28(クルビス視点)
転移で中央に飛ぶと、視線が一度に集まる。
今では慣れたものだが、昔はそんな視線がうっとおしくて仕方なかった時期があったな。
ドラゴンの里から新酒が運ばれたのか、大貝の前の広場にはいくつもの大きなカメとそれを運ぶ人手でごった返していた。
ヘビの一族が多いのは気のせいじゃないだろう。
「クルビスさまだ。お珍しい。」
「ほら、星祭だから。」
「ああ。成る程。」
毎年のことだからか、俺が中央にいる理由に思い当たると、視線が外れていく。
星祭くらい家に顔を見せろと祖母や母がうるさく言うので、毎年、この日はなるべく顔を見せるようにしている。
今年は無理なことを伝えた時は、それならハルカをと言われていたが、まさか本当に預けることになるとは。
蜜月に離す気など毛頭なかったが、例の箱のことを知った祖母は何が何でも顔を見せるようにと言い張った。
心配をかけたのはわかっていたから素直にそれに従ったが。
まさか、俺の方がここまで限界が早いとは思わなかった。
足が何かに急かされるように早くなる。
もうすぐ。もうすぐだ。
ん?ドリアンの酒の香りがするな。
祖父が取り寄せたんだろう。
ハルカがずいぶん気に入っていたが、甘い酒にするというのは驚いたものだ。
だが、砂糖を使ったジャムは美味かった。あれなら酒にしても美味そうだ。
ああ。ハルカ。
ハルカの香りがする。
視界に俺と同じ黒い髪が見えた時にはもうだめだった。
父や祖父は俺に気づいただろうが、止められることもなく奥に走る。
「ハルカ。」
「え。クルビスさん?」
呼びかけた俺に驚いたように振り返るハルカ。
声を聞いたら抱き寄せていた。
ああ。ハルカだ。俺の伴侶だ。
俺が不安定なのをわかっているのか、優しい伴侶は嫌がりもせず背中を撫でてくれる。
しかし、俺がこんなに早く来るとは思っていなかったらしく、魔素は疑問を感じさせるように揺れていた。
さて、どう答えようか。シードたちに追い立てられて、は、少し違うな。
それではハルカが気をつかってしまうし、実際、仕事は粗方終わっていて、俺はもう仕事上がりだ。
これは部下たちが頑張ってくれたおかげでもある。いつもの捕り物より、突入も後始末もとても早かった。
「早く終らせ、終わったんだ。だから迎えにきた。」
早く終わらせたのは部下たちだし、そうだ。これなら間違いない。
なのに、どうして遠くを見てるんだ。ハルカ。
それもほんの少しで、すぐに俺に意識を戻した伴侶に満足し、心配して声をかけてくれた母に問題ないことを答える。
父は喜んで俺に新酒を勧め、珍しく祖父と父と一緒に酒を飲むことになった。
隊長の地位についてからは、お互い忙しいのもあって中々ないことだ。
式の前の披露目の時は、父とは顔を見るのも久々だったしな。
そうしてるうちに祖母の手伝いをしていたハルカが俺の隣に座る。
何で膝の上じゃないんだ。
「初めての星祭はどう?」
若干不満はあるものの、楽しそうなハルカの様子にそれもどうでも良くなる。
事件に巻き込まれて元気をなくしていたが、今日は楽しかったようだ。良かった。
「星屑作りのお手伝いをしました。とても美味しかったですよ。お餅が食べられるなんて思ってもいなかったですし。」
やっぱりハルカも手伝ったのか。
わかっていたことだが、彼女の口から彼女が作って俺が食べることが出来なかったものの話を聞くのはかなり辛かった。
「ハルカが作った…?」
「もうないよ。」
「俺たちで全部食ったからな。」
父と祖父が悪びれもせず、酒を飲みながら笑って言う。
知ってますよ。どうせ、一瞬で無くなったんでしょう?
祖母と母が作ったものに手を出そうなんて思いませんから。
だから、静かに威嚇しないで下さい。
いいじゃないですか。ちょっと拗ねたって。
こっちはまだ蜜月なんですから。
「…そうですか。」
不満はあっても、しょうがない。
ドラゴンが身内にいたらこんなもんだ。
今回はハルカが楽しんだので、良しとしよう。
来年は俺も昼前には来て、星屑争奪戦に参加するとするか。