第三話 魔王、学校へ その1
朝は六時半に起床する。
俺は朝が苦手な為、起きてからしばらく布団の上でぼーっとするからだ。
それでもって頭が覚醒したら制服に着替え一階に降りる。それから朝食をとり、学校に向かう。
いつもと変わらない生活。いつもと変わらない日常。
そこに、
「マサユキ。遅いではないか。いい若い者が朝から怠けるでない。それからおはよう」
魔王が加わった。
魔王を軽くスルーして洗面所で顔を洗う。魔王が文句を言っているようだがそれもスルー。
その時丁度廊下を母さんが通る。
「あ、正義おはよう」
「んー」
「お弁当はテーブルの上に置いてあるから」
「わかった」
リビングに向かい朝食を取る。魔王は既に食べたようで、今はコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。その姿は普通の父親がいる朝の光景を連想させた。そしてこれにツッコミを入れない訳にはいかないと感じ、すかさず魔王にツッコミを入れる。
「親父くさっ!」
「ん?なんか言ったか?」
ツッコミを入れてから俺は魔王の姿にやっと気付いた。魔王はチェックのパジャマを着ている。そっか、服がないのかと一人納得する。
「・・・今日学校から帰ったら服買いに行くか」
「学校とは何だ?」
「勉強しに行く所だけど・・・」
「ほう。そういえば魔界にもそんなのがあったな」
魔界に学校?俺は不思議に思ったが、今は食べる事を優先した。まあ、いつでも聞けるしな。
「そうだ!余も学校に行こう!」
魔王の突然の発言に、俺は飲んでいたお茶を思わず吹きだす所だった。危うく気管に入る所だったぞ。
「い、いきなり何を言い出すんだ!」
「余も学校に行くと言ったのだ」
「ハッ・・・無理だ」
「何故だ!何故否定する!」
「お前が魔王だからだ!」
しばらく魔王と言い合いしていると、騒ぎに気付いた母さんが仲裁に入る。
「朝から喧嘩なんてして、二人とも元気がいいわね」
「こいつが学校に行くなんて言うからだ」
「仕方ないではないか!行きたいのだから!」
魔王と睨み合い、今にも殴りかかりそうな俺達に母さんが再び止めに入る。
「ほら正義!もう学校に行く時間よ!」
「・・・わかった」
釈然としないまま俺は二階に鞄を取りに行く。
「ルシフェル君も!そんなに学校が気になるなら見てきたらどう?」
「でも、マサヨシが・・・」
「あの子はああ見えても面倒見がいいの。貴方が無理やり着いて行ったら仕方なく嫌でも面倒見てくれるわよ」
加奈子はニッコリと笑った。
ルシフェルは苦笑して加奈子にお礼を言った。
そして「加奈子は天然に見えるが、実は確信犯だ」、とルシフェルは思った。
桜の花が散り、青葉の芽がちらほらと見え始めた桜並木。
あまり車の通りが少ないこの桜並木は、俺にとっていつもと変わらない日常の一部だった。
「いい所だな!」
隣にいる魔王がいなければ。
何でこいつはここにいるんだ。無理だって言ったのに!
「・・・来るなって言っただろ?」
「いいではないか。余は人間界を知りたいのだ」
「・・・」
意味深長に聞こえる台詞。
そして口は笑っているのに、目が寂しそうな魔王の横顔を見て、俺は何も言う事が出来なかった。溜め息を吐いて、心を切り替える。
「・・・とりあえず、服をどうにかしなきゃな」
「服?」
「それ親父のスーツなんだよ」
今の魔王の格好は黒いスーツに、緑と白の縞々のネクタイをつけていた。
親父は背が高く足が長い為、スタイルがいい魔王にはピッタリみたいだ。
きっと母さんが着せたのだろう。
「あと、その髪もどうにかしなきゃな。先生に見つかったら何て言われるか・・・」
「駄目なのか?」
「長さがなー。金髪はどうにもならないからな。染めることも出来るけど、お前は外国人で通せそうだし」
俺があれこれ考えていると、不思議そうな顔をした魔王が質問してきた。
「・・・のう、マサヨシ」
「ん?何だ?」
「さっきから聞いておると、余は学校に行ってもいいように聞こえるが・・・」
「・・・そうだと言ったら?」
「!すごい嬉しいぞ!」
子供みたいに喜んだ魔王に俺は呆気に取られた。
何でそんな素直に喜べるんだ?ガキみたいな奴。
「なあ、お前魔法が使えるんだろ?」
「魔法じゃない。魔術だ」
「どっちでもいいよ。魔術でパパッと制服作れないわけ?」
「出来るが?」
「じゃあ、俺と同じ制服を作ってみろよ」
「よし」
魔王は目を閉じて念じ始めた。すると来ていたスーツが一瞬で制服に変わった。思わず感嘆の声を上げた。
「へー。便利だな」
「魔法や魔術と言うのはもともと暮らしを楽にする為に出来たものだ。この位のことは造作ない」
「そうなのか?」
「最近では相手の命を奪う為に使われているがな」
命を奪う。その言葉に俺は納得した。
ゲームでだって魔法は自分の身を護り、仲間を護る為に使っている。
他人の命を奪う為に出来た訳じゃなく、自分の生活を楽にする為に作られた魔法や魔術。
「どうしてそうなったんだろうな」
「・・・そうだな」
しまった!と言ってから後悔した。今の俺の台詞で気まずい雰囲気が流れている。
これはいけないと、話を学校の事に戻す事にした。
「あ、後は髪型だな」
「そうだったな。これじゃ長すぎるんだったな」
魔王が人差し指で円を描くように回すと、一瞬で腰辺りまであった金髪が肩位になった。
「随分とサッパリしたな」
「うむ。余もなんかスッキリした」
「はは、心機一転ってやつか?」
そんな事を話している内に学校に着いてしまった。正門は殆どの生徒が通る為、人目に付きやすい。もし、クラスの奴がいたら説明するのが面倒だし。そうだ裏門から行こう。
俺と魔王はこそこそと人目に付かないよう裏門へ回った。
「のうマサヨシ。この後どうするのだ?」
「俺に考えがある」
まあ、なんとかなるだろ。頭の中でこの後の作戦をもう一度おさらいしておく。
そして作戦を魔王に伝える。魔王は最初こそ渋っていたが、最終的には了承した。
「んじゃあ、校長室に行くぞ」
「こうちょうしつ?」
「学校の一番偉い人・・・?かな」
「うむ、分かった」
見つからないように裏門の方にある職員玄関から学校に入ったが、上履きが無い事に気付いた俺は男子トイレに魔王を待たせた。その内に上履きを取りに行き、直ぐに魔王の所に戻り、魔王に魔術で上履きを作らせる。やっぱり便利だな。
それから先生達に見つからないように校長室に向かった。二、三回ノックをして中の返事を待つ。直ぐに中から入室の許可があり、意を決して中に入った。
校長室はお世辞にも広いと言う訳ではなく、八畳ぐらいの広さで、窓の前に木の机が置かれ校長は椅子に座り、何かを書いていた。机の前には来客と話す用のテーブルと椅子が置いてあり、壁にはガラス戸の本棚が置かれていてた。
校長は白髪交じりで少し痩せているが、優しい人で結構生徒にも人気がある。
「失礼します」
「おや、君は?」
「二年一組の呉羽正義です。校長先生にお話があるのですが・・・」
「ん?何だい?」
俺は魔王を見て目で合図を送る。作戦実行!
魔王が頷き、校長の前に立った。そして校長の目を覗きこむように見据える。校長は金縛りに遭ったように動かなくなり、目の光が失われていく。
「余の名はルシフェル=クライアンス。呉羽正義の従弟であり、本日付けでこの学校に転校してきた」
「そう・・・君はルシフェル=クライアンス君。今日・・・転校して・・・きた」
校長が魔王の台詞を復唱する。
ツッコミを入れたい部分があったが今は我慢した。
魔王は校長が言い終わるとパチンと指を鳴らした。すると校長は夢から覚めたようにハッとして、室内をキョロキョロ見回した。不安そうな顔をしている校長に俺は声を掛けた。
「私は一体何を・・・?」
「校長先生。ルシフェルを連れてきましたよ」
俺は魔王を校長に紹介する。校長は暫らく考えてから、思い出したように魔王の名を呼んだ。
「おお!ルシフェル君か!すまない。どうやら歳の所為で君が来るのを忘れていたようだ。本当にすまない」
校長は申し訳無さそうに魔王の両手を取り、握手をした。魔王も笑顔で答える。俺と魔王は互いに目を合わせ、ニヤリと笑った。作戦成功だな。
「では、ええと、呉羽君。担任の先生を呼んで来てくれないか?」
「・・・わかりました」
俺は魔王に変な事をするなよと目で訴え、二人を残して職員室に向かった。
職員室は殆どの先生がいた。もうすぐホームルームが始まるので皆慌ただしい。
俺は職員室の奥、窓側にいる担任の諏訪先生に声をかけ、魔王の事を話した。
「・・・え?転校生?いたっけ?」
諏訪先生は今年新しく入ってきた新任の先生で、まだ学校の事に慣れていない。魔王の事もまあ、どうにかなるだろうと、そんなに心配はしていない。
「俺の従弟・・・です」
「呉羽の?おかしいな。そんな事聞いてないから・・・」
「もしかしたら言い忘れていたんじゃないですか?」
俺の発言に先生は慌てだし、周りを気にして小声で話し出した。
「こ、こら呉羽。大きな声でそんな事言うんじゃない」
じゃあ小声ならいいのか?と心の中でツッコミを入れた。
俺と諏訪先生は一緒に校長室に向かった。
校長室に入るとのほほんと二人がお茶を飲んでいた。ちゃっかりお茶菓子も用意してある。俺は諏訪先生と呆れてその光景を見ていた。
「お前・・・」
「おお、マサヨシ。遅いではないか」
「校長先生。転校生がいるって、初めて聞きましたが・・・」
「いや、実は忘れておって・・・あはははは・・・」
校長は笑って許してもらおうとしているようだ。諏訪先生は泣きそうな顔で俺たちに救いを求めた。
すまない先生、それには応えられない。というかすいません。魔王のせいでご迷惑をかけて本当にすいません。
そこで時計に目をやると、あと五分でホームルームが始まるという時間になっていた。
「先生、俺教室に行きますけど・・・」
「ああ、わかった。後から行くから・・・」
先生と魔王を残して教室に向かう。
廊下を慌ただしく他の生徒が走り、俺を追い抜いて行く。そんなに急いだらコケるぞ、って、ほらコケた。目の前で躓いた男子生徒に気付かれないようにこっそりと笑う。
ふと、校長室に残してきた魔王が気になった。
ヘマをしないだろうか。馬鹿な事をしないだろうか。
でも、アイツもガキじゃないんだし、なんとかするだろ。それにいざとなったら魔術があるしな。
俺は自分にそう言い聞かせて教室に急いだ。
うわー酷い文章です。