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「ミネルバ工房は奥の工房で作ったものを表の店で売るタイプの工房だ。夫婦で調理器具や雑貨を作っていたそうだが、個の工房だからな。大きな工房には負けるから、注文があれば何でも作って、他所の工房のものも表の店で売っていたそうだ。
何でも作っていたから、舞台の小物を発注されたりすることも多かったらしくてな。前の支配人の時に、道具係の技術者の指導役を頼まれたらしい。」
私の顔に疑問が出ていたのか、クルビスさんが先代のご店主が劇場にいる理由を説明してくれる。
後継者に店や工房を譲り渡すと、後進の指導を頼まれることはよくあるのだそうだ。
1つの店や工房を長年経営してきた知恵と確かな技術はどこも欲しがるものだから。
成る程ねえ。情報に規制があるわテレビやネットもないわじゃ、口伝しか知る方法ないもんね。
こういうところもギャップを感じるなあ。
日本でも後進の指導はあるものだけど、外から呼んでまでっていうのは中々ないし。
指導役に付かなくてもお店を新しくやる人も結構いるみたいだし、引退後に第2の職に就くのがよくあることっていうのも、違うよねえ。
日本でもいるにはいるけど、かなり少数だ。
寿命の違いかなあ。バイタリティが違う気がする。
まあ、それは置いといて、指導役になってるなら、お店はもう代替わりしてるってことだ。
「じゃあ、お店はもうお婿さんに譲ったんですね。」
カイザーさん達がそんなことを言ってたけど、ルイさんは知らなかったみたいだった。
最近の事なのかもしれないなあ。
「正確には娘に、だな。譲った途端、出産で中央に行ってしまったそうだ。だから、しばらく残って仕事をしていたようだが、そろそろ店を出ようかと考えてた時に劇場の話が来たわけだ。」
ああ。だから、ルイさんはまだ先代が店をやってるって思ってたんだ。
でも、そういう事情なら、説明を聞けば納得するだろう。
「娘さんも技術者だから、娘さんがいれば発注も受けてもらえたんだろうな。婿の伴侶は、経営を担当しているようだから外部に委託するしかないだろう。」
お婿さんは表の店の経営の方を担当してるのか。で、工房で作るのは奥さんが。
でも、その奥さんがおめでたじゃあ、利益の出やすい発注も自分とこで受けられないよね。
外部に委託じゃあ、手数料だけしか取れないし。
経営大変そう。
ああ。だからシェリスさんの見積もりは1回払いになってたのか。
シェリスさんのお店がまだ信用なくてっていうのもあるけど、経営が苦しいから支払いを分けられると困るんだ。
クレジット会社とかないもんね。
財布はカード型だけど、プリペイド式で後払いじゃないもん。
そういう間を取り持って、金銭の保障をしてくれる商売がないんなら、今回みたいなことになるかも。
うーん。日本と半端に似通ってるから、かえってわかんなかったなあ。
「だから、1回の支払いだったんですね。」
「待つ余裕はないだろうしな。」
ひとりごとみたいにつぶやいた私に、答え合わせをするようにクルビスさんが話してくれる。
最近はこういう自分で補足して考えるように促されることが増えた。
家長の伴侶なら、周りの状況から推測して手を打つことも必要になるからその練習なんだけど、気づくのにまだまだ時間がかかる。
まあ、おかげでよく理解できましたけどね。
「でも、それなら娘さんが帰ってくるまで残ってればよかったのに。」
「そうだな。俺も不思議に思った。だが、キィに聞いたのは劇場の指導役を引き受けたいきさつだけだから、娘さんのことまではわからない。何か事情があったのかもしれないな。」
クルビスさんが知ってるのはここまでなんだ。ありがとうございます。
う~ん。娘さんのこと、キィさんに聞いてみようかな。