10(クルビス視点)
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「…が今追っていますが、まだ戻っていません。」
「わかった。戻ったら、いつでもいい、すぐに報告に来るよう伝えてくれ。」
シードの報告に次の指示を出し、手元の書類にサインをする。
毎日やってるのに、手元の書類も報告の数も減ることはない。
もめ事が起こるのは大きな街なら当たり前のことだが、ここ200年程でその数が増えたように思う。
住民の数が増えるのは好ましいが、争いも増えるのは困ったものだ。
「了解です。さて、報告はこんなもんですね。」
「そうか。じゃあ、行ってくる。」
「ああ。クルビス。たまには、食事くらい外で食って来たらどうよ?急ぐ案件もないし。ここんとこ真っ直ぐ帰ってきてるだろ?」
仕事がひと段落ついたので、ハルカを迎えに行こうと席を立つ。
すぐにでも扉に向かおうとする俺に、シードがからかうように言う。
ここの所、忙しくてふたりの時間が取れていないことを知ってるからな。
この間のハルカの休みも、結局仕事で終わってしまった。
まあ、その分、夜に甘えてくれるようになってるから良いんだが。
だが、それと寄り道をするかどうかは別だ。
『あの夢』はまだ続いている。
目が覚めて、腕の中にハルカがいることを確かめるのは、もう日課になっていた。
俺に見える未来は見える範囲が狭く、不確定要素が強い。
倒れるハルカと一緒に見える調理器具は、街の食堂や屋台の可能性も捨てきれず、どうしても足が遠のいてしまう。
しかし、それはシードの知らないことだ。
純粋に気遣ってくれたことに感謝しつつ、やはり、断りをいれる。
「ありがとう。だが、今日はハルカの方がどこかに寄る体力がないと思う。さっき行った時もかなりバテていたしな。」
「ああ。そっか。特別営業だもんなあ。」
表向きの言い訳にシードも素直に頷く。
大きなコンテストのある今の時期、転移局はもっとも忙しくなる。
通常の営業に加えて、出品作品を技術者がいくつも持ち込むから、荷物が山のように積みあがっている状態が常だ。
それを捌くために特別営業期間だが、今年はさらに大変だろう。
俺とハルカの式、特にハルカのドレスの影響は大きかったらしく、どこのコンテストも出品作品が大幅に増えたらしい。
しかも、ハルカの務める北西の地域の技術者たちは、おおいに張り切っていると聞いている。
先程、母の荷物のことを伝えに行った時も、奥の転移陣が見えない程の荷物が積まれていた。
あの量をあれから送っていたんなら、魔素を補給してたとしてもかなり疲れているだろう。
さて、愛しい伴侶を迎えにいくか。
守備隊本部を出ると自然と足が速くなる。
外はすっかり日が暮れて、星明りに加えて家々の明かりと街灯が道を照らす。
雨季の前のデートでわかったが、ハルカは目があまり利かないから、夜に一緒に出ると俺に寄り添うように歩いてくれる。
きっと今日もそうなるだろう。
想像して自然と笑みが浮かぶ。
恥ずかしがり屋の伴侶は中々外ではくっついてくれないからな。
今日は疲れているだろうし、抱えて帰っても許されるかもしれない。