第二話 魔王、居候に
「で?」
「いきなり何だ?」
「本当に家に住むわけ?」
あれから魔王は書庫にあった本に興味を持ったのか、優雅に本を呼んでいる。時折、感嘆の声を上げたり、突然笑いだしたりするので、気になってどうしようもない。
送られてきた本を全て本棚にしまい、魔王に本当に住む気か訊いてみた。
「フッ・・・そうであったな。余がここに住むためには、そなたに力を与えねばならないのだったな」
魔王は本棚に本を戻し、何処からか短剣を出した。短剣の刃の部分が真っ黒で、奇妙に感じた。
「魔術を使えるようになるにはちゃんとした方法があるが、この方が手っ取り早い」
そう言うと魔王は行き成り、短剣で自分の左の手の平を切った。赤い血が滴り落ち、床に赤い点々をつくっていく。
突然のその行為に俺は止める事が出来ず、唖然とする事しか出来なかった。
「さあ、飲め」
「は?」
魔王は切った手を俺に向け、血を飲むように言ってきた。
「の、飲めって・・・絶対嫌だし」
「余の血を飲めば簡単に力が手に入るぞ」
「大丈夫なわけ?血を飲んで死んだりしないよな?」
「心配ない。余の血はその者の血に馴染むようになっておる」
「本当かよ・・・」
信用出来ず、今回は断る事にした。すると魔王は驚いた顔をした。
「いいのか?」
「別に力が欲しくてお前を呼んだ訳じゃない。というかこれは事故だ」
「事故?」
「俺は別にお前を呼びたくて呼んだわけじゃない。その本を見てそこに書かれた文章を読んだらお前が来たんだ」
「・・・」
魔王は短剣で切った方の手の上にもう片方の手をかざした。するとかざした方の手が淡く光り、傷が消え、血も消えた。きっと回復の魔法でも使ったんだろう。
そして今度は何処からか黒い本を出し、真剣な面持ちで俺に黒い本を差し出した。
「そうだな・・・これが読めたのだったな」
「読めたって言うか、気付いたらいつの間にか読んでいたんだよ。ていうか読めなきゃお前を召喚してないだろ」
「・・・そうだな」
魔王は考えるそぶりを見せた。その後、黒い本に右手をかざし、撫でるような仕草をした。すると本の表紙は見る見る内に黒から白へと色が変わっていった。
魔王は本を開き俺に見せた。中のページも白くなり、文字が黒くなっている。
一体何をしたんだ?という顔をしたら魔王は説明をしだした。
「これは魔道書だ。かつて人間が悪魔と契約し、作ったという禁書。今簡単な封印を施した。しかし、魔界で厳重に封印されている筈のこれが何故人間界にある?」
「知るかよ。それは親父が送ってきたんだ。親父に訊いてくれ」
「そなたの父親か。どこにいるのだ?」
「アメリカ」
「ふむ。確か人間界の大国であったな。ちなみに此処は何処なのだ?」
「え、今更・・・?日本だ」
「確か小さい島国であったな。祭りが大好きだという」
祭りが大好きという所は納得した。俺だって祭り大好きだし。
「まあ、それはいいとして。本当に住む気か?」
「そうだと言っておるだろう」
俺は溜め息を吐いた。母さんにどう説明したらいいのだろうか。いきなり、「ごめん。魔王を召喚しちゃったよ」なんて言ったら卒倒し兼ねない。
するとその時、俺を呼ぶ母さんの声が聞こえてきた。階段を降りてきている足音も聞こえる。
まずいと思い、魔王に隠れるように言ったが、この部屋は本棚しかなく隠れる場所なんてない。とりあえず書庫の入り口から見えない一番奥の棚の陰に隠れるよう指示した。
魔王は怪訝な顔をしたが素直に従ってくれた。
そして、丁度魔王が隠れた時に書庫の扉が開く音が聞こえたので、慌てて本棚の陰から顔を出す。
「正義?もう終わった?」
「お、終わった」
母さんは、ニッコリと微笑み、「そう、お疲れ様」と言った。
「正人さんたらまた本を買ったのね」
「増える一方だよ。今度帰ってきたら少し処分して貰おうぜ。そういえば、親父はいつ帰ってくるんだ?」
「確か今は忙しいって言っていたから夏位じゃないかしら」
それまであの本の謎は解けないってわけか。
それを聞いて俺は肩を落とした。
「後3カ月と言う訳だな?」
「そう、後3カ月・・・って、うわっ!」
いつの間にか魔王が俺の背後にいて、会話に加わっていた。
その場に気まずい雰囲気が流れる。
母さんは突然現れた見知らぬ人物に驚いていた。だけど、心なしか少し顔が赤い気がする。
怒ってるからか?それともこいつが美形だからか!?
「正義・・・?この人は誰なの?」
「あ、あの・・・こ、こいつは・・・その」
バレてしまった。いや、いずれは話さなければいけないのだが、心の準備が出来ていない。その為、母さんの質問には直ぐに答える事が出来なかった。
「余は魔王だ。訳あってここにいるマサヨシと契約を結ぶ事になったのだ」
魔王は誇らしげに言った。
勝手に自己紹介を始めた魔王に軽く殺意が湧いた。勝手な事すんなよ!余計説明が面倒になるじゃないか!
「魔王って・・・正義貴方・・・」
母さんは信じられないという表情で、魔王を見てから俺を見た。
というかこんな怪しい奴の言う事を信じないでほしい。俺は母さんの顔を見る事が出来ずに俯くと、母さんがクスッと笑った。ん?笑った?
「流石お父さんの子ね!」
「は?」
母さんはニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
そして俺の阿呆顔に魔王が呆れているのが分かった。ムカついたので、思いっきり肘でわき腹を小突いておいた。
「実はお父さんも魔術師でね!若い時に魔族というのを目の前で召喚して見せてくれた事があったの。あの時の正人さんは格好良かったわ」
母さんの口から次々と暴露されていく親父の秘密。それを俺は呆然と聞いていた。
俺は今まで親父が魔術師だという事を全く知らなかったし、書庫にある本だって親父が趣味で集めているという認識しかなかった。
親父は俺が小さいころから海外に出張や単身赴任で滅多に家にいなかったため、俺は親父の事を全くと言っていいほど知らない。
だから親父の秘密を知る事が出来たので、少しだけ嬉しかった。
「魔王様。名前はなんていうんですか?あ、私は加奈子っていいます」
「余はルシフェルという」
「まあ!素敵な名前ね!」
どこが!?
母さんの相変わらずの天然さに、思わず心の中で突っ込んだ。
「カナコ殿。実は余はマサヨシと互いの願いを叶えるため契約したのだ。マサヨシの願いは力で、余の願いは人間界に住む事なのだが、生憎住む所が無くてな・・・」
「え?誰も力が欲しいなんて言ってな「余がお願いしているのだが、マサヨシが許してくれなくてな」・・・無視ですか・・・」
「そうなんですか?じゃあ家に住むといいわ。ねえ、正義」
「何言ってんだよ母さん!こいつは魔王なんだぞ?またそんな簡単に信用して・・・!」
「でも、正義も迷惑かけているんでしょ?正義だってルシフェル君と契約したんだから、ちゃんと願いをかなえなきゃ」
「まだ契約してないんだけど・・・」
「じゃあルシフェル君。狭い家だけど自分の家だと思ってくつろいでね」
「おお、宜しく頼むぞ母殿」
俺の意見は無視され、勝手に話が進められていく。
ああ、悲しいなぁ、と1人悲しみに暮れていると、魔王が握手を求めるように手を出してきた。俺はその手をじっと見た。
「なんだよこの手は」
「マサヨシもよろしく頼むぞ」
ニコニコと笑う魔王を見て俺は溜め息を吐いた。
そして俺は疑問に思っていた事を聞いてみる事にした。それから決めても遅くない。
「お前はいつか魔界に帰るんだよな」
「余も一応魔王だ。いつまでも魔界に王が不在だと流石にまずい。だからいつかは帰るだろう」
俺はその答えに納得し、じゃあいいか、とルシフェルの手を取り握手した。
「わかった。じゃあ、よろしくな、ルシフェル」
こうして魔王と奇妙な生活が始まった。
少し文を加えましたが、物語には支障がありませんので、読まなくても大丈夫だと思います。