第十話 体育祭 その1
雲ひとつない晴天のもと、体育祭の日を迎えた。
気温も暑過ぎず寒すぎず丁度良くまさに体育祭日和だ。
応援席には既に沢山の椅子が置かれ、他の学年の生徒も座っている。生徒は競技に出ない時は応援席で出場している選手たちを応援するのだ。
クラスの奴に適当に挨拶して空いている三つの椅子の横に座り、視界の端で体育祭実行委員が慌ただしく準備しているのを見ていた。
魔王は応援団の関係でいない。翔太と陽一は陽一が寝坊した為、俺と魔王は翔太に陽一をまかせ先に来たのだ。
午前の部に綱引きを出て、午後の部の最初に応戦合戦。その後に騎馬戦で最後に色別リレー。
・・・緊張してきた。そうか。俺リレーに出るんだったよな。
だ、大丈夫だろうか。
今から緊張していてどうするんだと思っていると背後から声を掛けられた。
「呉羽さん。おはようございます」
振り向くと一条さんが後ろの椅子に座っていた。準備万全らしく赤い鉢巻が頭に巻かれている。
「おはよう一条さん。晴れて良かったね」
「ええ本当に。一生懸命練習して来ましたから助かりました」
そんな他愛のない話をしていると、一条さんが真剣な表情で「あの」と話を切り出しづらそうに視線をさ迷わせた。
「実はお話したい事があるんです。でも、ここでは言えないので・・・」
「分かった。じゃあ、体育館裏でも行く?」
という事で、俺達は人気のない体育館裏へと向かった。
「実は最近悪魔の気配を感じるのです」
「あ、悪魔の気配・・・?ええと、一条さんは悪魔が近くにいるって分かるって事?」
「はい。調べてみた所、どうやらこの学校の生徒に取りついているらしいのです」
「え?マジで?」
「まだ誰とは分からないのですが・・・」
「それで俺達はどうすればいい?」
「え?」
「何か手伝った方がいい?」
「いいえ大丈夫です。ただ知らせておいた方がいいと思っただけなので」
「そっか・・・何かあったら俺達に。いや、ルシフェルに言ってね」
「え・・・?」
一条さんは唖然としていた。俺変な事言ったか?
「彼は魔王ですよ?魔王が同じ魔族を殺せると思いますか?」
生徒が運動場に色ごとに集まって整列し開会式が行われた。プログラム最初の開式の言葉で青色の代表が朝礼台に立つ。
俺はそれを一条さんが言った言葉を思い出しながら聞き流していた。
魔王であるルシフェルが同じ魔族を殺せる筈が無い。
俺は隣にいる魔王に視線を送った。するとその視線に気づいた魔王がどうしたんだ?という表情をしながらこちらを向いた。何でもないと顔を左右に振ると魔王は再び前を向いた。
こいつは、俺や翔太達がもし悪魔に取りつかれそうになったら、助けてくれるのだろうか。もし一条さんが言った事が本当なら、こいつは俺達を・・・
俺はハッとなって馬鹿馬鹿しい考えを振り払った。何を考えているんだ。悪魔に取りつかれる事なんて・・・それに俺が悪魔に取りつかれるだなんて、そんな馬鹿な事が起こる筈がない。
そんな事を考えているといつの間にか開式の言葉が終わっており、校長が朝礼台に立って話していた。
それから校長、教頭の言葉が終わり、選手宣誓が行われた。各色の団長7名が朝礼台の前で集まり、旗を掲げる。そして選手代表で選ばれた赤組団長の戸田さんが声を上げる。
「宣誓!私達は皇天高校の生徒である事を誇りに思い、組で団結し、全力で競技に挑み、正々堂々と戦う事をここに誓います!選手代表、戸田圭吾」
力強い宣誓に皆のやる気が上がる。こうして体育祭が始まった。
プログラム最初の競技は玉転がし。自分の身長と同じくらいの大きさの玉を数人で転がして次のグループに渡し、早くゴールについたチームが勝ちという、小学校の時にやった記憶のある競技だが、まさか高校生になってでもあるとは思わなかった。一人では無く数人でやる為、チームワークが必要だ。ちなみに赤組は三位になった。
それから障害物競走や二人三脚などで赤組は二、三位となる。
借り物競走では赤組女子の選手が応援席にやってきて魔王をかっさらって行った。体育祭実行委員が選手の引いたくじ引きの紙を読み上げる。
「赤組選手が引いたのは『好きな人』!という事でルシフェル君ですね!いいでしょう!」
女子の選手は「キャー!恥ずかしい!皆の前で告白しちゃった!」と言いながら何かの記念か魔王と握手をして嬉しそうにゴールした。それを見て他の女子が嫉妬の目をその少女に送る。
魔王は何が何だか分かっていないらしく後で説明しておいた。だが女子の選手のおかげか赤組は一位となった。
そして綱引き。各色と戦い、勝ち残った俺達赤組は白組と決勝をすることになった。白組は俺達赤組といい感じで競い合っている。実は団長の戸田先輩と白組団長の白木先輩は犬猿の仲らしく、目を合わせれば睨み合っているのを何度も目撃している。
「白組には絶対負けないぞ!」
「赤組なんて負かしてやれ!」
再び睨み合う両者。先生がスターターピストルを構え、俺達は綱を掴み臨戦態勢をとる。
パンッ―とスターターピストルが発砲され、勢いよく縄を引っ張る。縄は中々引っ張れず、白組に引っ張られたら引っ張り返すという動作を繰り返していた。
応援席や他の色から声援が聞こえ、中でも戸田先輩の掛け声がよく聞こえる。それに負けじと白組からも声が上がる。
「皆頑張れ!赤組ファイトぉぉぉぉぉ!」
「白組いくぞぉぉぉぉぉ!」
「団長も張り切っておる!団長の思いに応えなくては!セイギ!余は勝つぞ!」
「は!?ちょっおまっ!」
団長達の熱意に感化された魔王が本気モードになったらしく、縄が後ろに強く引っ張られる。行き成り強く引っ張られた事で体制を崩した俺達は、悲鳴を上げながら後ろに倒れた。だがそれは白組も同じで前に引っ張れこけるように倒れる。
しかしそのおかげで勝敗は決した。俺達白組の勝利だ。
「ははは!見たか白木!綱引きは俺達の勝ちだ!」
「ふん!綱引きはな!だが次は俺達が勝つ!」
そして再び睨み合う両者。あれがライバルという関係か。
応援席に戻ったら陽一が「力出し過ぎ!」と魔王に怒鳴った。魔王はすまなそうに俯いている。一応悪かったと思っているようだ。
綱引きの後はムカデ競走。入場門から各色の選手が運動場に出てくる。赤組の選手の中に一条さんが居る事に気付いた。一条さんはクラスの女子と笑いながら定位置に着く。
ふと彼女が言った言葉が再び頭に浮かんだ。だけどすぐに考えるのをやめようと頭を振る。考えたって仕方が無いのだから。
しかし何でこんなに気になるんだ?魔王が同じ魔族を殺すことが出来ないなんてあたり前じゃないか。
ムカデ競走が始まり選手達のチームプレイに応援席から歓声が上がる。途中で足が合わなくて足踏みを何度もする色や、転んでしまう色もあった。そんな中、やはり赤組と白組は競い合っていた。
「赤組の皆!頑張るのだ!」
「赤組頑張れ!!!!
魔王が身を乗り出して応援している。戸田先輩も応援席の前を通過する選手に声を掛け応援していた。その後ろで副団長の早野先輩が応援席から出るなと戸田先輩に注意している。
そして赤組と白組のアンカーのチームが同時にスタートした。両者共息ピッタリで目が本気だ。他の色のアンカーのチームも赤組と白組に追い付こうと必死だ。
赤組と白組のチームは両者先を譲らずとうとうゴールまで数メートルという所まで来た。ここでラストスパート!と言わんばかりに白組が一気に加速する。赤組は出遅れたが同じく加速する。
そして―――
「ムカデ競走結果は、1位が白組!2位は赤組!3位は青組!4位は・・・」とアナウンスが流れる。
ゴールする瞬間を見て落胆する戸田先輩を白組の白木先輩が笑う。
「おのれ~!」
「はははは!残念だったな戸田!ムカデは俺達の勝利だ!」
戸田先輩は悔しそうに拳を地面ドンドンと叩きつける。それを見た魔王は隣で分かる!分かるぞぉ!と同じく悔しそうだ。
ムカデの後は45分間の昼休み。いつも通り四人で集まって、母さんが作ってくれた弁当を広げる。すると三人組の女子が近づいてきた。その中に先程借り物競走で魔王を好きな人として連れて行った少女がいた。
「あ、あの、ルシフェル君。よかったら私達と一緒にお昼食べない?」
三人の家の一人が遠慮がちに言うと魔王はう~んと唸った。
「折角だが、余は」
「いいじゃん。一緒に食べて来いよ」
俺がそう言うと魔王は驚きの目でこちらを見た。
「たまには女子の相手をしてやれって言ってんだよ」
「だが・・・」
「そうそう。たまにはいいじゃないかな。女子にもサービスは必要だよ」
翔太にそう言われ魔王は黙った。何故か悲しそうな顔をして。しかしそれは一瞬の事ですぐに元の顔に戻り、三人と向き合った。
「すまない。やっぱり一緒に食べれない。余はセイギ達と一緒に食べたいから」
魔王がそう言うと三人は残念そうに去って行った。すると陽一が「あーあ」と溜め息を吐いた。
「これだからイケメンは。だけどいいのか?」
「何がだ?」
「彼女達可哀想だろーが。たまには一緒に食べ上げればいいのにさ。まあそれはそれでムカつくんだけどさ」
「いいではないか。誰と余が食べようと余の勝手だ」
「まあ、そうなんだけどさ・・・。ルシフェルは少し女子に冷たすぎじゃないか?ほら、いつもセイギと一緒にいるだろ?知ってたか?そのせいでセイギは女子に目の敵にされてるんだぜ?」
へぇ~目の敵にね・・・・・・は?
「何で俺が!?」
「え、知らなかったのか・・・?」
「気付いてなかったんだ・・・」
陽一と翔太が俺に追い打ちを掛ける。どうやら二人とも知っていたようだ。気付かなかった。俺嫌われていたんだ・・・。あれ?でも俺らのクラスの女子は普通に接してくれるけど。
そう陽一に伝えると陽一は溜め息を吐いた。
「ルシフェルと同じクラスだから普通に近寄れるし、いつだって話す事もできるだろ?それに比べて他のクラスとか学年じゃ接点なんてあまりないし。だから余計一緒にいるセイギが憎くなるという訳だ」
「そ、そうなのか」
「しかし、何故セイギが目の敵に?何故余では無くセイギなのだ?」
「好きな相手に嫌われる行動をとる人なんていないよ。それにルシフェル君に直接『セイギと一緒にいるな』って言える訳ない」
「うむ・・・」
「いいんだ。いつもとばっちりが来るのは俺だから・・・どうせ俺なんて・・・」
「まぁまぁ、その代わり俺達男子が温かい目で見守ってやるから」
「それって、可哀想な奴って思われているって事か?そんなの嬉しくない!」
「何が何だか分からぬが、すまぬなセイギ」
「分かってないなら謝るな!」
こうして昼休みは過ぎていった。