2話 帝都で女子高生が休める場所ってどこ?
スタートダッシュ、2話目です。
追い詰められた陽菜の前に「あの場所」が姿を現します。
本日はこの後、第3話、第3.5話まで一挙に公開予定です!
はい、回想おわり。
ちょっと現実を認めたくなくて、色々歩き回った。ひょっとして出口間違えて映画撮影現場に出てきちゃったんじゃないかってね。でも東京駅まできちゃったけど、どこまで行ってもこの現実は変わらなかった。
どこまでもつづく圧倒的ノスタルジー。
先ほどの将門塚のあたりとは違い、東京駅丸ノ内側の光景はザ・モダンという感じだ。
広くアスファルトで舗装された道の両脇に綺麗なビルがゆったりと立ち並ぶ。ビルの窓からは電球独特の、暖かい光が漏れ出ている。
耳に入るのはガラガラガラという車輪の音やパカパカという蹄の音。その中を、聞きなれた物より少しうるさいエンジン音が混じって届く。
空が、暗い。
眩しい21世紀の東京にはない星空が見え、それが逆に世界の暗さを際立てている。
今、私は、1928年の東京にいる。それを認めなくちゃいけない。
あ、ちなみに、私が逃げ出してきた、地下鉄の出口ね。あれは私が混乱してうろうろしている間にいつの間にか消えてた。まあ、あんな目に遭って文字通り命からがら逃げ出した場所に戻りたくはないけどね。
でもあそこは、間違いなく、私が生きてきた現代東京の唯一の名残だった。私が現代に帰ろうと思ったら多分絶対必要な場所。それが消えた。
ほんと、どうするよ。これ。
そんな風に思っていると、道を行く男がちらりとこちらを見てきた。
慌ててかぶっている帽子を目元に引き寄せる。
今日の私は、ハンチング帽にネルのワークシャツ、ワークパンツというちょっと古風に見えなくもない出で立ちだ。オカルト系の配信では廃墟などに行くことも多いため、動きやすく、安くて丈夫だからと選んだ格好だったが、それが思わぬところで役に立った。
ちなみに髪の毛は帽子の下に隠れている。
現代ですら、深夜の街を女一人で歩くのは危険なのだ。100年前の東京なんて危険は現代の比ではないだろう。
見れば私と同じような格好の男たちは何人か見かけるし、これならこの時代でもそこまで浮かないはずだ。……そう信じたい。
そう思うのにさっきから道ゆく人が時折こちらをチラ見してくる。
……人目のないところに行きたいな。
これからどうするにせよ、一度周りの目を気にしなくていい場所で落ち着いて考えたい。
それを考えるとこの丸ノ内側は少し人も建物も立派過ぎる。いるのは洋装姿や軍服ばかり。そんな中私がいるのは明らかに浮いている。
ちょっと、東京駅の反対側、八重洲の方に行ってみるか。現代の東京駅を考えても、あっちの方が私一人くらいなら紛れ込める空間がありそうだ。
どうやって行けばいいんだろうと見まわしてみると、人波の一部が駅の北側に向かってぞろぞろ伸びている。私はうつむいて顔を隠しながらその人波に加わった。とぼとぼと歩いていくと、ガーと頭上から列車が通る音が聞こえてくる。どうやらガード下を通るルートがあるみたいだ。
線路を超えてみると、先ほどまでの整然としたモダン都市という様相からガラッと変わり、雑然とした街並みが横たわっていた。
基本ベースは木造住宅で、こじんまりした宿だとか料亭っぽいものが並んでいる。行きかう人も雑多で、色々な恰好の男たちがひしめいて、怒号や嬌声が飛び交っている。電灯はやっぱりむき出しの電球でまばらではあるが一応はあるようだ。
よし。これだけ人がいるなら私ひとり入り込んでも問題ないよね。そう思って、そっと路地裏に足を踏み入れる。
途端に私は顔を顰めた。
土の匂いと、強い刺激臭が鼻を襲う。
土だとか廃材みたいなものがそこらに積み重ねられており、その周りにバラックのようなものが点在している。その中から仄暗い視線を向けられて私は思わず立ち止まった。
表通りの明るい繁華街の雰囲気からガラッと変わり、剥き出しの闇がそこには横たわっていた。
ダメだ。
ここで落ち着けるわけがない。すぐに回れ右をしたところで、路地裏の奥から声をかけられた。
「なあ、あんた。そんな格好してるが女だろ」
その言葉に息が止まる。
慌てて振り返るとそこには着物姿に中折れ帽子の男がニタニタと汚い歯を剥き出して笑顔を作っている。
「見た感じ都に憧れて家を飛び出してきたってとこか。どうしたんだい。ぼうっとして。さては頼る先がないんだろう?」
そう言いながら男の視線が私の身体を上から下まで舐め回す。ゾワゾワっと背筋に鳥肌が走った。
「どうだい、俺がちょいと口きいて――」
「結構です!」
私は脇目も振らず駆け出した。あの目を私は知っている。私を人とは考えていない目、ただこっちを値踏みするいやらしい目だ。こんなわけわからない状況で、あんな奴に捕まったらジ・エンド確定だ。即断即行動。迷いなく逃げるに限る。
幸い相手は追ってこなかったようだ。それを確認したらどっと疲れが出てきた。
もういい。人目があってもいいから少し休もう。私は座り込む場所として適当な料亭と思しき建物の軒先を選んだ。そこには私のように行く宛のない顔をした男たちが幾人かたむろしていていたり、露店を開いたりしている。その露店商から少し間を開けた場所で私は腰を下ろした。
あー。ほんと最悪だ。
駅から出たら昭和初期?何だそのバカな設定。
いや、確かにあるよ。電車に乗ってたら異世界に紛れ込んだ系の都市伝説。それこそきさらぎ駅とかさ。
でも、あれ、駅とかその周りだけでしょ?世界丸ごと過去の世界ってどういうことやねん!
ん?きさらぎ駅?
そこでふと思い出した。あれは確か異世界に紛れ込んだあとネットの掲示板で助けを求めるというくだりがあったはずだ。
もちろん、あの話と違い、私の身に起こった事態はタイムスリップみたいなものだ。異世界はともかく1928年の東京でネットにつながるわけはないが、それでも溺れた私は藁でも掴む。確認の意味も込めて私は帆布製のリュックで手元を隠しながらスマホを開いてみた。
「――あれ?電波きてるじゃん」
目が点になる。だって1928年だよ?電波どころか電線だって家庭に引かれてるところは少ないだろうに。なのに5G?何で繋がるの、これ。
でも繋がってる。しっかりと。
というか、SNSアプリのNINEとかやたら連絡がきてる。電話すら何回かきていたみたいだ。見たら全部バイト先の店長からだ。
「あー、店長めっちゃ怒ってるよ…。確かに無断遅刻だもんね。いやそれどころじゃないんだって」
意味がわからないながら思わず笑いが浮かんだ。まさかあの店長のネチネチしたNINEを見て気持ちが落ち着く日が来るとは思わなかった。
どういうことかはわからないが、このスマホは現代の東京とリアルタイムで繋がっているらしい。いやリアルタイムって何さって感じだけどね。
念のためネットをチェック。今日の動画がどうなっているか確認する。ちなみに、ライブ後も録画中だったカメラについては、うろうろしているときに一旦止めている。だが、その後、動画がどうなったかは確認していなかった。
見ると、最新動画はちゃんとアップされていた。
「おおおお!すごい!なんかめっちゃバズってる!」
こんな状況なのに思わず食いついてしまった。アップしてそんなに経ってないのにすでにもう再生数が1万を超えてる。まあ、動画の最後のほう、だいぶあり得ないものが映ってたからね。それに食いついてくれたのかもしれない。
反応をすぐにでも確認したいが、今は流石にそれどころじゃない。画面を開いていたら絶対見ちゃうので、一旦アプリを閉じる。
あとは何だろう?例えばGPSとかどうなってんのかね?
そう考えてマップアプリを開く。すると現代の東京駅の地図が出てきて、ちゃんと現在位置がピコピコしている。
「…いや、ほんとさ。どういうことなの?」
アプリのマップだけ見れば、私は今2028年の東京駅付近にいることになるよ?てか、実はバイト先の近くじゃん。
顔を上げて場所を確認。地図があっているなら、目線の先にはコンビニがなければいけない。でもそんなの全く存在しない。代わりに建っているのは、明らかに昔の建物という感じの木造住宅だ。
なんとなくの結論。私の持っているスマホは現代を生きている。
それを持っている私は1928年にスリップしている。そういうこと?
……そんなややこしい設定いらないんだよ!というか、スマホのくせに、持ち主差し置いて未来を生きてるんじゃないよ!私と代わってよ!
脳内でそんな馬鹿なことを考えていると不意にカッカッという威嚇するような靴音が鳴り
「そこの君。そんなところで手元を隠して何をしている」
明らかに敵対的な声色の詰問が聞こえてきた。
見上げると、濃紺の軍服風の恰好をした男が私を見下ろしている。腰には刀みたいなものをぶら下げていて、かぶっている帽子には桜の紋章っぽいものが見える。
やべ。嘘でしょ。警察官の登場だよ。
「あ、いえ!ちょっと休んでいただけでして!ここで何かするつもりはなくて、もうすぐどっか行きますから!」
私は飛び上がると慌ててスマホをリュックに放り込み一歩下がる。
「……待て。その声、貴様まさか女か?婦女子がこんな時間、そんな恰好で何をしている?」
一気に相手の目線が厳しくなる。
え、なに?警察さんにそんな目で咎められることなのそれ?
「ちょっと署にこい。詳しい話を聞く」
待って待って待って。
怪しい人に声かけられるのはあり得ると思ったけど、この展開は予想してなかったよ。え?補導みたいなもの?いや、確かに私はこの前18になったばっかだし、これでも通信制の高校通ってるから女子高生ともいえるんだけどね。
もちろんそんなことは言わない。とにかく誤魔化さないといけないんだ。
「あ、あの、私とくに学校に通っているとかそういうことではなくてですね。仕事を求めてと言いますか」
「それがどうした?真っ当な女が男の格好してこんな場所をこんな深夜にぶらついている訳がないだろう。おまけに先ほど隠した妙な機械についても気になる」
うげー!!補導どころじゃなかった。
下手すりゃスパイ扱いだよこれ!!
そんな折、ほんとに間が悪く、カバンに放り込んだスマホが鳴り出す。うっそ!慌てて操作してたらマナーモード解除されてた?!
というか、やめて!店長!こんな時しつこく電話してこないで!
もう相手は国家の敵を見る目でこっちを睨んでくる。
「…手荒な真似をされたくなかったら、おとなしくついてこい」
私は瞬時に理解する。おとなしくついていったとき、私は終わる。
私は即座に駆け出した。
「待て!!!」
後ろから聞こえる声は、今度はしっかりと追ってきた。
やばいやばいやばい!!
なんでタイムスリップでいきなり警察に追われることになるの?!ただでさえ意味が分からないのに勘弁してよ!
ちなみに荷物のスマホはしつこくなりっぱなしだ。ほんとやめてください。さぼりじゃないんだよ!私はむしろ今めちゃくちゃバイトに行きたいよ!
そんな気持ちで2028年にコンビニがあったはずの場所をにらみつける。
すると。またまたあり得ないことが起こった。
急にポン!とバイト先のコンビニが現れた。そこにある木造住宅に重なるように。
「なんぞそれー!!?」
思わず叫んでしまった。
だが今は、何が起こっているかもその理由もどうでもいい。誰でもいいから助けてほしい。あの中ならきっと今まさに電話をかけている店長がいるはずだ。どうせ運動音痴の私が警官に捕まるのは時間の問題だ。とにかくあそこに逃げ込もう。
「な!何事だこれは?!」」
思ったより背後から聞こえてきた声を無視して私はコンビニのドアに飛び込んだ。
「店長!助けて!」
しかし。
私の期待は綺麗に裏切られた。
コンビニの中には誰もいなかったのだ。
「え?え?どういうこと?ここバイト先のコンビニじゃないの?」
慌てて周りを見回す。見慣れた張り紙、手書きのメモ、どれも間違いなくここが私のバイト先であることを示している。
しかし、本当に誰もいない。今まさに電話をかけているはずの店長すらいない。
そして暗い。
まるで先ほどの駅の地下街のようだ。電気が通じていない。
これじゃ誰も助けてくれないじゃん!
そう思って振り返ると、なぜか、先ほどの警官はドアの前でただきょろきょろと周りを見回しているだけで、ドアを開けて店内に入ってはこない。
「ん??コンビニの存在を怪しんでるの?」
そう思ってとりあえず棚の陰に隠れてみるが、特に怪しいものをまじまじと見ているって感じじゃないっぽい。あるはずのものを探しているという感じだ。まるで、私が消えてしまったみたいに。
私は恐る恐るガラスでできたドアの前に立ってみる。
警官は私の方に目を向けることはない。ずっときょろきょろしている。
「……私が見えてない」
そう思うと急に足が藁のように力を失った。私はその場にへたり込む。
……まだスマホ鳴ってるね。なんかもう、この状況じゃありがたいかも。
あの電話の先は、私の知っている世界がある。こんな、意味不明で、訳の分からない世界じゃない。
私はリュックからスマホを取り出して答えた。
「……はい。朝霧です」
「おい!朝霧君!君が無断欠勤なんてどういうわけなんだ!今までこんな事一度もなかったじゃないか!僕がそういうの絶対許さないの知ってるだろ!どういうつもりだ!」
店長の声が聞こえてくる。本当に普通の、いつもの怒鳴り声だ。
なんだか涙が出てきた。
「店長…。今、どこにいますか?」
「は?何馬鹿なこと言ってるんだ!店に決まってるだろ!君が来ないせいで、今僕一人なんだぞ?!」
私はカウンターの方を見やる。きっとそこには、今この瞬間、店長が立っているはずなんだ。
でもいない。
ここには、私しかいない。
だめだ。涙が止まらない。下手したら声を出して泣きわめきたくなる。
「…ん?ちょっと、本当にどうした?ま、まさか、泣いてるのか?朝霧君、良いから状況を説明してくれ!」
「…居るんです」
「は?」
「私も居るんです。コンビニに来てるんです」
「何を言い出すんだ、そんなわけないじゃないか。今、店内は僕だけだぞ?」
「でもいるんです!本当に!そこに店長がいるはずなんです!でもいない!いない!こんなひどいところにいるのは、本当に、私だけなんです!!」
私の心が限界を迎えた。
決壊する。
「なんでなの?!こんなはずじゃなかったじゃない!?いつものとおり配信終わってバイトに行って!ずっとずっと頑張って来たのに!!なんでこんなことになっちゃうの!私にどうしろっていうの!!」
誰にでもなく叫ぶ。
答えられる人なんて、多分いないのに。
「わ、わかった。とにかく君は大変な状態なんだな。悪かったよ。じゃ、じゃあ、今日は欠勤ということでいいよ。落ち着いたら連絡してくれ」
店長が電話を切ろうとする。
「まって!切らないで!このまま話をさせてよ!」
私をひとりにしないで。
そう叫びたかった。だが遅かった。無情な電子音がスマホから聞こえてくる。
「ああああああああああ!」
私はただ叫ぶしかなかった。
100年前の東京は、今とは似て非なる異世界でしょうね。
続く第3話。異世界の中の異物、コンビニの中からスタートです。
頼みの綱はスマホだけ。バッテリーにだけは気を付けて。
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