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「非売品か…。」
「もしかしてとは思ったけど、マジで指定してたのかよ。」
クルビスさんとシードさんは予想していたのか、苦々しい顔でため息をついていた。
クルビスさんの説明によると、非売品の指定はお金を詰めば出来るそうだけど、かなりの金額になるのでまずやらないそうだ。
それをするってことは、予約した時点で接触してくる可能性があって、相手が私を取り込みたがってる本気度の表れでもあるということで…。
うわあ。使えない。使えないよ、このチケット。
しかも売れないし。どうしろっていうの。
はあ。とにかくアニスさんにもう一度ちゃんとお礼を言わなきゃ。今日は休みだったんだし。
「そんなチケットがあるんですね。あ、でも残りは売れて良かったです。お休みの日に行ってもらってありがとうございました。アニスさん。」
ていうか、何から何までお世話になってすみません。
今の私じゃ外に出れないから、他のひとにお願いしなきゃ買い物も出来ないので、アニスさんの協力は本当にありがたいことだ。
「いいえ。買い物のついででしたし。お気になさらないで下さい。ただ、このチケットは使われない方が良いと思います。」
私の感謝に、アニスさんはにこにこと笑ってくれる。
そのことにホッとしながらも、最後のアドバイスに頷いた。
「はい。これは使わないことにします。売れないとなると、誰かにあげるというのもやめた方がいいですよね?」
私の質問にクルビスさんも頷く。
面倒事の塊のチケットなんてどうしようもない。
「そうだな。ただ、何かあった時に役に立つかもしれないから、それはハルカが持ってると良い。」
役に立つ?面倒なチケットが何に役立つんだろう?
もしかして、さらに強引な手段に来られた時に前にもこんなことがあったって証拠にするとか?
うわあ。たかが勧誘で怖すぎる。
絶対ひとりで外出なんかしないんだから。
チケットを送ってきた相手に引きつつも、チケットはとりあえず私が持ったままということになった。
話がまとまると、アニスさんは食事がまだだったらしく食堂に戻り、シードさんも何故か2度目の昼食を取りに下に向かったので、クルビスさんと二人きりになる。
ルドさんと約束した時間までまだあったので、クルビスさんは急ぎの仕事を片付けて、私はその膝の上で資料を読み返して、おかしな所がないかチェックすることにした。
ついでに、クルビスさんの意見も求めた。
私が作成したのは私の書いた落書きみたいな挿絵付きのレシピ。
直接見てもらうのが一番いいけど、和菓子が普及してほしい私としては、誰が見てもわかり易いレシピを目指してみた。
ただ、レシピの普及に関して遅れがちなルシェモモで、挿絵付きレシピがどれくらい受け入れられるかは謎だ。
もしかしたら、危険な考えとして排除しようとする動きもあるかもしれない。
反発を食らうのは覚悟の上だけど、危険な目に合う気はさらさらないから、レシピに関しては慎重に行動するつもりだ。
さて、挿絵付きのレシピって、異世界的にはどうなんだろう。
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約束の時間になり、厨房に資料とクルビスさんを持っていくとルドさんが待ち構えていた。
問題のレシピについては、クルビスさんは「わかりやすい。」と普通の反応だったので、とりあえずルドさんにも見てもらうことにする。だけど…。
「これは…。」
予想と違って、ルドさんは挿絵付きレシピを見て呆然としているようだった。
あれ?これってマズイパターン?
「こんなレシピは見たことない。通常は文章だけで、もっと手順も省略されている。残りの情報は知っているものに聞くしかないんだ。」
ああ。機密保持ってやつですか。
お菓子のレシピにそこまでしてどうすんだか。
「レシピはそうなのか?訓練の手順や行事の進行は挿絵がつくものだから、そういうものだと思っていた。」
クルビスさんは逆にルドさんの反応に不思議そうだ。
保護のかかってない情報に関しては、挿絵付きの説明も普通にあるみたいだ。
だから、私の資料を見ても普通の反応だったんだな。
う~ん。これってどうなんだろう。微妙だなあ。
「じゃあ、これは使わない方がいいですか?あまり反発は招きたくないんです。」
「いや。故郷のレシピを広めたいと言っている以上、わかり易いレシピは必要だろう。ハルカの故郷ではこれが一般的なのだろう?」
「はい。挿絵ももっと詳細なものがつく場合がほとんどですね。」
挿絵というか写真ですけどね。
というか、9割写真でした。
その感覚で挿絵たっぷりのレシピになったんだけど、本当にいけるんだろうか?
最終的には自分の目で見てもらうしかないんだけどね。
「なら、これで広めた方がいい。料理教室に来たものが他のものに伝える際に役立つだろう。」
ルドさんが挿絵付きレシピを勧めてくる。
そうだよね。一般的に普及してほしいから、わかりやすいレシピを用意したんだもん。
せっかくだから他のひとにも教えて欲しいし、しっかり活用してほしい。
それが受け入れてもらえれば、もっとレシピの情報交換とかやりやすくなるんじゃないかな。
「では、そのことも最初の挨拶で言いましょうか。最初にはっきり言っておけば、余計な混乱も避けられますし。」
「そうだな。その方がいいだろう。」
ルドさんとさくさく決めていく。
大まかなやり方は、ルドさんのお母さんのウジャータさんのやり方を参考にしたから、そう混乱もないはずだ。
後は最初の挨拶だ。
どういうつもりで私がレシピ公開をするのか、きちんと説明しないと。