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そこまで考えてふと気になる。
急ぎの依頼なら、もう街で黒の染料は手に入れにくくなっていたはずだ。
しかも値段も相当上がっていただろうし。
材料の仕入れ良く出来たなあ。
値段によっては割に合わないと思うんだけど。
相手が金にいとめはつけない!とか言ってたら話は別だけど…。
「黒か~。あの時、黒の染料はかなり手に入りにくかったのに、どうやって手に入れたんだろうね~?ルイ君が頑張ったのかな~?」
「あ。それは違いますぅ。カバズさん、黒の染料が手に入らないって、最初は断ったそうなんですけどぉ、依頼主から『知り合いを紹介するからそこから仕入れてくれ』って言われて引き受けたんだそうですよぉ?」
え。知り合い?
自分のお店で扱ってるとかじゃなくて、知り合いが染料を持ってたってこと?
他所にあげれるほど黒の染料をかかえている店なら、高値で売るか、知り合いの所に融通してそうだけどなあ。
そんな急な依頼に答えてくれるものだろうか?
「何でも、一族に伝わる特別な黒だとかでぇ、カバズさん恐縮してましたねぇ。」
一族に伝わる「黒」?
それって、まさか。
「カメレオンの一族ですか?」
思わず口に出していた。
記憶に蘇るのは、あの勘違い令嬢とその家族のこと。
イグアナのお嬢さんの方は反省したみたいだし、式の時に祝福してくれたけど、例のカメレオンの一家は反省の色もなく街を追放されたらしい。
街を追放されたひとは近隣の街でも入れてもらえない。
この世界の生き物は獰猛らしいから、もう死んじゃってるかもしれないなあ。
この世界で街や村の「追放」は死刑と同等だ。
それだけ危険なのだけど、それぞれの街や村ごとに文化だけでなくその発達具合まで違うのは、この危険さゆえに基本的に外とは隔絶状態にあるからみたいだ。
最近では、転移が発達してお互い交流が増えて、格差は減ってきてるみたいだけどね。
まあ、それで、なんで思い出したかというと、例のカメレオンの一家が追放された原因は「黒の塗料」だったからだ。
正規のものとは違い材料に鉛を多量に使っていて、それを勝手に売りさばいていただけでなく、何故か私にだけ利く毒だと勘違いして街の水源のひとつに流したんだよね。
その水源のある西地区は大騒ぎになった。当たり前か。
一時は使用禁止にまでなったけど、優秀な術士さんと技術者さんの努力のおかげで、今では何とか飲めるレベルに回復しているそうだ。
雨季の前だったのも良かったらしい。
あの大量の雨で薄められたからか、当初の予定より大幅に早く水源が使えるようになったのだそうだ。
水は命の生命線だ。使えるようになって本当に良かった。
「すみません。そこまでは聞いてないんですよぉ。」
「いえ、そうかなって思っただけなので。気にしないで下さい。」
キャサリンさんが申し訳なさそうに言うのに、慌てて気にしないよう伝える。
世間話でそこまで言ったりはしないだろう。口が滑った私が悪い。