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Ghost writer

作者: ヒモになりたい

スッキリしてしまったマイページを見るに見かねて投稿。




 むっと鼻を突く緑の匂い。

 ジリジリとうなじを焼く夏の熱線。

 汗を吸ってじっとりとしたシャツ。

 自分が学生だったころから一向に変わらない季節の営みは、やっぱり世間の大多数の人からすればあまり嬉しいものではないのだろう。

 まあ、右を向いても左を向いても田んぼや畑や、時々手ぬぐいで額を拭く健康そうなお爺さんくらいしか見えないこの田舎ではむしろ歓迎すべき事かもしれないが……

「少なくとも神社の階段にはエスカレーターか何かを付けるべきだと思うな」

 軽く悲鳴を上げ出した足の筋肉を休ませるため、階段の中途で足を休める。

 ちょっとした気分転換を兼ねて胸ポケットに手を伸ばしたが、中途で諦めた。

 ここでニコチンやタールを吸引したら後が辛そうだ方と言うのもある。それに、流石に神社で煙草を吸うべきかどうか分からないほど阿呆でもない。

 だからといって信心深くお参りに来たわけでもない。


 神道と仏教の区別もよく付かず、クリスマスを祝う仏教徒―――要するに宗教観の薄い典型的な日本人なのだ、自分は。

 だったら何故このクソ暑い中、わざわざクーラーも効いてない神社に? そう自分でも思う

 ただ、習慣と言うか約束というか――――とにかく口では説明し辛い理由があったりもするのだ。

 

 元来、過去を振り返って夢想に耽る性分でもなければ、そういう年でもないのだけれど、まだ半分以上残る石段と、熱せられた石から立ち上る陽炎は嫌でも体力不足の青年の意識を回想に導く程度の魔力はあったらしい。


 ――――そう、あれはまだ自分が将来の進路についてもあやふやなまま自堕落に過ごしていた学生時代の夏だったかな――


 最初のキッカケは梅雨のある日。不快指数が百をぶっちぎっていたような日だった。

 突然の夕立に襲われた自分は、全身濡れ鼠になりつつここの神社の境内に雨宿り目当てで駆けこんだ。

やたら長い階段を駆け上がろうなんて思ったほどだからかなりの土砂降りだったはずだ。まるで滝のように泥水が参道に氾濫していたものだから靴がドロドロになった記憶がある。

 

 すっかり水を吸って膨れ上がった教科書に辟易しつつも、肌に張り付くシャツを脱いで絞ろうとしたとき、ソレが目に止まった。

「ん?なんだ、これ?」

 そんな問いに答えてくれる人間が居るはずもなく、むかし書いた夏休みの読書感想文を思い出した。

 十枚、いや多分それ以上の原稿用紙の束。それが人気の無い神社の片隅にひっそりと置かれている光景は、どことなく時代の流れに置いて行かれた古書を想起させる。

 中学生の書く読書感想文の類でない事は明白。やはり思い描くのはプロの作家だとかが〆切を恐れながらも書きあげる小説の原稿。

 他にする事がなく手持無沙汰だった高校生にとってそれは良い暇つぶしに他ならなかった。

「もしこれの持ち主が帰ってきたら返せばいい……よな?」

 これが落し物なら自分は拾ってあげただけなのだ、とガキっぽい自己正当をした後に束ねられた原稿用紙を捲る。

既に製本化された本と違ってわざわざ紙がバラけないようにめくるのは中々に面倒だったはずだが、それも直ぐに気にならなくなった。



 物語の舞台はどこか遠くの惑星。

 その惑星では生物は皆、海からではなく青く広い、無限の空から生まれて地に降り立った。

 そんな生物、特に人は自分達が生まれた場所を求めた。

理論だとか理屈ではなく、純粋な憧れから。

 もっと高く、もっと軽く――――その思いはやがて人々に翼を与えた。

『空は鳥だけのモノじゃない、さあ行こう』

 そんな夢想から始まる、物語。



 気が付けば雨は止んでいた。そんなことにさえ気付かないほど読み耽っていたのかと思うと若干の気恥ずかしさを覚えないでもない。

 それだけ素晴らしく、引き込まれるような魅力を持つ文章だったというのは紛れもない事実だと思う。

 これだけ突飛な世界観に読者を引き込むなんて相当の努力を積んでいるのかもしれない。


 いや……これを書いた人はきっと、心の底から『書く事』を楽しんで、登場人物に感情移入して作品を書いたのだろう。

幾層もの雲を突っ切るシーンでは本当に空を飛んでいるかのような臨場感があった。まるで実際に【飛ぶ】という行為を体験したことがあるかのような。

 それで思い浮かぶのはフランスの作家、サン・テグジュペリ。

 作家であると同時に飛行機乗りだった彼。そして最後には誰にも看取られることなくどこかの空で散った。

 もしかしたらこの原稿は亡きテグジュペリの亡霊が……?

 と、そこまで考えてあまりにも突拍子の無い阿呆な連想に自分で吹き出す。

 それと同時に、この原稿は落し物なのだということも思い出す。無くした人は今頃必死になって探しているかもしれない。

 だからといって、これの持ち主が現れるまで待てるほど一高校生は時間を自由に出来ないのも厳然たる事実だ。

 数分間迷った挙げ句、なんとも半端な妥協策としてノートの切れ端に一言「面白かったです」という捻りっ気の欠片も無い感想と、勝手に読んで申し訳ないという趣旨の謝罪を書いて原稿の束に添えることしか出来なかった。

 勿論、最初より目立つ場所に原稿を置く事も忘れない。

 その日は夕焼けが綺麗だった。



 さて、縁とは何と不思議な物だろうか。

 数日後、持ち主はちゃんと原稿を回収できたのだろうか? 気になって訪れた神社の一角でなんとも不思議な既視感を覚えることになる。

 別に、数日前と同じような土砂降りに襲われただとかいう事情は無い、だがあの時と同じように、まるでわざと人目を避けたかのように死角へ置かれた原稿用紙の束。

 またか……そんな呆れにも似た感情を覚えながらも原稿用紙の束を汗の滲む指でぱらりとめくる。

 予想に反して最初に目についたのは文章、というより短い手紙のようだった。

 『読んでくれてありがとう、また読んで、感想をくれると嬉しいな』

 明確に宛名があったわけではない、だがそれが自分に宛てたメッセ―ジなのだという疑いようの無い確信が、前のような盗み見の正当化ではない大義名分を与えてくれた。


 それ以来、名前も顔も分からない作者さんと自分とのペンフレンドとも呼べない拙い関係は出来上がった。

 一カ月に一回くらいの周期で神社に置かれている原稿の束は新しいものに変えられる、自分はそれを読んで感想を書く、その感想に対する細々とした礼だとかを次の原稿の冒頭に作者さんは書く……主にこのサイクルの繰り返し。

 三回目、四回目辺りから、ただ読ませて貰っているだけじゃあ気分が悪いのでちょっとしたお礼も兼ねてそこらの古本屋で安売りしていた古本を二~三冊持って行ったら次の原稿の冒頭に書かれている感想への返信でいたく感謝された。どうやら宮沢賢治のチョイスは間違っていなかったらしい。彼、ないし彼女は『ヨダカの星』が大好きなのだとか。

 それ以来、小説を読ませて貰う事に対するお礼として自分が適当に本を見繕う事になったのは言うまでも無い。


 今思えば―――あの夏の暑い日に始まった奇妙な関係が今の自分を作ったのかもしれない。

 


 焼けた石段の最後の段をなんとか越えて、回想にピリオドを打ってみる。

「いやはや、それでもまさかこんなことになるとは当時の俺も思ってなかっただろうなぁ」

 なんとなく呟いたその言葉は実に核心を付いているような気がして、少しだけ可笑しい。

 

 何度目かのやりとりで自分は『もっと他の人に小説を見せないのかい?』という内容の質問を書いたはずだ。

 それに対する作者さんの返答は『私には無理なんです、事情があって人前には出れないのです』という類の、一種の拒否。

 予想してなかったわけじゃあない、人目の付かない所にわざわざ原稿を置いたり素性を一切明かさないことからも何かしらの事情があると勘ぐるのは当時高校生だった自分からすれば当然の反応。

 だからといって、小説を書く以上は誰かに読んでもらいたいに決まっている。

そうでなければ人目に付きにくいとは言え誰かに見られる可能性のある場所にいじましく原稿を置いたりしないだろうし、何より『読んでほしくない』という内容の返信はどこにも無かった。

 そう思うと、どんな事情かは知らないが、自分も相手の手伝いをしたいと思えるほどの人情は持っていたらしい。


「まあ、結果としてゴーストライター持ち前提の作家としてデビューすることになるなんて……若さゆえの勢いってのは本当、恐ろしいもんだ」

 胸ポケットから取り出した煙草の煙を燻らせながらしみじみと呟く。

 そう、あろうことか名前も知らなければ性別も、顔も知らない見ず知らずの他人の書いた小説を本人の代りに世に出そうなんて、若さゆえの勢いが無ければ出来っこない。

 作者さんの承諾を取り付けるのに時間はかかったが、それでも小説を書く以上、もっと多くの人に読んでもらいたい気持ちくらいはあったらしい。

 以来、自分が小説家もどきとしてデビューして五年。

 作者さんに届ける本が中古本から新書に格上げを果たして五年。

 今ではなかなかに読者を獲得して生きていくのに事欠かないくらいの印税は手に入る。依然として作者さんの性別は分らないが……ぶっちゃけヒモである。

 ヒモ、そんな単語がグサグサと男のプライドを突き差すようになってはや半年。なんて遅すぎる自覚だ。

 嗚呼、それだけならば良かったのだ。

 それだけならば傷付くのは自分だけで良いのに。

 つまらない疑心は牙をむく。

 ―――素性も居所も知れない他人に依存して生きていていいのか?――――

 そんな思いが、長年守って来た暗黙の了解というか、超えてはならない一線を越える最後の一押しになるのは多分、本当にどうしようもないエゴだ。

 

 ―――つまり、今日は今まで正体不明の作者さんと対面する約束をして此処まで来た――


 事前のやりとりでも、何度も作者さんは嫌がっていた。

 曰く、『きっと私を見ればあなたは小説家を止めたくなります』

 意味深な言葉だが、このまま心の軋轢を抱えて小説家を続けられるほど自分は強くない。

 結果、かなり渋々とした雰囲気だったが今日に会う約束も取り付けた。


 勝手に厚意を押しつけて、事と次第によって自分の身が不安になれば勝手に相手の事情に踏み込む。

 視えないからこそ知りたいと欲したのか。

 視えないからこそ恐いと思ったのか。

 二律背反なようでいてしっかり二つの感情が共存してしまうあたり、神さまは手抜き作業をしたもんだとしみじみ思う。



 神社の境内を進む足取りは自然と重くなる。

 額から噴き出る汗も夏の熱気というよりは別の要因が関わっているような気がしないでもない。

 多分、禁忌を破って盗みを働く人間というのは今のような精神状態なのだろう、とあまり意味の無い思考に身を委ねても結局のところ何の意味も無い。

 ゴムのように間延びした時間がキリキリと心臓を締め上げる感覚にちょっとした吐き気を覚える。

「我ながら繊細なメンタルだな、受験生だった頃を思い出すよ」

 だけど、一歩前に踏み出さなければ自分のような人間はいずれ社会の波に淘汰されるのがオチだ。

 若い時分だからこそ何があってもまだやり直しが効く、年を取ってからでは手遅れだろう。

 そんな、ちょっとした強迫観念じみた決意で重い足を無理やり持ちあげる。


 ◆


 そして、進んだ先で視界に映るのは約束の場所。

 さわさわと微風に揺れる緑の葉。

 新緑の隙間を縫って地に降り注ぐ斜光はどことなく優しいイメージを覚える。

 だが、それ以上に目を引いたのはその場に所在無げに佇む人影だった。

 いや、ソレを見た瞬間に自分は絶句せざるを得なかった。

 濡れ羽色の艶っぽい髪に理知的な瞳の【少女】

 身に纏うセーラー服はこの辺りでは見かけないデザイン……だが、どことなく戦時の女学生が来ていたものを連想させる古臭いデザイン。セーラー服の元祖は水兵の服だなんて今更ながらに思い出す。

 その少女の外見は取り立てて目立つような派手さも華美さも無い、というよりは夏の都会ならば陽炎のように薄れて消えそうな曖昧さ。

 それも無理は無いというか、多分、その少女は陽炎なんかよりもずっと曖昧な存在に違いない―――――

 だって―――――

 木々の合間から降り注ぐ斜光はその身体を透過し、丈の長いスカートの下に覗く足は中途でぼんやりと薄れて消えている。

 俗に言う【幽霊】という奴なのだと確信するのに所要した時間はあまり多くなかった。

「君が……作者さん……?」

『ええ……驚いたでしょう?

 あなたが今まで読んで、出版社に出していた小説はみんな、死者の書いたものだったんですから』

 現実味のない幽霊少女は、陰鬱な表情を曇らせて、絶句した自分に対して一人語りを続けた。

 ああ、こんなに天気が良いのだからもう少し明るい表情をすればいいのに、なんてしょーもない感想が湧いて来たのは動転ゆえだろうか?


『私が生きていたのは戦中の混乱期。死因は当時の状況的に別に珍しくも何ともないからご想像にお任せします。

 死んでも死に切れないってのはああいう事を言うんでしょうね。私は……何が何でも日本一の小説家になりたかった。

 そんな私にあなたの善意は重すぎた』

 

 言葉はそこで途切れる。

 それ以上の説明は不要。

 未練を残して死んだ人間が生前の夢を叶えようと躍起になっていただけの事。

 どうやって幽霊が小説を書くのかは分からない。だが、死んでいる以上は人前に出て小説を読んでもらう事は到底不可能だったという事は分かる。

 そんな時に偶然、彼女の書いた小説を拾って読んだ高校生が居た。そして、幽霊少女は自分の素性を明かそうにもそのタイミングが見つけられず、若者の勝手な善意はそのタイミングを完全に殺してしまった。

 多分、ただそれだけのお話。

 真実は小説より奇なり、とは誰の言葉だっただろうか?


『騙していてごめんなさい。こんな人外の書いた小説で食べていくのは薄気味悪いでしょう?

 だから……』

 次の言葉はあまりにも容易に想像できた。【もう関係を切ってしまいましょう】

 だから自分は、それを遮るように声を張り上げる。

「ふざけるなっ!」

『え?』

 びくり、と肩を震わせる幽霊少女に対して、今度は声のトーンを落として、穏やかに。


「幽霊が書いた小説でメシを食って何が悪い?」

『だって……』

「こんな“ゴーストライター”実に最高じゃないか」

 さて、まさか自分が親父ギャグを言うような年齢になっているという自覚は無かったせいか、結構心の奥にグサリと来るものがある。

 ついでに、自分が真性のヒモにジョブチェンジしたという受け入れがたい事実も豆腐メンタルを一刀両断した。

 目を見開いていた幽霊少女も身勝手な男の発言に辟易したようにそっぽを向いて―――


『酷いギャグセンスね……そんなんじゃ物書きとして生きていけませんよ』

 ――――それでも肩が震えているように見えたのはなぜだろうか?

「そのためのゴーストライターだろうに。頑張って日本一の小説家になろうぜ」


 こんな小説家が居たって別に良いじゃないか。




とりあえず今作はわけあって一年くらい前に完成してた作品に加筆修正したものですので、出来の方はちょっと自信が(汗)


大雑把に纏めるとヒロイン(?)は十分オカルト要素の塊ですが。名無し主人公は割と掛け値なしなダメ人間です。でもちょっと羨まし(ry


裏話をすると無駄に壮大になったオヤジギャグというか、『幽霊部員ってマジモンの幽霊?スゲー!』とか『ゴーストライターって何かの都市伝説?』みたいな感じにアホの子丸出しな考えしてた大昔の体験談から来てます。

ですからみんな名無しです、だって変に愛着わいたら困りますもんw


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― 新着の感想 ―
[一言] 夏の神社というシュチュエーションの静かな空気感と 二人のやり取りの適度な軽さが心地よく、 映像が目に浮かぶようでした。 ここから先の物語を読み手に想像させる余地がしっかりある 「短編作品だか…
[良い点] ゴーストライター……成程。 不思議な雰囲気が感じられて、尚且つ主人公の内面が丁寧に描かれていて良かったです! [一言] 誤字ですが、 「ここでニコチンやタールを吸引したら後が辛そうだ『…
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