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魔王と正義  作者: 黒崎累
人間界編
5/12

第五話 正義はセイギ

桜の花が散り、若葉が映えた頃。人々は憂鬱な気分になり、無気力、不安感、焦り、等の症状が現れる。俗に言う五月病である。


新学期が始まってから一ヵ月経ち、学生の中にもそういう症状を訴える者は少なくない。しかしある学校だけは五月病の症状を訴える生徒がいなかった。


「ルシフェル君!調理実習でこれ作ったの!よかったらこれ貰って!」

「ちょっと抜け駆け禁止よ!私のも貰って!」

「じゃあ、私のも!」


金髪の身目麗しい少年の周りに数人の女子生徒が彼を囲んでした。

少年がこの学校に来てから一週間経ち、殆どの生徒が少年を知っていた。寧ろ知らない人間はいないであろう。

少年は天使の様な微笑みで、少女たちを魅了し虜にしていく。


「ルシフェル!これ教えてくれないか?」

「あ、俺も!今日当てられるんだよ」


男子生徒も少年の優しさや性格に惹かれて行く。

少年のお陰で五月病という症状が現れないのである。

只一人除いて。



「はぁ・・・」


いつもより重い溜め息を吐いた。ルシフェルの所為で心労が絶えない。寧ろ積み重なる一方だ。

俺は机に突っ伏した。もちろん耳は魔王達の会話を拾っている。

体が重くだるいし、やる気が無く憂鬱だ。ああ、これが五月病というのか。教室のざわめきがBGMになってきた頃、クラスメイトの翔太が話しかけてきた。


「最近元気無いね」

「だるいんだよ」


翔太は中学の時に一緒のクラスになり意気投合した。親友と言っても良い位だ。いや、俺の中では親友という位置づけになっているんだけど。


「これも全部あいつの所為だ」

「あいつってルシフェル君?」


翔太にも本当の事を話していない。いつか話そうと思うのだが、中中踏ん切りがつかないのだ。俺は女子に囲まれ、ワイワイと楽しそうに話しているルシフェルを見た。どんな時でも目が放せない。


「でも、ルシフェル君も大変だよね。今までアメリカに居たんだよね?それなのに親の都合で日本で暮らすなんてさ」

「・・・ああ」


俺はまた溜め息を吐いた。その様子を見て翔太がこう言った。


「正義もしかして五月病?」


そういう事にしといてくれ。


時間はあっという間に過ぎ昼休みになった。翔太と魔王と一緒に屋上に向かう。

昼は今まで翔太ともう一人、伊藤陽一と三人で一緒に食べていた。陽一も親友の一人で、性格は明るく、誰とでも仲良くなれる盛り上げ上手な奴だ。陽一は購買にパンを買いに行ったため先に三人で屋上に来たのだ。


屋上は余り人がいなくて俺たちにとって憩いの場であったが、魔王が来てから魔王見たさに屋上に人が来るようになった。その為俺達にも視線が向けられ、本人がいるにも関わらず、言いたい事を言ってくるので居心地が悪い。

今日も既に人がいた。殆どが女子で、魔王が姿を現すと皆こちらを見てくる。いつも通り屋上の隅に陣取り地べたに座った。母さんお手製のお弁当を広げ食べ始める。


「なあ、もう屋上で食うのやめないか?」

「うーん。そうしたいけど、何処か良い所ある?」

「実は良い場所見つけたんだ。西棟の非常階段」


こそっと小声で話した。

西棟は一階に家庭課室、二階に理科室、三階に図書室がる。図書室の近くには非常階段があり、そこは滅多に人が来ないと最近知った。


「あー、あったねそんな所」

「図書の司書さんからの情報だ」

「む、まさか脅して訊き出したんじゃないだろうな」

「するかアホ」


俺達の事を知った司書さんが教えてくれたんだと告げる。

大体俺と一緒に食べなくてもいいんだぞ?と魔王に言うと魔王はムッとした。


「余はまだ学校に慣れていないのだぞ。そんな余をセイギは放っておくのか」


魔王の「余」という一人称に翔太は何も反応を示さない。それもその筈。もう慣れてしまったからだ。最初は流石に皆驚いていだが、最近は誰も反応しなくなった。慣れって怖い。

しかし別の意味で翔太は唖然としていた。


「正義・・・ルシフェル君が今セイギって言ったけど・・・」

「ん?ああ、やめろって言ったんだけど、全然やめようとしないから諦めた」


翔太は信じられないという顔をした。俺だって自分がセイギと呼ぶ事を許可したなんて信じられない。あんだけ嫌だったのに。


「じゃあ、俺もセイギって呼んでいい?」


翔太がニコニコと微笑みながら訊いてきた。俺は呆然として咄嗟に返事が出来なかった。

まあ、翔太ならいいかと思った。


「別にいいけど・・・」

「え、ずる!俺も呼ぶし!」


大量のパンを抱えた陽一が、いつの間にか後ろに立っていた。俺はニヤリと笑う。


「えー、どうしよっかなー」

「俺だけ除け者かよ!」

「じゃあそのパン一つくれ」


陽一は笑顔でパンを俺にくれた。これで夜食ゲットだぜ。

すると陽一はパンを食べながら喋り出した。


「なあなあ、きょーひは?ひははっはらあほぼーへ」

「日本語でお願いします」

「食べながら喋るなよ」

「行儀悪いぞ」


俺達にそう言われ、陽一はパンをのみこんでから喋った。


「悪い悪い。今日暇?暇だったら遊ばないかって言ったんだよ」


俺と翔太は別に用事はないからいいけど、と返事をする。え?魔王?アイツに用事なんてものは無い。むしろ暇を持て余している位だ。


「んじゃあ、久しぶりにセイギの家で遊ぼうぜ」

「はあ?俺ん家?別にいいけど・・・」


頭の中で部屋の状態を思い出す。確か昨日片付けたから綺麗だった筈。


「よし、じゃあ、学校終わったらそのまま直行な」


え、直行ですか?とう俺の意見はスルーされ、昼休みは終わった。


そして放課後になり、四人で一緒に家に向かっている。途中でお菓子を買い、どうするかと話しながら。


「で、何する?」

「四人で出来るゲームとかでいいんじゃねー?」

「いいね。で、何のゲーム?」


しかし、結局歩きながらじゃ決める事が出来ず、とうとう家に着いてしまった。

そういえば母さんは出かけるって言ってたな。一応ドアノブを掴んで開いているか確認したが、やっぱり鍵が掛かっていたので鞄から鍵を出した。その後ろから陽一が「あれ?おばさんいないんだー。じゃあ、少し騒いでもいいよな」と言ってきた。まあ、少し位ならいいだろう。

ドアを開けると、俺より先に陽一が中に入って行った。その後に翔太も続く。もちろん翔太が礼儀正しいので「お先に」と言いながら。


「おっじゃましまーす」

「おじゃまします」


二人とも何度も遊びに来ているので、勝手知ったる他人の家という事で、二階に上がって行った。魔王もその後を追い、俺はキッチンで飲み物を調達してから二階に上がった。

部屋に入ると三人はいつの間にかゲームを始めていた。何のゲームをしているかだって?ご想像にお任せします。


「お前ら部屋の主が許可してないのに・・・」

「余が許可したぞ」

「細かい事は気にするなって」


どこが細かいんだ?と陽一の頭を力よく掴んだ。勿論陽一は痛さに悲鳴を上げ、ゲームの結果は負け。ハハ、ざまぁ。

それからゲームをして盛り上がり、いつの間にか外は茜色に染まっていた。


「そうそう、セイギ何か悩みとかあるの?」


翔太がいきなり俺に訊いてきた。


「最近ため息ばかり吐いているから。昼にも言ったけど五月病かなって」


五月病・・・って?ああ、そういえば学校でそんな事言われたっけ。すると五月病という言葉に魔王が反応した。


「翔太、ごがつびょうとは何だ?」

「新入生や新入社員によく見られ、新しい環境に適応出来なくなる精神的な症状の事だよ」

「でもセイギは新入生ではないぞ?」

「確かに新入生じゃないけど、クラス替えとかあったから。一応環境は変わっているし。でも多分セイギの場合はストレスとかが原因じゃないかな?」


すると皆が俺を見てきた。ストレスな・・・心当たりは大いにある。

でもそれは言えない。言ったら面倒な事になる。


「そうだな。きっと魔お・・・ルシフェルが家に来るから俺も緊張してたんだよ。だって外国人だぜ?最初は言葉が通じるかなーとか不安になるじゃん。それにどう接していいか分からなかったからさ、気を使っちゃって。だからきっとそのせいだ」


俺が笑顔で言うと翔太と陽一は、そうだよな、と言って納得してくれた。思わず魔王と言いそうになったが、二人には気にならなかったみたいだ。


「そんなに気にするなって。もう大丈夫だからさ」

「そうだね。ルシフェル君も優しいし、それに日本語ペラペラだし。気を使うことはないよ」

「よかったな!ルシフェルで!」


するとおだてられた魔王が調子に乗り、鼻を高くした。


「そうだぞセイギ。余でよかったな」

「うん、黙れ」


すかさずその鼻を折っておいた。調子に乗らせないからな。


「そういえば、何でセイギって呼ばれるの嫌がってたんだ?俺が初めて会った時、セイギって呼んだらすっごい怒ってただろ?」


陽一がなんとなく訊いてきた事は分かる。でもそれには答えられない。

俺にとって今までセイギと呼ばれるのはタブーだったのだ。何故かと聞かれても答えられない。俺にもセイギと呼ばれるのが嫌な理由が分からないからだ。


「・・・別に。嫌だっただけさ。俺の名前はまさよしなんだからそっちで呼ばれたかったし」

「ふーん。そっか。でもよく許したな」


許した訳じゃない。セイギと呼ばれるのにまだ抵抗があった、でも何故か魔王に呼ばれてからは平気だった。よくわからないけど。


「何でだろうな。多分、踏ん切りがついたっていうか、どうでもよくなったんだよきっと」


まあ、気にすんなよ、と言ってゲームを続行した。

それからまたゲームで盛り上がり、夕飯時になったので二人は帰って行った。

すると入れ替わるように母さんが返ってきた。


「ただいまー。町内会の集まりで遅くなっちゃった。出来合わせでごめんね」

「いいよ。一応お米は炊いておいたから」

「さすが正義!頼りになるわ」


自分でも何故「セイギ」と呼ばれるのを嫌なのか分からない。しかし分からない事も分からない。どうして今まで気にならなかったんだろうか。

昔の事を全く思いだせないのは、きっと俺の記憶力がないからだろう。

今はそう自分に言い聞かせるだけ。何故ならそんな事を考えている暇などないからだ。


「のうセイギ、またさっきのゲームの続きをしようではないか」

「またかよ。お前あれ好きだな」


夕飯を食べながら俺達がそう会話していると、箸を休め母さんが呆然としていた。


「ルシフェル君、今・・・セイギって呼んだわよね?」


魔王はそうだが、と頷いた。母さんは俺を見て少し動揺しているみたいだ。


「そ、そう。正義は何ともないのね?それならいいの」


母さんの様子を不思議に思ったが、深くは考えなかった。



そして、次の日学校に行くと、クラスの全員からいつの間にかセイギと呼ばれていた。

陽一が大声で俺をセイギと呼んだせいだ。あれから皆は俺の事をセイギと言いだした。

さすがに最初は戸惑ったけど、数日後にはすっかり慣れていた。

それと、もちろん陽一はシメておいた。陽一だけな。


しかし、あれだけ嫌だったのに、何ともないとは不思議なものだと、俺は大して受け止めていなかった。


あ、これって、成長したって事か?すごいじゃん俺。


そう思い込み、自分を褒めたのだった。



ちなみに俺が五月病だという事も広まっていた。

誤解を解くのに苦労したけど、これも広めたのが陽一だったので、勿論ストレス解消にもう一度シメておきました。




やっと五話目です。

はたして母さんは何か知っているのか・・・怪しいです。


陽一とは高校一年の時に同じクラスになって仲良くなりました。

陽一はアホの子です。


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