勇者
突如として城に現れた異形の化け物は、城だけではなく城下町をも襲い、戦うすべを持たぬ者たちの多くは化け物の餌食となってしまった。
「城下町の被害は甚大であり、残った者たちも多くが怪我人の模様です」
城下町の調査に行った兵士の話を、目を閉じ俯きつつ聞いているのは俺が仕えるこの国の王。
玉座に坐する王を側近の者たちが取り囲むようにしており、その輪の中に俺も居た。
ここ、玉座の間は城の中で一番美しい部屋なのだが、化け物の襲来により豪華絢爛な装飾のほとんどは見る影もなく損傷してしまった。
「うむ……。化け物たちの様子は」
「以前、城への襲撃はやみません。が、どうやらあの化け物たちは決まった場所から来ているようです。それが……」
「魔王の城、というわけか。さすればあの化け物たちは魔物、というわけだな」
周囲がざわつく。魔物、と言う言葉に俺も聞き覚えがあった。
この国に住むものなら誰でも一度は聞いたことがあるであろう『伝説の勇者』のお話。その中で『勇者』と戦う敵こそが『魔物』なのだ。おとぎ話の中と信じられてきた『魔王』や『魔物』が実在するなどにわかには信じがたいことではあるが、異形の化け物たちの襲来が魔王の存在を物語っている。
不安がる周りをよそに、俺は胸の高鳴りを感じていた。
幼いころは絵本の中の魔王を信じ、勇者になることを夢見ていたが、大人になった今それは夢物語だと知ることとなった。
魔王を倒す勇者にはなれぬと知った俺は、せめて国を守ることができる勇者になろうと決意し、日夜努力を惜しまず鍛錬に励んできた結果、騎士団長に任命されるまでになったのだ。
だが、魔物は存在した。魔王もどこかには居るのであろう。幼い頃に捨てたはずの真の勇者への希望が、不謹慎であることを承知した上でも俺の心を躍らせる。
「魔王がおとぎ話ではないとわかった今、対抗するすべは一つしかない。勇者を決めるのだ」
王の発言にまたしても周りがどよめく。
「でしたら陛下、推薦した者がおります」
群衆から一歩前に出て発言したのはグラハムさんだった。
グラハムさんは柔和な微笑みを浮かべながら王に進言する。
「その者はこの度の騎士団長に選ばれるほどの実力の持ち主。さらに人望もありますので勇者と呼ぶにふさわしい人物かと……アベル、こちらへ」
グラハムさんはその微笑みを崩さぬまま俺を群衆から引き抜き王の前へと出す。
「いかがでしょう?」
その場にいる全員の視線が俺に降り注がれる。周囲の値定めるような視線に一瞬たじろぐも、群衆の中に不安げにこちらを見つめるフレイアを見つけ、幼いころにフレイアと約束した夢を思い出す。
あの夢をかなえるのは、今しかない。
俺は胸を張り、姿勢を正し、堂々たる面持ちで王を見据えた。
「……ふむ。よかろう」
王がゆっくりと立ち上がり、俺の顔をまじまじと見つめる。
「名はなんというのだ」
「アベル・レナードと申します」
「おぉ、そうかお前がレナード家の……よろしい。では、アベル・レナード。お前にこの国の未来を託す。勇者として魔王を倒し、どうかこの国を救ってくれ」
「はい。必ずや、この国を守って見せます!」
俺は決意新たに王へと跪く。不測の事態であるものの、勇者になるという夢が叶ったことで俺の心は激しく高鳴っていた。フレイアもきっと喜んでいるはずだ。
フレイアの反応を見ようと顔を上げた瞬間。突如何かが俺の上に降ってきた。
「ぐっ!?」
「うわぁっ!?」
俺はあまりの衝撃と重さで床に突っ伏してしまう。俺の上に落ちてきたものは、声を発するところから見ると、どうやら人間のようだが……なんせ俺の上からどかないので姿を見ることができない。
「痛ってぇ……なんだここ?」
「貴様……どけ!」
無理やり上体を起こし俺の上からどかすと、人間(?)は尻餅をつき、腰のあたりを痛そうにさすっている。
この国では珍しい黒髪に、白いシャツと妙な素材の青いズボンを履いた青年は物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回している。
こいつ……見た目は人間の男ようだが、城に侵入するなど普通ではない。まさか……。
「妙な技で城へ忍び込むなど……貴様魔物だな!」
俺は剣を抜くと青年へと向ける。青年は慌てる様子もなく片眉をあげ不思議そうな顔をする。
「城? 魔物? 何言ってんのか全然わかんないんだけど……」
「とぼけるつもりか。いいだろう。ならばここで倒すのみ……!」
「待たんか!」
黙って様子を見ていた王が突然叫び、青年へと近づく。
「陛下!」
慌てて制止する俺の腕をも振り切り、王は青年へ近づき跪くと青年の手を両手で握りしめる。
「お待ち申しておりましたぞ……勇者様!」