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「あの布を見て気づいてから、何度か聞いてみようかと思った。だが、話をしたら見たくなるだろう?俺は、その時にはハルカから離れられなかったから、これを見せたら、ハルカがこの木から離れたがらなくなるんじゃないか、街を出てもっと近い、深緑の森の一族の里に行くんじゃないかと不安で言えなかった。
でも、今日の休みにハルカとどう過ごすか考えた時に、この木のことが浮かんだんだ。上手く言えないが、今なら一緒に見ることが出来ると思った。」
クルビスさんがこれまでの不安と葛藤を教えてくれる。
魔素もそれに合わせるように不安げに揺れていた。
街では見ることのない、気弱なクルビスさんの姿。
私はといえば、話を聞いて怒るより、クルビスさんを悩ませてしまったことを申し訳ないと思っていた。
だって、異世界に残るって決めた時に、クルビスさんの傍にいるって覚悟を決めてたんだってことが、上手く伝わってなかったってことだから。
実際、異世界で桜を見ることが出来て、感動はしても幸運な偶然だくらいにしか感じなかった。
親不幸で申し訳ないけど、日本のことも家族のことも思い出しはしても懐かしむ程度だ。
仕方なくじゃなく、こっちに残るって自分で決めたんだから。
だからだろうけど、私の思考はいつも前向きだ。
まあ、普通はもっと未練があって、悩むものなんだろうな。
エルフ達は帰れる方法はないかって、ずいぶん研究したみたいだし。
元の世界を象徴する世界樹から離れずに、里をそのまま同じ場所に継続させたのだって、そういうことなんだろう。
クルビスさんはきっとそう言う話も聞いてて、余計に私に言い出せなかったんだろうなあ。
でも、出会って過ごして、これから一緒にいるって世界に誓って、クルビスさんにも誓って。
蜜月も一緒に過ごして、そしてようやく連れて来ても大丈夫だって思ってくれたんだ。
今まで一緒にいた時間が、二人の絆を作ってくれたんだろうな。
そう納得すると何だか嬉しくなって、クルビスさんの手をそっと握った。
「連れて来てくれてありがとうございます。好きな花だから、また見ることが出来てすごく嬉しいです。」
悩ませてごめんね。旦那様。
もっと好き好きアピールしとけばよかったかな。
でも、人前でのイチャイチャはちょっとまだ抵抗があるんだよねえ。
いや、あ~んくらい出来るようになったんだし、行ってきますのチューくらい日常的に。
いやいや、ルシェリードさん家みたいに、習慣化したことはこの先ずっとやることになるんだから、そこは慎重に決めないと。
新婚のノリでやれるのって、そう長くないし。
「ハルカがいてくれるなら何でもいい。」
私の髪についてた花びらを取って、それに口付けるクルビスさん。
くっ。この人は、こういうことをサラッとやるんだから。
ぐるぐる頭を悩ませてた私が馬鹿みたいじゃないですか。
もう。やめやめ。
どうせ、恥ずかしがっても、こうやってクルビスさんがガンガン攻め込んでくるんだから。
お手本がルシェリードさんとフィルドさんだもんね。
イシュリナさんの「最初は戸惑うけど、すぐに慣れるわ。」って言葉はこういうことだったのかなあ。
慣れって言うか、諦めのような感じだけど。