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「あの時もたくさん出回りましたねぇ。年に何回かですけどぉ。実家の方にも入ってくるんですぅ。今回のは、父が「暑さにバテないように食べなさい。」ってくれたんですぅ。瑞々しくて美味しいんですよねぇ。」
そう言って、手の平で器用に櫛形にしていく。
食べられる部分を取った後は、芯の部分だけが綺麗に残った。
うわあ。すごい。あっという間だ。
まるでパズルで、最初からこういう風にわかれるようになってたみたいだ。
「器用ですね。キャサリンさん。」
「ホントに。私、8等分にしてから芯を取る方法しか知りませんでした。」
「それだと、散らかっちゃいますからねぇ。これの方が外で剥くには便利なんですよぉ。さあ、どうぞぉ。」
キャサリンさんの腕前にカイザーさんと感心しつつ、懐かしい味を楽しむ。
梨のような瑞々しい食感に喉の渇きも癒やされる。
こっちに来た日、この実で命拾いしたんだよねえ。
異世界で私が初めて口にしたものだ。
「懐かしいですね。こっちに来て、初めて食べたのもこれだったんですよ。」
「ポムの実ですかぁ?もしかして、木になってたっていう?」
あ。いけない。
こっちに来た時のことはあまりしゃべらないようにしてたのに、話を戻しちゃった。
でも、表向きの理由なら出回ってるみたいだし、話さない方が不自然だよね。
本当はポムの実って勝手に食べちゃいけないみたいだけど、あの時食べたのは非常時として許しが出てることだし、話してもいいでしょ。
「ええ。事故で森の中に放り出されてしまって、歩くことは出来たんで、とにかく歩いていたんです。でも、歩いてるうちに喉も乾いてお腹も空いちゃって。その時にこの実が生ってるのを見て、一つ頂きました。おかげで助かったんです。勝手に食べたことは後で謝りましたが、許してもらえました。」
「じゃあ、クルビス隊長がハルカさんを保護したっていうのは。」
「衰弱してた私を助けてくれたんです。街に連れて行ってもらえなかったら、危なかったそうです。」
「うわぁ。間一髪ですねぇ。ウワサで聞いてましたけどぉ。クルビス隊長が見つけなかったらホントに危なかったんですねぇ。」
「ご無事で良かったですね。」
「ホントですぅ。」
私の話にカイザーさんもキャサリンさんも心配したようなホッとしたような顔で頷いてくれる。
2人には私が死にかけたのは想像できるから、心からそう思ってくれてるのがよくわかる。
表向きの理由になってる「転移の失敗」は、実際に違う場所に飛ばされる際、移動の対象(この話の場合は私)の魔素を含めて移動エネルギーに使ってしまうらしく、対象の魔素が激減してしまうのだそうだ。
魔素の少ない動物やひとなら、その失敗1回で消えてしまうこともあるとか。
私は北の辺境から来たことになってて、その遠い遠い距離をルシェリードさんの転移で移動したことになっている。
それだけの距離の移動を失敗したらどうなるか。
プロの2人は私が消えなかったのは「黒の単色」だからだと思っているだろう。
この表の理由のおかげで誰も私が森から来たことに突っ込まないんだよねえ。
ホント、良く考えられてるなあ。ウソばかりじゃないから私も言いやすいし。