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ひらひらと、可憐な花ビラが舞っている。
満開だから花吹雪とはいかないけど、何せ花の数が多いので、風が吹くたびにひらひらと舞う。
いつの間にか降ろされて自由になった足で一歩近づくと、偶然手の平に、ひらりと1枚落ちてきた。
そういえば、下に落ちる前に花びらをつかめたら願いが叶うんだっけ。
もう見られないと思っていた光景が目の前にあることにじんわりと感動する。
少し悲しいような、嬉しいような感じ。郷愁ってこういうことなのかな。
「ソメイヨシノですね。」
思いに飲み込まれないように口に出したけど、たぶんそうだろう。
木自体はむちゃくちゃ大きくなってるけど、花びらはよく知ってるものと大きさも色も同じだから間違いないと思う。
ショッキングイエローとかになってなくて良かった。
でないと、この感動は味わえなかった。
「ソメイ?この木の名前か?」
「種類のですけどね。この花びらの木はソメイヨシノと呼ばれます。桜は他にもたくさん種類があって、花の形や大きさが違うんですよ。中にはもっと濃い色で、枚数のたくさんある花をつける木もあるんです。葉っぱと花が一緒に出てくるんですけど、そっちは山桜って呼ばれてます。」
ソメイヨシノの花だけの満開の姿も好きだったけど、山桜のあの丸いフォルムの花も好きだった。
桜餅っぽいのが可愛いって妹に言ったら「色気より食い気」って呆れられたけどね。
「その木もこちらに来てると思う。」
え。山桜も?
どんだけ異世界に来てるんだろう。桜。
「そっちは祖父さんが香りが強いのを気に入って、里に持ち帰ったはずだ。ずいぶん昔に、祖母に枝ごとプレゼントしていたのを見たことがある。」
え。ルシェリードさん、折っちゃったんですか、桜を。
枯れてないといいけど。桜って繊細な木だから。
「今度、聞いてみよう。またドラゴンの里に行くことがあれば、その時見せてもらうといい。」
「はい。」
山桜もあるなんて。
ドラゴンの里にはルシン君のお供にって言われてるし、たぶんまた行くことになるだろう。
この感じだと、そっちも狂い咲きしてるみたいだなあ。
植物としておかしいと思うんだけど、一体どういう仕組みになってるんだろう。
「綺麗な花だな。…すまない。ハルカが喜ぶだろうと知ってたのに、今まで連れてこなかった。出来るなら隠そうとしていた。」
え。それって、私に桜を見せるつもりじゃあなかったってことですか?
じゃあ、何で今日連れて来てくれたんだろう。