第一話 時乃一探偵事ム所の日常
第1話 探偵事ム所の日常
事後処理、というのは思いのほか時間が掛かる。例えば交通事故。車同士の事故を例に挙げれば、各々の立場の確認から免許証の確認、損害の確認から警察を呼んでの簡単な実況見分、更にどちらに非があるかの確認に加えて保険のやりとり、会社勤めならば上に報告、その後に謝罪の訪問――簡単に上げただけでもこれだけの事をやらなければならない。
無論、色々飛ばしている工程もあるため、一日二日ですむものではない。それが、探偵業に変わったとしても、それはある。
そう、残務処理という名の書類との格闘が……!!
「くっそ……!! 楓子ちゃん、これ、先方さんに確認! 金額がズレてる!」
「ええ!? わたくし、今現在料金計算中なのですけれど!」
彼らがいるのは、とある探偵事務所。そこの主要メンバーである二人は、なぜかこうして書類事務を行っているが――その理由は至極簡単。人数がいないのだ。大手ならば、書類を主に扱う事務員がいるのだが、全員合わせても四人しかいないこの探偵事務所では、主要メンバーで実動員でも、書類業務をしなければならない。しかも、それは依頼主が大手になればなる程書類での確認を求めてくる。その分、確認も多くなり――手間が増えるのだ。
「だから大手は嫌なんだよな……! 何かにつけて、書類書類だから!」
「優斗様! 確認終わりました!」
せわしなく書類を片付ける二人を見渡せる位置にいて――何もしない人間が一人。美女度合いで言えば楓子より上で、当然の如く年も上だ。セミロングの碧髪に知的なメガネ、座っていてもわかる背丈の高さと、そこらのモデルなど相手にもならないプロポーション。上はワイシャツにベスト、下は太腿の際まで見えるスリットの入ったロングスカート。これが、ただそれだけのパーツをそろえた人間ならば別段、驚くに値しないが、彼女の特異を表していたのは、その両腕だった。ワイシャツの色に合わせた特殊なゴムを使い、両腕をがちがちに拘束しているのだ。まるで、苦行のために両腕を捧げた僧侶の如く。ただ違うのは、両肩に設置された機械の腕――簡単に言えばギミックアーム。両腕の代わりとなって動くソレは、更に彼女の特異性を現すと同時に、奇妙な不気味さもかもし出していた。
「おー、頑張れ若人よ。応援はしているぞ?」
ピキリ、と何かがひび割れる音がした。数瞬の間をおいて、だん、と机が叩かれて怒りを隠さないままに楓子が立ち上がる。
「“所長”? そのお発言は少々場をわきまえていないのではありませんか? ただでさえ普段何もやらないのですから、こういうときくらい役に立たないと……無能認定してさしあげますよ?」
「喧嘩を売っているのならば特価で買ってやってもよいぞ? 勝てる喧嘩ならば買う主義だ、私は」
「いつぞやの借り、返して差し上げましょうか?」
始まった二人のやりとりを、またか……という思いで優斗が見つめる。こういった衝突も、この事務所では日常茶飯事である。この、時乃一探偵事務所においては。
雑多とした雑居ビル、その中でも少し広めの雑居ビルの五階。淵都・アラタヤドの中でも裏の領域と呼ばれる入り組んだ路地、入り組んだ建物の奥、普通ならば、普通の人間ならばその危険性故にくることのない地域のど真ん中に近い場所に、この事務所がある。
時乃一探偵事ム所――そう銘打たれたこの事務所のメンバーを、そろそろ紹介しよう。
今現在、楓子と渡り合っているのが
・時乃一探偵事ム所の所長、時乃一 唯葉。
・身長 175cm 体重 ??キログラム スリーサイズ:究極のグラマラス
時乃一探偵事ム所 所長。そのスタイルと長身、もともとの美貌は、そこらのモデル
など一蹴するだけの魅力を持っているが、所員曰く、究極の気分屋。
仕事に関しても気分次第で関わるか関わらないかを決める。なお、ソレに加えて究極の趣味人でもあり、更に言えば熱っぽく、さめやすい蒐集癖を持つ。この探偵事務所の出
費の半分は彼女の蒐集癖によるものであったりする。彼女を現している最も特徴的な部分は、その両腕だろう。なお、年齢不詳。
手元だけを動かしながら、成り行きをはらはらした気分で見つめている男性の名前は
・刃剣・J・G・優斗。身長176cm 体重60キログラム、十九歳。
若干十九歳ながらも、この業界で働きはじめて既に五年、仕事に関しては真面目の一言
で、常に礼儀正しさを忘れない好青年。常日頃繰り広げられる喧嘩と、所長の出費に悩まされる苦労人。最近はその苦労にもなれてきたのか、心情と手の動きを区別するという奇妙な特技を手に入れている。戦闘能力も高く、実働部隊(三人しかいないが)の隊長を務めていて、戦術も得意。なお、趣味が裁縫という特技を持っており、自分の業務用マントは彼の自作である。
最後に、所長に食って掛かっている日本人形のような美貌を持つ美少女が
・楓子・A・R・ヴェルデ。年齢は今現在17歳。
・身長 157cm、 体重 42キログラム、 スリーサイズ:均整の取れたバランスタイプ
正に人形の如き顔立ちの美しさと見るものが嫉妬するような黒髪を脹脛まで伸ばし、そのスタイルも、流石に唯葉には劣るものの、十分に均整が取れているし、その黒髪や外見に良く似合っている。物腰は優斗に環をかけて更に丁寧で、言葉遣いも昔に存在した『純潔の日人』を思わせるものだが、その実はかなり言葉遣いがきつい上に、無意識にも、意識的にも相手の心を抉る言葉を発することが多々ある。確信犯気味であるらしい。
戦闘能力は高いが、運動能力自体はあまり高くない。実働部隊の隊員(三名しかいないが)であることに加え、広報・受付担当でもある。
なお後一人メンバーがいるのだが、今現在ある国のある組織に手助けを依頼され、そのために出向しており、不在である。そのため、今現在は以上の三名がこの事ム所を切り盛りしている。貧乏暇なしではあるが、メンバー構成を考えてみると忙しくても暇がない。当然といえば当然だが。
「あまり動かないと……たれますわよ?」
「……! ほぅ、たれるほどない奴がよく言う。ああ、貴様の場合は、太る要因しか見当たらないのだったな」
「……!! 言ってくれますわね……!! 後悔しますわよ」
取っ組み合い寸前にまで発展している罵り合いは、両者互角であった。まだ、まだここまでならば何とか女性同士の喧嘩で住むが――ある一定のレベルを超えると、彼らの場合、ただの喧嘩では済まされなくなる。
「図星か。ふ、いつかぶくぶくになったお前が優斗に愛想を付かされるのが目に浮かぶ。その時はぜひ花束を贈らせてくれ、京鹿子の花束をな」
「……う、うふふ、もう我慢できませんわ……!! その憎たらしい脂肪の塊ごと、全て“喰べ”尽くして差し上げますことよ!」
「やれるものならば、やってもらおうか」
ギミックアームを自分の腕のように構える唯葉と、片手で顔を押さえながら、ざわざわと髪の毛を蠢かせる楓子。もしもこの二人が本気で戦ったら、それこそこのアラタヤドが壊滅することは間違いない。どちらの能力も危険極まりない上に、基本的に周囲を気にする人間ではないのだ。二人ともが。そして、その二人を止められるのがこの場にいるただ一人だけだということも――本人は否定したがっているが、事実である。
だがどちらかの肩を持てば、そのとばっちりは優斗へと向けられる。美女+美少女に怒りの視線で睨まれた場合、生きた心地がしない――しかも、彼女たちの場合、返答次第では本当に死にかねないほどの目に合わされる可能性が高い。
事務所の一角にあるスペースは、丁度今、彼女たちが戦闘を繰り広げようとしている場所の間近にある。そこは、唯一優斗の私的なスペースで、とても大切なものが鎮座しているのだ。それは今までも度々被害にあっている。恐らく、今回もほおって置けば被害を蒙るのは間違いなく、それだけは、避けなければ。
盛大なため息をついて、立てかけてある剣を片手に二人の間に入るように立ち、すらり、とその美しい刀身を上段に構える。思いっきり振りかぶり、制止させる意味で振り下ろそうとしたその瞬間。
「あの……お仕事を依頼し」
扉が開き、この静寂と緊張を切り裂く突然の侵入者が見たものは!
1.明らかに人間のレベルでない髪の長さを蠢かせている美少女
2.それを迎え撃つように構えているギミックアームで両腕を拘束している美女
3.なぜかその間に剣を振り下ろそうとしている奇妙な服を着た青年
それらを統合し、導き出された結果は!
「……ふぅ……」
ばたむ、と理解を放棄して己の意識を手放すことだった。
その後、全員が行動を中断させ、その人物の介抱に向かったのは言うまでもない。
書置き分の、一話目を記載することができました。もしかしたら、前に投稿したのと別になっているかもしれません。なにぶん、なれないもので……それでも、見ていただけるなら、生暖かい目で見守ってください。
さぁ、次はいよいよ依頼を受けますぜ、兄貴!
果たして、無事に解決できるのか? 微妙にチームワークがあるんだかないんだかの時乃一探偵事ム所の所員たちよ!