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メルバさんが小さいナイフのようなものを出した時に、室内が静まり返る。
メスだ。手術用の。あー兄ちゃんってば、あんなのも作ってたんだろうか。
「先にそれ飲んでてね。痛み止め。麻酔って言った方が通じるかな?」
メルバさんの言葉にさっとコップが差し出される。
アニスさん。笑顔が怖いです。
そして、コップの中には何ともいえないどす黒い何かが入っていた。
なんか、ドロッとした感じに見えるんだけど。
「大丈夫、見た目ほど味は酷くないから。」
美味しくは無いんですね。
お薬だから当たり前か。
それにしても、相変わらず、飲み物系は色が極端だなあ。
漢方薬だと思って飲んだ方がいいかも。良薬口に苦しってね。
「っ!」
うげ。甘。
喉をねっとりとした何かが通り抜ける感触が気持ち悪い。
全身が総毛だってるのがわかる。
私の手を握ってるクルビスさんの手に力がこもったけど、反応を返す余裕がない。
前にもあったような。
ああ。そうだ、魔素酔い起こした時だ。
あの時は口直しのお茶が出たんだけど、今回は無いのかな。
この甘さ、息をするたびに鼻に抜けて気持ち悪いんだけど。
うう。吐きそう。
私、甘すぎるのって苦手なんだよね。
妹の環だったら、平然と飲み下すんだろうけど、私には無理。
う。ボール一杯の生クリームを飲み干したあの子を思い出したら、余計気持ち悪くなってきた。
「はい。終わり。お疲れ~。」
いつもの聞きなれた調子のメルバさんの声に顔を上げると、知らない間に手術は終わってたらしく足には包帯が巻かれていた。
えええ。いつの間に。
「良く効く麻酔だからね~。痛くなかったでしょう?」
マグカップに入ったお茶を差しだしながら、笑顔で聞いてくるメルバさん。
いや。あれ、麻酔でっていうより気持ち悪くてケガのこと忘れてたような。
内心突っ込みつつも、ありがたくお茶をいただく。
あれ。でも、足先の感覚がわかんない。ちゃんと麻酔の効果があったんだな。
味の衝撃がすごくて、全然わからなかったけど。
ああ。お茶が美味しい。ポム茶だ。
「お茶のおかわりは用意してもらってるから、どんどん飲んでね~。クルビス君、もう大丈夫だよ~。クルビス君も補給してね~。」
メルバさんの言葉にホッとした魔素を出しながら、クルビスさんが手を離す。
クルビスさんにもポム茶が渡されて、ふたり仲良く魔素補給だ。
あの麻酔は二度と飲みたくないけど、自分の足が切られる所を見なくてすんだのは良かったかも。
そんなことを考えてるとふと思い出す。こっちでは『良薬口に甘し』だったっけ。