直る。あまりこの青年の事は見たくない。
「ふーん、騎士団長って何?」
青年が馴れ馴れしく口を開く。そのようなことも分からないとは……仕方あるまい。俺はもう一度青年の方へと向き直る。
「この城の騎士たちを束ねる存在の様なものです。他に質問はございますか?」
「いや、うーん……何しろ全部が全部分かんないから……さっき王様に説明してもらったけど、まだいまいち俺には状況が理解できてないっていうか……」
独り言の様にぶつぶつと呟く青年。そのようなことを言われても、こちらもいまいちよく分かっていないのだが……。どうするべきかと思い王を見ると、王は待ちかねたように俺と青年の間に入る。
「おぉ、そうだな。アベル、紹介しよう。こちらはサミダレ・リュート様だ。こことは異なる世界からいらっしゃった勇者様であるぞ」
「サミダレ・リュート……」
聞いたこともないような変わった名前だ。しかしそれよりも気になるのは、こことは異なる世界から来たという話。一体どういうことなのだろうか。
「あー……どうも、さみだれりゅうとです。漢字では、こう書きます」
そう言って青年が渡してきたのは一枚の紙。そこには見たこともない記号で『五月雨 竜人』と書かれていた。カンジ、と言ったか?そんな聞いたこともないような言語を使うなんて……コイツが異世界から来たと言うのは本当の話なのか?
いやしかし、信じ難い話にもほどがある。ここには国は我がトラスヴィリア王国しか存在していないが、もしや発見されていない別の国から来たと言う可能性もある。何か異世界から来たと言う証拠でもあるのか。
「サミダレ様」
「竜人でいいよ」
「……ではリュート様。恐れ多くもご質問したいことがございます。お許し願えますか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます。では……」
俺が質問することはただ一つ。本当に異世界から来たかと言うことだ。
「リュート様が異世界から来たと言うのは本当なのでしょうか。私にはどうにも信じがたいことなのですが……」
「アベル! お前勇者様になんという事を!」
「お、お待ちくださいお父様! 私もアベルと同じことを思っておりました。その……突然異世界から来られたと仰いましても、中々信じがたいことなのです。お父様はどうして信じておられるのでしょうか」
俺の質問で王は激高したものの、フレイアが仲裁に入ってくれたおかげである程度気は静まったようだ。少しの沈黙の後王が口を開く。
「……ふむ、なるほどな。フレイアが言う事も理解できる。アベル、怒鳴って済まなかったな」
「いえ、滅相もございません……」
「わしが、勇者様が異世界から来たと言うことを信じているのには、れっきとした証拠があるのだ」
証拠……か。王がここまで言うのだから、きちんとした根拠のある証拠なのだろう。
王は懐から一冊の本を取り出すと、何枚か頁をめくると俺とフレイアに差し出す。
「これが、勇者様が異世界から来た証拠だ」