第四話 魔王、学校へ その2
ホームルームが始まる前と言うのは、どの学校どのクラスも賑やかなものだ。しかし今日のうちのクラスはいつもと違った。皆それぞれ固まってコソコソと話しているのだ。俺が教室に入っても誰ひとり気付かず、話すのに夢中だ。
何かあったのか?などと思ったが、聞くのが面倒なので放っておいた。朝から疲れたし。
すると前のドアからムードメーカー的存在の島崎が慌てた様子で入ってきた。
「皆注目!やっぱり転校生が来るらしい!」
俺は島崎の言葉に固まった。え、何で知ってるんだ?というか魔王の事じゃないよな。ないよな?ないよな??俺は内心の動揺を隠せず、そんな俺に気付いた常盤が声を掛けてきた。
「おい、呉羽」
「うはいっ!?」
何か変な返事してしまった。滅茶苦茶恥ずかしいんだが。常盤もすごい引いてるし。
「何だよお前。今変な動きしてたぞ」
「そ、そうか?気の所為だろ。それより転校生って?」
「ん?ああ、島崎が朝な、校長室の前を通ったら、校長と諏訪先生が話しているのを聞いたらしいぜ」
「いつだって?」
「だから朝だよ」
常盤はそう言ってまた皆の輪加わった。
朝?朝とはいつの朝だよ。何時何分何曜日って曜日は関係ない。
俺は今さっきこの教室に来たんだぞ?まさか俺が校長室にいたと島崎は知っているのか?いや、でも島崎は俺に気付いても何も言わない。俺が校長室を去った後に通りかかったのか?しかしここにくるまで二分ともかからない。つまり島崎はその間に校長室の前を通りかかり、目撃したという訳か。俺は出来るかどうか考えた。
・・・うん。島崎なら出来そうだ。
島崎は野球部のレギュラーで、盗塁するのが上手い為『俊足の島崎』や『盗塁王・島崎』と呼ばれているらしい。だから島崎なら出来そうだ。
一人で納得していると鐘がなり、各自それぞれ自分の席に戻っていく。それから暫らくし、諏訪先生がやってきて出席をとる。諏訪先生が出席を取っている間、皆そわそわと落ち着きがなく、先生に何度も注意を受けていた。
どことなく先生の顔がやつれている気がするんだが、気のせいだろうか。気のせいと言う事にしておこう。
出席を取り終わり、諏訪先生は畏まってこう言った。
「皆に転校生を紹介する」
待ってました!と島崎が大声で言った。教室に笑いがどっと沸き起こる。諏訪先生は何故島崎が知っているのか不思議なようだ。
「あー、実は転校生は海外から日本に引っ越してきた外国人だ。まあ、一応日本語は喋れる。時々おかしな所があるがな」
確かにあの喋り方はおかしい。どうして俺は今までそこに気付かなかったんだ?あの喋り方はまるでどこかの王様・・・ああ、そうだ。あいつ魔王だった。
諏訪先生が教室の外にいるであろう魔王に声を掛けた。皆が期待に満ちた目で転校生を待ち望む。そして魔王が教室に入った瞬間、女子が悲鳴を上げ、男子は落胆する。
「始めまして、ルシフェル=クライアンスと申す。よろしく頼む」
申すって・・・お前は武士か?いや、余と言わなかっただけマシか。俺は魔王の自己紹介にハラハラしていた。ヘマしませんように。
「ルシフェル君は呉羽の従兄弟だそうだ」
諏訪先生がそう言った瞬間、クラス中の視線が一斉にこちらに向けられた。俺は誰とも視線を合わせない様にそっぽを向いた。ちょっ!視線が痛い!「何で黙ってた?」という視線が痛い!やめてくれ!
「じゃあルシフェル君の席は、そうだな呉羽の隣が空いているからそこに座ってくれ」
俺は右隣りを見た。確かに俺の隣は空席で、何故ここの席が空席なのかずっと気になっていた。噂ではこのクラスには二十八人目のクラスメイトがいるが、病弱な為学校に来れないので空席だと聞いた。本当かどうかわからないが。
そんな事を考えていたら視線を感じ、気付くと魔王が俺の横に立っていた。
「これからよろしく頼むぞ、マサヨシ」
「あ、ああ」
魔王は大人しく席に着いた。クラスの女子が魔王をチラチラと見ている。まあ、確かにこいつはかなりの美形だもんな。見惚れるのは仕方ない。
それからホームルームが終わり、十分間の休憩が訪れるとクラス中の人間が魔王を囲んだ。恒例の質問攻め・・・転校生に課せられる試練だな。俺はその光景を他人事のように見ていた。しかし他人事と言っていられなくなった。
「ルシフェル君は何処に住んでるの?」
「マサヨシの家だ」
「ルシフェル君は何処から来たの?」
「魔か「アメリカだ!」」
魔王が考えもしないで発言しようとしたので慌ててそれを遮る。魔王に「てめぇ、今何て言おうとした?あ゛あん?」と目で伝えた。伝わっているかどうか分からないが。そんな俺達を皆が怪訝そうに見てきた。
「つーかさ、呉羽は転校生が来る事知ってたんだな」
「水臭い奴だな」
「本当。教えてくれてもいいのに」
クラス中の非難の目が俺に!どう言い訳しようかと思考を巡らせた。
「お、俺だって今日初めて知ったんだよ。こいつが俺と同じ学校に行く事を」
我ながら何と見苦しい言い訳。でも、これは事実。真実ではないが事実であることは確かだ。これで騙されてくれる事を祈る!
「そうなのか?」
「え?でも同じ家に住んでるんでしょ?何で知らない訳?」
痛い所をつかれた。その言い訳は考えてなかった。こいつら意外と賢いぞ。
だーっもう!面倒だ!こうなればヤケクソ!
「いや、こいつは昨日家に来たから。それに聞く暇無かったし」
「でも事前に教えるだろ、普通は」
「話す機会がなかったんだよ」
「え?仲悪いの?」
「そうじゃない」
今度は俺に質問が集中した。どうなっているんだ!何で俺!?ああ、でも下手なに魔王に喋らせてボロを出させないだけマシか。
皆の質問というか、尋問を何とか乗り切り頑張った。魔王が心配そうな顔で見てきたが、今は構っている暇などない。
「ふーん。つまり、ルシフェル君は昨日家に来て直ぐに寝た為、話す事もなく、今日学校に来たと?」
ようやく尋問が終わり、皆が納得のいく答えを導き出した。頑張った俺。良くやった俺。誰か褒めてくれ。
「そっか、ルシフェル君も大変だね。何かあったら私たちに言ってね」
「そうだぞ。強力するからな」
そんな事を話している内に一時間目を告げる予鈴が鳴った。がやがやと皆自分の席に着く。
そこでやっと俺は安堵の溜め息をついた。疲れた。深い溜め息をついた俺を見て、魔王が話しかけてきた。
「のう、マサヨシ。これから何をするのだ?」
「言っただろ?学校は勉強する所。つまりこれから勉強するんだ」
「ほほう。なるほど。これから何の勉強をするんだ?」
「社会だよ。歴史な」
「人間界の歴史か。面白そうだな」
そんなこんなで、魔王をフォローし、一日が過ぎて行った。
そして俺は魔王が実は頭がいい事と知った。何故か日本語も読めるし英語も喋れる。それに、二時間目に体育の授業があったんだが運動神経もいいみたいだ。
後で聞いたのだが、翻訳魔術と体力強化魔術を使っているらしい。そんなの反則だ!とアッパーを食らわせたが、それもやすやすと避けられてしまった。
それから、一日で転校生のルシフェルの存在はあっという間に学校中に広まった。下校する頃には何故か他の学年、他のクラスの奴から声を掛けられた。もちろん従兄弟である俺も捕まり、尋問に遭った。女子の尋問は特に酷く、教えなきゃ殺されると思った程だ。
そして俺と魔王は帰路についた。魔王はニコニコしながら俺の隣を歩いている。
「何がそんなに楽しいんだ?」
「ん?楽しいからだ」
「それは、よーございましたな。俺は朝からクタクタだよ」
お前の所為でというのは心に留めておいた。
「のう、マサヨシ」
「ん?」
「これからよろしく頼むぞ」
魔王は握手を求めてきた。
何故今改まって握手?と思ったが俺は魔王と握手した。
何で握手したって?けじめってヤツかな。
俺はこいつが帰るまで面倒をみる。そのけじめだ。
すると魔王はニッコリと笑ってこう言った。
「よろしく、セイギ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だって?
俺はわなわなと身を震わせた。こいつは今何て言った?俺の聞き間違いじゃなきゃ、セイギと言ったか?言ったよな?言っちゃったよな??
「さっき教科書に載っておった。正義はセイギとも読めるんだな。余はセイギの読み方の方が好きだから、これからはセイギと呼ぶぞ」
「セイギと呼ぶなあああああ!」
そう叫びながら魔王に殴りかかる。こいつは俺の地雷を踏んだ。
俺はセイギという呼ばれ方が好きじゃない。自分でもよく分からないけど、セイギと呼ばれるのは好きではない。というか呼ぶ事を絶対許さない。読んだ奴は秒殺だ!だから魔王も秒殺!
魔王は俺の右ストレートを軽々と避け、俺の名前を呼びながら走り出した。もちろん俺は魔王を追いかける。
「ハッハッハッハー!セイギ、セイギ、セイギ!」
「黙れこのクソ魔王!その口閉じねえと殺す!」
この追い駆けっこは家まで続いた。久しぶりに追い駆けっこなんかした。というか余計に疲れたんだが。でもまあ、おかげでぐっすりと眠れそうだ。
え?魔王?秒殺は出来なかったが、もちろん制裁を食らわせといたさ。
魔王は不平不満を言っていたが知るか。俺をセイギと呼ぶヤツが悪い。
それにしても今日は疲れた。もう寝よう。俺は疲労のあまり、倒れるようにベッドに入った。
布団に入ってから祈った。今後魔王が問題を起こさないようにと。
まあ、この願いは決して叶うことはないんだが。
俺がそれを知るのはずっと後だった。
はい、そうです。無理やり終わらせました。
文章をまとめる力を私に下さい。
何故正義がセイギと呼ばれるのを嫌がるのかは、また今度で。