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案の定、クルビスさんは仕事に行くのを渋った。
魚人の里でずっと一緒だったから、離れるのが猶更辛いらしい。
それなら、前みたいにクルビスさんのひざの上でコーヒーでも飲んでた方がいいのかなあ。
そう思って、クルビスさんに提案してみたけれど、予想外に反対された。
「いや。魔素がまだ不安定だから、今日は部屋から出ない方がいいと思う。海の底からの転移は負荷が大きいから、大事を取ったほうがいい。」
あ、そうなんだ。
自分ではわからなかったけど、魔素が不安定なら外に出ない方がいいよね。
私の魔素は強すぎるから、抑えられないと周囲に迷惑をかけてしまう。
クルビスさんにキレて告白したあの日だって、周囲に漏れた私の魔素で体調を崩したひとがいたくらいだ。
この部屋の中なら、魔素を抑えられなくても大丈夫だし、気も楽だからそうしよう。
思ったより体調が良くないみたい。
「こんな状態のハルカを残して行くなんて。」
いやいや。クルビスさん、隣の部屋に行くだけですから。
私も部屋からは出ませんし、食事も部屋で一緒に食べましょう?
「…食べさせてくれるなら。」
時間かかっちゃうけど、それくらいなら、まあ、いいか。
シードさんも待ってくれるだろうし。
「いいですよ。」
了承すると、ようやく食器を持って部屋から出るクルビスさん。
いってらっしゃーい。
「ふう。さて、と。スイートポテトと、あと、一応小魚のおつまみとお出汁も。」
つぶやきながら、ノートに思い付いたことを日本語で書き出していく。
いつもの作り方や材料を味やにおいなんかも交えて細かく書いて、それを別にメモした異世界の食材の名前と照らし合わせていく。
小魚おつまみや出汁については、異世界の魚介の情報を私が知らないので、記憶にあるおつまみの組み合わせや出汁を使って作れる料理なんかを書き出したら終了だ。
メルバさんから魚介が届くまでは、スイートポテトのレシピに集中するつもりだ。
下書きというかメモのようなものから、料理のサイトや本を思い出しつつ、読んだだけでわかるようになるべく簡潔に、順番になるように手順を書きなおしていく。
何度か声に出して読み返して、次はエルフ語に翻訳だ。
「んー。やっぱりこれが一番時間かかるなあ。」
辞書を引きつつ、フェラリーデさんに教えてもらったエルフ語の講義のノートと照らし合わせながら、一文一文を翻訳していく。
誤字脱字や文法の間違いはクルビスさんに見てもらうつもりだけど、忙しそうだからルドさんに見てもらうのもありかもしれない。
レシピの文章は長くはないので、比較的早く翻訳も終わる。
後は文章だけでは伝えきれない情報をイラストにしないと。
素人のへたくそなイラストなんて恥ずかしいんだけど、こればっかりは私が描かなきゃ誰もわからないもんね。
ただ、最初のレシピでルドさんに驚かれたみたいに、この世界では調理の説明に絵を入れるというのは画期的なことだったらしくて、次もって期待されてるみたいなのはプレッシャーだけど。
いや。考えない考えない。描けなくなるから。
いつもの作り方を頭に浮かべながら、とにかく手を動かすことにした。