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先生と僕

作者: れきそたん

 それぞれ別の方向から来た二組のカルガモの親子がクロスした時、家では母が新しい母とハイタッチで入れ代りアンドロイドのロボメイドが謎の光線を漏らしながら目玉焼きを焼いている。そんなありふれた朝。


 通学途中の交差点で僕は赤いスポーツカーに撥ね飛ばされ身体は宙に舞う。

 地面に墜ちるまでの時間に僕が視界に捉えた世界の切り抜きは、一台の緑色の乗り合いバス。バスの中ではうつらうつらと舟を漕ぎながら窓に頭脂でメビウスの輪をアートしてる中年サラリーマンの姿。

 これで人生終わりと思うとなんとも切なくなる。



 次に僕が眼を開けたら何処かの部屋とか病院とかでは無かった。

 見知らぬ女性の顔が目の前にある、簾のように流れる彼女の黒髪の中の顔面は全体的にノーブルな印象で、僕よりも歳上と判断出来る。しかし猫のように少しつり上がり気味で大きな瞳、そして紅い色の虹彩が少女の様にもみせてた。


 気の強そうな人。

 それが彼女への第一印象。




「起きたようだね。起き上がる必要は無いが意識の混濁があるか質問に答えてくれないか?」

「ここは?」


 不思議な事に僕はこの人の事は古くから知っている気がしたが名前は知らない。

 色々な場所に一緒に行った記憶はあるけど初めて逢う女性だった。

 つまり、総合的に他人なのだが僕は彼女を先生と呼んでいた。


「色々聞きたいだろうが先ずは一つづつ片付けるのが得策だろう」


 確かに先生の言う通りなのだろう。

 ただ先程からムズ痒さを発している首に手を当てると布の様な物が巻かれている。


「君と私の関係は解るか?」

「教師と生徒ですよね」

「そうだが、本当にそれだけの関係だった?」


 そう断言されると、それだけの関係とは考えし難い。

 漆黒の髪に白い肌。ぷっくらとした唇に吸い込まれる。

 彼女を見てると、心がザワついて胸が苦しくなる………あこがれ以外の感情が、どうやら僕にはあるみたいだ。

 ただ僕から聞けるほど自意識過剰でも無いがどんな関係かは聞いておきたかった。


「………先生」


 僕の言葉は先生の口の中に消える。

 甘い薫りはキンモクセイだった。


「ん………こういう関係だと困るか?」


 さっきまでの唇の感触を確かめる様に指を這わせて深く息を吐いた。

 両耳は心臓が早鐘を打つ音で一杯で、それと同じに快楽中枢は多幸感に包まれている。

 本当に僕と先生は男女の仲なのだろうか?

 仮に冗談だとしても、接吻キスまでするだろうか?


「ふふ……君は実に愉快な反応をするね」

「冗談なんですよね?」

「私は冗談はあまり好まない。つまり私が相手では些か不都合だと君は意見するんだな!」


 不都合も不満も有るはずも無い。

 先生に蠱惑的に言い寄られて不満があるならバチがが当たるってものだ。

 罠が無い限り、なぜ僕なのかが疑問が残る。


「なぜ僕なのでしょうか?先生くらいの方なら社会的地位の低い人間を選ぶ理由がわかりません」

「君は卑屈に物事を考える癖が有るみたいだが、否定される度に私の好きの気持ちが安くなる………君にとって私はその程度の存在なのか?」


 確かに自分を卑下する事は想ってくれる人を侮辱するのと同意だと、今更ながら気付かされて恥ずかしくなる。


「すみません」


 膝枕の状態での謝罪はなんとも絵面的にも滑稽だが、なんだかリア充ぽかったりしてムズ痒い。


「………先生、変な夢を見ました。僕が車に轢かれる夢」

「それは夢じゃ無いぞ。轢いた本人が言うのだから間違いない」


 夢………じゃない?

 今そう言ったよね?

 それに………でも………。

 僕は手足を動かす………動く。


「身体的にはまともに機能してる。なにせ私が看たのだからな」

「動けるまで診てもらったのは感謝しますが、どうして轢いたのでしょうか………そこまで怨まれる事をしたのですか?」


 先生は少し頬を紅く染めてぽつりぽつりはなした。


「怨む?その逆だよ。昔から私はね少女漫画が好きなんだよ。交差点を渡る君になんだか運命を感じたのさ………だから食パンをくわえてからアクセルを踏んだんだ」

「そこは自力で走って来ましょうよ」

「済まないが私は運動が苦手なんだ。特に朝は弱くてね」

「危うく死ぬところだったじゃないですか!」

「峰打ちだ安心しろ、少し涅槃が見える程度だ」

「涅槃が見えたらまずいですよ!」


 ヤレヤレ困った奴だとでも言いたそうなジェスチャーを彼女はする。


「君は本当に可愛いな。私が君を死なせるわけ無い!絶対にだ!告白の返事を聞く前に死なれては困る」


 どうやら彼女は少女漫画の王道の「遅刻遅刻」の曲がり角でぶつかってからの恋の始まりを演出したつもりだろうが、僕からしたら対車だから誰から見ても交通事故である。


「………よく生きてますね僕」

「君は吸血鬼を知ってるかい?」


 吸血鬼。バンパイア。霊長類の頂点が人間ならモンスター界の頂点は吸血鬼で間違いない位に様々な神話や伝説を残すメジャークラスの妖怪である。


「バンパイアがなんの関係があるんです」


 先生のふざけた様な態度に少々の苛立ちを感じていたが口には出さなかった。言ってしまったら今の関係が終わってしまうのを心の何処かで感じたからだ。

 しかし残念ながら彼女はバンパイアは自分だと僕に伝えたのだ。


「つまり僕は先生に首筋をガブリとされてチューチューと血を吸われた………と?」

「いや、どちらかと言えば分け与えたが正しい」

「…………分け与える?」

「我々吸血鬼は細胞活性化成分が多く含まれててね…………」


 どうやら僕の血液を右の歯で吸いながら左の歯で輸血をする。成分献血を思い出して貰うと分かりやすいかも。


「その細胞活性成分は血液中のニコチン受容体と結合して脳にある種の信号と阻害効果を行い細胞の再編成を速めるのだ………」


 それを脳の阻害効果をD2ブロッカーだとか………先生は興奮気味で言っていたが僕にはサッパリだった。

 ただ、今の僕は銃で射たれても大量の血液が流れ出る前に細胞は復活してしまうのだそうだ。


「つまり傷を治す為に僕は、吸血鬼になった………ってことですか?」


 先生の気持ちの良い太股から離れ起き上がると椅子に座り直した。


「吸血鬼になったかどうかはコレを飲んで判断すれば良い」


 僕の前方の卓上には赤い液体の入ったグラスが置いてある。

 液体はほんのりトロミがあるように見えた。


「………さぁ飲んでみたまえ」


 意を決して液体を口に含む、思ったより飲みやすく………むしろ少し酸味のある甘さと少し青臭さはあるが嫌な匂いでは無い。


「………これが吸血鬼になるってことなんですね………先……生?」


 彼女は空き缶を片手に必死に笑いを堪えてる最中だった。

 僕は手の中にある缶に注目した。



 トマトジュース。


 この女性。年齢の割に脳が幼稚園みたいだ。

 こいつに教員免許を出したやつは誰だ!


「ねぇ驚いた?あんまり暗い顔してたから喜んで欲しくてさ」


 前言撤回。

 ちゃんと見ててくれてるんだ。先生。


「ねぇ先生。吸血鬼と人間の違いって何なの?」

「なら、君が知ってる吸血鬼の弱点って何?」


 考えるまでも無く有名だからな。


「日光、十字架、聖水、にんにく、木の杭………かな知ってるところでさ」

「確かに、伝承とか物語ではそうみたいね、でも……」

「でも?」

「太陽光は別に大丈夫。ただ昼間の明るい内だと誰か知り合いに会う可能性が高いからね。なにせ此方はあまり歳をとらないからね知り合いに会うと説明が面倒なんだ」


 美しさは罪ね………と彼女は付け足したが割愛。


「十字架は持てるし別状問題ない。クリスチャンの吸血鬼もいるわよ?………ただねそれが有効だって信じて追いかけてくる人間が恐いのよねぇ」


 半分位残ったトマトジュースを彼女は躊躇いもせず飲み干した。僕の飲みかけなんだけどなぁ。


「聖水は例外。あれは瓶に貯めた水を何年間も洗わずにただ継ぎ足したものだから衛生的にも嫌なのよね………君は飲める?」


 それが本当なら絶対に無理とばかりに首を横に降る。


「そりゃ悪霊じゃなくてもギャーよね。それに寝込みを心臓に杭って………誰でも死ぬよね?」


 これには僕も同意した。


「にんにく料理は私得意よ?今度特製餃子を用意しましょうか♪」


 まったく、大人っぽく見えるのに子供っぽい彼女をまた恋をしてしまった。ずるいなって思う。





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