第九話 魔王と正義 走る!
小学校や中学校とは違い、6月から7月位に体育祭を開催する高校が多い。何故暑苦しいこの季節に行うのかと講義したいところだ。
という訳で我が校も今、三週間後に体育祭を控えているという現状にある。
そして今日。学校で体育祭で出場する種目を決めた。因みに色は赤色。隣の魔王は「ほう、赤か・・・燃えるな」と何か意味の分からない事を呟いていた。
出場する種目は、俺と翔太と陽一と魔王は綱引きと騎馬戦に出る事になった。それから翔太と陽一は障害物競走に出て、俺と魔王は体育祭のトリを飾る競技、色別対抗リレーに出る事になった。何故俺がリレーに出る事になってしまったかというと、ジャンケンで見事に負けたからだ。最悪だ。俺走るの苦手なのに。何て運の悪い日なんだろうか。
ジャンケンした時の事を考えていると陽一が溜め息を吐いて愚痴をこぼし始めた。
「嫌になっちゃうよな。この蒸し暑い時に体育祭なんて。大体何で体育祭なんだ?別に祭って付ける必要無いんじゃないか?」
「馬鹿だな陽一。体育大会とか体育会とかだとやる気無くすだろうが。日本人は祭好きだから取り敢えず祭付けとけみたいな感じになったに決まってるだろ」
そう言うと翔太が「それはないんじゃないかな?」と言った。いや、絶対にそうに決まっている。生徒に少しでもやる気を出させるようにあえて祭をつけたに違いない。まあ祭なんて付けなくてもやる気は出ないけどな。
「あーもう!何でもいいから中止になんねえかな」
「同感。雨でも降ればいいのにな」
「だが今一生懸命頑張っているのに当日雨が降ったら全てが台無しになるんだぞ?水の泡になるんだぞ?それでいいのか?」
魔王がそう言うと翔太は黙った。確かに一生懸命頑張ったのにも関わらず、当日全てが台無しになったらその怒りを何処にぶつければいいんだ?
「それに運動すると気分がスッキリするぞ。皆で一つの目標を成し遂げた時の達成感は気持ちが良いぞ。それに余は体育祭をやりたい!騎馬戦とかリレーとか面白そうではないか!いいではないか青春!」
と目をキラキラ輝かせて熱弁する魔王に俺達は「あ、ああ」と頷くしかなかった。
これだから青春バカは熱くて困る。すると話題を変えようと翔太が話出した。
「そう言えば、ルシフェル君は応援団に選ばれたんだっけ?」
「ああ。面白そうだから自分で立候補したのだ」
「そうだな。凄い勢いで女子から推薦されてたな」
あの時の女子は怖かった。目が獲物を狙う獣の様にギラついていた。
「あ~あ。それじゃまた体育祭が終わったらルシフェルに告白する女子増えるだろうなぁ・・・俺にもその幸せ分けてくれよ」
「別にいいぞ?でもどうやって分ければいいのだ?」
「何だその余裕っぷりは!俺が余計惨めじゃないか!これだからイケメンは!じゃあ明日な!」
陽一は泣きながら家の中に入って行った。というかいつの間にか陽一の家に着いていたとは、全然気付かなかった。
「あいつは気にしなくていいよ。いつもの事だし。じゃあ、僕もこれで。また明日」
「もとより気にしていないが。じゃあ明日な」
そう言って翔太も家の中に入った。実は翔太と陽一の家は真向かいなのだ。
「お前あんまり陽一苛めるなよ」
「苛めておらぬぞ。本当の事を言ったまでだ」
それが苛めてるって言うんだよ。いや、むしろお前の存在が男子にとって苛めだ。可哀そうな陽一を思い浮かべながら俺と魔王は家に着いた。
そして次の日の放課後から体育祭の準備と練習が始まった。
それぞれ色ごとに分かれて顔合わせとなった。三年生の団長が挨拶する。
「え~初めまして。赤組代表の戸田です。よろしく」
「副の早野です。因みに俺と戸田は応援団にも入っているんでよろしく」
「え~皆も知っての通り、色は一年から三年の組ごとで分かれている。我々二組は赤組になった。他の組に負けてはいられない!皆で一緒に優勝しようではないか!皆!頑張るぞ!!!」
熱過ぎる団長に皆は固まっていた。いや、引いていた。何この熱過ぎる人。今時こんな人がいるんだな。
皆から返事が無かったので団長はしょぼくれていた。ああ、可哀相に。
すると感化された魔王がいきなり叫び出した。
「頑張ろう!!!」
魔王がそう言うと女子が「そ、そうね!頑張りましょう!」「皆頑張るわよ!」と叫び出した。そしてそれに釣られてか、他の生徒も声を上げだした。さすがイケメン。周りへの影響力が半端ないな。
すると元気を取り戻した団長が再び声を上げた。
「よーし!優勝は俺達紅組だ!」
「「「おーーーー!!!」」」
「と叫んだのはいいものの、ぶっちゃけ優勝できる見込みある訳?」
応援合戦で使う小道具を作っている最中に陽一がぽつりと呟いた。応援合戦は組ごとで旗や小道具を使って自分達のやる気や強さをアピールする競技だ。
「そうだね。三年の戸田先輩は柔道部の主将。騎馬戦では有利だろうし。副の早野先輩は剣道部に所属しているよ。それから僕達クラスにはバスケの部員が多いし、一年には野球部の人もちらほらいたね」
「よく知ってるな」
「あとルシフェル君がいるしね」
「そうだな。期待しているぜルシフェル」
「うむ。期待に応えようではないか」
「はは。調子に乗るな」
そう言うと魔王はセイギも頑張るのだぞと言ってきた。
そうだな。俺もリレー出るんだしな。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・ん?んん?リレー???
その瞬間俺は絶望感に襲われた。昨日決まった事なのにリレーの事をもう忘れていたのだ。
マジありえないんだすけど・・・。
それからの俺は何をやっても身に入らず、学校が終わるまで殆ど抜け殻状態であった。
そして気付いたら家にいた。しかも風呂の湯船にちゃっかりと浸かっている。すると自然に独り言を呟きだした。
「はぁ・・・何で俺がリレーの選手?他に走りが得意な奴いるじゃんかぁ・・・島崎とか島崎とか?」
あれ?島崎しか出てこない。おかしいな。
とにかく、決まったからにはどうしようもない。腹を括ろう。魔王に走りが早くなる魔法を掛けて貰うとか、ああでも駄目だな。魔王がいいよと言わない。
それにそれやったら罪悪感でいっぱいになりそう。俺、小心者だから。
はあ、こうなったら・・・
「え?走る?」
次の日の朝。起きてきた母さんに事情を説明した。すると母さんは頑張れと応援してくれた。何だか照れ臭い。
家を出て、まず初めに準備体操。それからスタート。
日はまだ登っていないが、徐々に明るくなってきている。人気も無く、ごくたまに自動車が通る位だ。
走り出して暫らくして、何でかわからないけど凄くわくわくしている事に気付いた。まるで世界に自分一人のような感じだ。
やば、テンション上がってきた。
颯爽に走る俺は心の中で「風になるぜ~」とか調子に乗っていた。
公園の中を走り抜け、海沿いの道も走った。
丁度朝日を目にして、その光景に感動した。海から顔を出した太陽に照らされて海面がキラキラと光る様は絶景だ。何だか知らないけど、太陽に力を貰っている様な気がする。
朝日を見るのに夢中になっていた俺は時間を忘れていた。ふと時計に目をやるといつも自分が起きる時間。
そろそろ帰るか、と帰りは違う道を通って家に向かった。出勤するサラリーマンやOL、車が増えだした頃に家に着き、シャワーを浴びて朝食を取る。
そして魔王が起きてきて、魔王は自分より早く起きている俺に驚いていた。すると血相を変えて俺に近づいてきた。
「どうしたのだセイギ!どこか具合が悪いのか?!」
「何でそうなるんだよ・・・」
「正義はジョギングしてきたのよ」
母さんが焦る魔王に説明した。すると魔王はジョギング?と頭を傾げた。
「今さっき走って来たんだよ」
「な、何だと?セイギは走るのが嫌いだと言っていたではないか」
「だからだよ。俺あんまり走るの得意じゃないから・・・皆に迷惑掛けられないし」
「セイギ・・・そなた・・・!偉いぞ!」
「お、おお、そうか・・・?」
感動した!と叫ぶ魔王に少し驚いた。誰かに褒められるって・・・本当に照れ臭い。
それから次の日の朝。「余も一緒に走るぞ!」と言って魔王も一緒に走る事になった。誰かと一緒ならサボることもないだろうと俺は快く了承した。
「誰もいないな」と魔王が走りながら呟いた。キョロキョロと辺りを見回している魔王に俺は昨日思った事を言ってみた。
「世界に俺達だけみたいだろ?」
「こ、怖い事を言うではない!」
「え?怖い事か?」
「世界に余達だけというと、加奈子殿や翔太や陽一も皆いないという事になるのだぞ?寂しいではないか!」
と必死に言う魔王にそんなに真に受けるなよと思いながら俺ははにかんだ。
本当にこいつは恥ずかしい事をさらっと言うな。まあ、それがこいつのいい所なんだろうけど。
「おお!海が綺麗だ!セイギ朝日だぞ!」
海から顔を出した太陽を見て子供みたいにはしゃぐ魔王。多分初めて見たんだろう。目がキラキラと輝いている。
徐々に出てきた太陽の光が海に反射してキラキラと光り、強い光を放つ太陽が海からすべてを曝け出す。
俺は昨日も朝日見たからそんなに感動しないけど、やっぱり綺麗だよな。
「良いな人間界は!綺麗な物がありすぎだ!」
「そんな事言って、侵略してくるなよ」
「する訳が無い。余は悪ではないのだから!」
そうだったな、と言って二人で朝日を見て家に向かった。
それから魔王と一緒に毎日走り続けた。
学校では体育祭の練習をしてくたくたになりながら家に着くも、毎日のジョギングは欠かさなかった。そして徐々に体力が付いてきて、走るのにも苦を感じなくなった。
体育祭の準備も着々と進み、応援合戦も徐々にまとまって来ており、皆で優勝狙えるんじゃねぇ?と自信が溢れてきた。
「セイギ!いよいよ明日だな」
学校の帰り道。魔王が嬉しそうに言った。翔太と陽一はさっき分かれたばかりだ。
「さっきからそればっかりだな。あー緊張してきた」
「何も恐れる事は無い。今まで頑張って来たのだから」
「そうだな。頑張るよ」
そして快晴のもと、体育祭当日を迎えた。