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魔法少女に変身したくて

 俺は自他ともに認めるカルマレイドのファンではあるが、妄念具《ディザイア》なんてものは聞いたことがない。

 ちなみに、この世界で魔法少女たちが扱う正規の対業魔兵器はアーケインデバイスだ。

 MAHOが開発し、これに適合した少女だけが魔法少女となることができる。

 だからこそ、原作にすら登場しない謎の怪しい武器なんて怖くて使えたものではない。

 アーケインデバイスであれば彼女を救える可能性があったかもしれないが、ディザイア(笑)なんて得体の知れない代物を頼りにできるわけがない。

 俺はその場から速やかに立ち去ろうと足を進める。


『ま、待て待て! どこに行く!?』


 が、そんな俺を見てデウス・エクス・マキナ──長いからマキナでいいか──は慌てたように俺を引き留めてきた。


「俺は早く上で戦ってる人を助けに行かなきゃいけないんだよ」

『なれば、なおのこと我の力が必要であろう! 今なら、なんと汝の望むままの力が手に入るぞ! 汝が助けたいと願う者も簡単に救うことができよう!』

「でもディザイアとか聞いたことないし……アーケインデバイスなら知ってるけど」

『あんなまがい物と一緒にするでない! いいか、ディザイアとははるか昔──』


 マキナが何やら講釈を垂れようとした瞬間、頭上の地上から腹に響くような大爆発と激しい揺れが襲いかかる。

 どうやら、いよいよもって猶予はなさそうだ。


『いいから我を持っていけ! 少なくとも丸腰で戦える相手ではないのだろう⁉』


 それは……確かにその通りだ。

 どれだけのパワーがあるかは分からないが、形状は巨大な剣。少なくとも素手で飛び込むよりはマシなのかもしれない。

 露骨に怪しいが、少しでも戦力が得られるのなら背に腹は代えられない。


「……本当にあいつを──あの天魔を倒せるんだな?」

『フハハ! 天魔とやらが何者かは知らんが、現時点において我が力に勝てる者など存在せん! なに、ただ我の柄を掴むだけで良いのだ。さすれば、すべてが手に入る!』


 正直、胡散臭い詐欺師のような台詞ではあるが、他に縋れるものもない。

 俺は意を決して、舞台中央に刺さる漆黒の柄へと手を伸ばし、力強く握りしめた。

 途端、剣の各所に配置された精密な歯車たちが、ギシギシと重厚な音を立てて回り始める。

 ……これ、ただの飾りじゃなかったんだな。


『フハハハハハハ! 愚かな人間め、我が柄に触れたな! ようやくこの封印から解放され、あのクソ妹どもをぶっとば──ギャアアアアアアなにこれ⁉ お前の精神の中どうなってんの⁉ 侵食! 侵食されちゃう⁉ 我の意識が消え──』


 俺が掴んだ途端、何やら勝ち誇ったように騒ぎ出したかと思えば、突如として悲鳴を上げて沈黙するマキナ。


「おい、大丈夫か?」


 しかし返事がない。ただの剣のようだ。


「いや、返事がないのは困るんだけど⁉ 力はどうなってるんだよ力は! くれないのかよ、くそったれ!」


 思わず悪態をつくも、マキナからの返答はない。

 時間を盛大に無駄にしただけか、と激しい落胆が押し寄せた──その瞬間だった。


 熱い奔流のような衝撃が、脳内を凄まじい勢いで駆け巡る。

 全身に漲る圧倒的な力。そしてその使い方が、教えられずとも本能で理解できる。


 ──今のままの姿では、この絶大な力を完全には行使できない。

 そう肉体が、魂が判断した瞬間、世界を改訂するため──身体が劇的に書き換わっていく。


「……ハッ」


 全身を満たす圧倒的な万能感にほくそ笑みながら、俺は一新された可憐な衣装の裾を翻し、黒き大剣を豪快に一閃させて叫んだ。


「──開幕だ!」


 ◆


『コノ程度カ』

「く……そ……っ!」


 私はボロボロになりながらも、なんとか倒れまいと錫杖型のアーケインデバイスを支えに立ち続ける。

 業魔の発生報告を受けて現場へ急行したのだが、ソイツは普段対峙する業魔とは明らかに勝手が違っていた。

 本来、業魔は知性を持たず、本能の赴くままに暴虐を振るう存在だ。

 だが、目の前に立ちふさがる真っ白な異形は、カタコトながらも人語を操り、あろうことか幼い子供を人質に取るという狡猾な手段を用いてきたのだ。

 人質さえいなければ私ひとりで遅れをとる相手ではないのだが……幼い命が握られているとなれば、話は全く別だった。


「お、お姉ちゃん……っ!」

「大丈夫だ。必ず私が君を助けてみせる。安心するといい」


 異形につかまり、涙で顔を歪める小学生くらいの少年へ向け、私は安心させるように力強い笑みを浮かべてみせる。


『人間ハ愚カダナ。弱者ナド放ッテオケバイイモノヲ』


 私たちのやり取りを観察していた異形は、煽る様子すらなく、心底から理解できないといった様子で首を傾げた。


『ダガ、確カニ効果ハアッタヨウダ』

「……お前の目的は何だ!?」

『罪ヲ見ツケルコト』


 罪──?

 問い返す間もなく、気づけば奴の巨躯は眼前にまで迫っていた。


『ソノ為ニハ、オ前ハ邪魔ダ』

「ちぃっ!」


 振り下ろされる鋭利な爪を必死で弾き返し、捕らわれている少年へ手を伸ばすが、あと一歩届かない。

 先ほどからずっとこの繰り返しだ。

 今はまだ少年も無事だが、奴の荒い動きにいつまでも耐えられるはずがない。実際、少年の呼吸は浅くなり、意識が朦朧とし始めていた。


『余程、コレガ気ニナルノカ。ジャア、ヤルヨ』


 拉致があかないと判断したのか、奴は不意に少年を上空へと投げ捨てた。


「うわああああああ⁉」

「少年!」


 目の前の敵と空中の少年。一瞬の葛藤の後、私は迷わず少年の方へと身体を弾ませた。

 高く跳躍し、放り出された小さな身体をしっかりと抱きとめる。


「もう大丈夫だ、少年!」

「こ、こわか……怖かったぁぁ……!」


 助かったことを理解したのか、少年は私の胸の中で盛大に泣きじゃくる。


『感動的ダナ。ジャア、ソノママ死ネ』


 背後から迫る殺意。当然、敵がこの最大の隙を見逃すはずもない。

 肉を裂く鋭利な爪が、私と少年を纏めて貫こうと急速に接近してくる。

 ──だが、私もただで殺されるつもりはない!

 私は少年に即座に強力な魔法障壁を覆わせた。これならば、大抵の衝撃からは守り切れるはずだ。

 そう──《《私の自爆に巻き込まれたとしても》》、この子だけは無事でいられる。


 奴の爪が私の胸を貫いたその瞬間、全魔力を暴走させて相打ちに持ち込んでやる。

 人語を話し、人質を取るような危険すぎる存在を、ここで野放しにするわけにはいかないのだから。


「──つまらない脚本だねぇ」


 死を覚悟したまさにその瞬間、場違いなほど軽やかな少女の声が響き渡った。


『ガァ⁉』

「な⁉」


 一体いつからそこに居たのだろうか。

 気づけば、私と異形のわずかな隙間に、ひとりの少女がふわりと浮遊していた。


 頭にはシックなシルクハット。衣装のあちこちに歯車や舞台装飾を思わせる意匠が散りばめられた、どこか演劇的なドレス。

 目元にはミステリアスなヴェネチアンマスクが飾られている。

 風にそよぐ美しい銀髪と、仮面の奥で煌々と輝く妖艶な赤眼が印象的だった。


「ダメダメダメ、まるでなってないよ。魔法少女はね、誰にも邪魔されず、自由で……そう、何より救われてなきゃあダメなんだ。平和で笑顔に、豊かで……そんな素敵な脚本を汚す愚か者はどっちだい? ……あぁ、君の方だねぇ」


 突如現れた謎の少女は、私と異形を順番に見比べると、異形へ向けてゾッとするほど冷徹な笑みを深めた。


『……ッ!』


 彼女の纏う気配に異質な危険を感じ取ったのか、異形は瞬時に彼女へ襲いかかる。

 だが──少女の前に巨大な歯車をモチーフとした魔法陣が展開され、一撃を易々と受け止めた。


「君はこの演目にふさわしくない。速やかにご退場願おうか。──この世から永遠にごきげんよう」


 彼女が優雅に、かつ慇懃無礼に頭を下げた瞬間。

 異形は絶叫をあげる隙すら与えられず、彼女の振り下ろした巨大な漆黒の大剣によって一刀両断され、灰となって霧散した。


 人質がいたとはいえ、私を追い詰めた怪物を一撃で壊滅させた圧倒的な存在。

 ゴクリと生唾を飲み込む。

 敵ではない……と信じたいが、彼女の持つ異質な存在感が私の警戒レベルを限界まで引き上げていた。


「救ってくれたことには礼を言う……。だが、君は一体何者なんだ……⁉」

「……」


 私が鋭い声を投げかけると、少女はクルリと可憐に姿を翻し、先ほどの冷酷な笑みとは打って変わって、どこか柔和な笑みを浮かべた。


「初めまして、だねぇ。ぐんに──軍荼利焔華くん」


 今、噛んだか……?


「私は粗末な悲劇を書き換える……そうだな、改訂者《リライター》……とでも呼んでくれたまえ」


 彼女は風でドレスを揺らしながら、誇らしげにそう名乗るのだった。


【TIPS】

 2人のお姉さんに挟まれた名もなき少年の性癖はねじ切れた

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