学部同期と私
とりあえず今週は『社会貢献ポテンシャル』を溜めろと、すなわちダラダラして生きろと長代先輩が言うので、翌日は恐ろしいくらい怠惰に過ごした。土日もバイト以外は寝て過ごそうと思っていたら、先輩から連絡が来た。
『エネルギー放出について。まずは授業と真剣に向き合うことから始めましょうか』
そんな内容のメッセージ。私が真剣になるだけで何か変わるものかなあと思いつつ、日曜日は早めに寝た。
月曜日は2限から5限まで全て埋まっている。私は死にものぐるいで10時半開始の2限に出席し、高校生以来となる本気のノートテイクをした。途中、隣の子にノートを見せるようお願いされて見せたらお礼にチョコをもらった。嬉しい。
なんだかノッてきたので、3限は授業後に教授へ気になったところを質問してみた。反応は思ったより柔らかくて、人間は意外と優しいものなのだと思った。質問終わり、いつも最前席で授業を受ける意識高めの子に「理上さん、今度、よかったら勉強会……」みたいな誘い文句を受けた。
4限からは2コマ連続でワークショップのような授業がある。課題が与えられて、それについて授業ごとに決められたグループで議論して、最後に一部のグループが発表する。
そこで予想外のチャンスが訪れた。
「よろしくー」
私の前に座った、メイクの濃い彼女が挨拶をする。隣の子がスマホをイジりながら「適当すぎ」とツッコんだ。
彼女らは、いつも梨琉と一緒にドイツ語の教室に来て、梨琉と喋っている2人。私から言わせれば囲いのようなもの、その代表的な2人だった。確かメイクの濃い方がミクでスマホをイジっている方がカナって名前だった気がする。
そうして、私の所属するグループは彼女ら2人、それといつも酒の話ばかりしている背の高い男子が1人、授業中スマートフォンでゲームをやっているよくわからない男子が1人。
順にミクとカナと酒呑みとソシャゲ君。中々に激しいメンツだ。
もちろん誰とも喋ったことはない。雑談する訳じゃなくて課題についてディスカッションするだけだから人間性は関係ないのだが、闇鍋のような組み合わせに私は一瞬怯んだ。……諦めるな私。今は『社会貢献ポテンシャル』放出期間なのだ。梨琉の周辺にいる子と会話できるのは、むしろ最高の機会と言ってよい。極論ここにいる男女を組み合わせれば女2人は自然と梨琉から離れていくのでは、なんて邪悪なことまで閃いた。
今日の議題は『製薬業界でのDX活用方法』。そりゃあそういうのが世間で流行ってるのは知ってるけど、企業のこともニュースのことも知らない私は意見を述べかねた。それでも私はエネルギーを放出して学部に熱を与えなければいけないから、とりあえず積極的に発言する。
「何から調べる?」
「まずは前例を見ましょう。それをちょっと変えて喋ればいいんじゃないですか」
ソシャゲ君が返事をしてくれた。「そうしよっか」と私は返す。ミクとカナが「パソコン忘れたぁ」と嘆くので、3人で私のパソコンを使って調べることにした。ソシャゲ君と酒呑みは各々作業する。「二日酔いで画面みるの辛え」と酒呑みが言った。
「紗葵さ、梨琉と仲いいの?」
2人に画面を見られながら検索ワードに困っていると、ミクがぽろりと呟いた。それが自己紹介の流れみたいに。
「向こうが優しくしてくれるから、火曜4限のときだけは喋る……って感じかな?」
少なくとも彼女らよりは梨琉歴が長くないので、私は素直にそう答える。
「誰とでも喋るもんねーあの子」
「アオと付き合ってんだっけ?」
「え、ハルじゃないの?」
「二股とか」
「くさ〜、笑える」
2人の会話が耳から入り込んできて、私の頭は一切働かなくなる。ただでさえ見慣れない活字の山を視覚しているのに。名前のあがった男子の顔がぼんやりと浮かんだので限界だった。
「梨琉、彼氏いるの?」
頭が働かない状態から逃れたくて、私はあくまで義務として聞いた。性別問わず一般の20代ならこれくらいの話題は興味あって当然と言わんばかりの素振りをして聞いた。それを聞いて私自身が何かを得るわけでもなく、ただ活力を持って生きるならばこれくらいのトークは2人と交わせて当然と言わんばかりの根拠を胸に抱いて聞いた。
「んー、まあ、予想だけど」
「『私彼氏いないよっ! そういうの苦手だし〜』」
「ちょ、似すぎ」
2人は楽しそうにはしゃいだ。どうやら梨琉の物真似らしい。全く似ていないので、何が面白いのか分からなかった。
「2人はなんか出た?」
先鋭的なアイデアを出さなければならない、というプレッシャーにとらわれて私は行き詰まってしまう。ミクとカナからも意見が出ないので私は男子2人に聞く。
はじめにソシャゲ君が半笑いで答えた。
「異なる部署間で人材の交換をするマッチングアプリとか見つかりましたけど、……どうします? これパクリます?」
次に酒呑みが答える。
「俺は遠隔で手術するロボットみたいなの動画ずっと見てたわー、これすげえよ」
あたしも見たい、とカナは酒呑みに顔を近づけて横からパソコンの画面を覗き込んだ。ミクは「他のグループの進捗見てくる!」とどこかへ言った。
「女子の2人は、真面目にするつもりあるんですかね?」
「ま、まあまだ時間に余裕はあるから……」
「間に合わせたいとかじゃなくて、ダラダラ見てるのが嫌なんだよ僕は。もっと大人になってほしいな」
ソシャゲ君は2人に直接じゃなくて私にそう愚痴った。私は苦笑いするので限界である。
しばらくするとカナもミクの方へとことこ歩いていった。ミクを見ると他グループの男子と喋っているだけであった。
「なあなあ、理上」
3人だけになったグループの机で酒呑みが私に声をかける。
「2人ってさ、甘城のいないところではいつもあんな感じなのか?」
「さあ」
ミクともカナとも今日初めて喋ったので分かんない。
「あんまり、気分良くないよな。裏であーやって茶化す感じ」
私は酒呑みに同意であった。ヘラヘラしているタイプの人間かと思っていたけど根っこは真面目らしい。
「ここはバシッと一発言ってやろうぜ! お前らつまらんぞ、……と」
「酒井が言いなよ」
酒井、が酒呑みの名前。名は体を表すなあと思いつつ、まあ酒井に関しては苗字だけど、いやしかし苗字は親から受け継いでいるものだからその方が遺伝学的にも傾向を示しやすいんじゃないかとか、そんな長代先輩みたいなことを考えていると酒井が言った。
「言ってやりたい……、というかやんわり指摘したことあったんだがな。一緒に飲んだことがあって、その時に。上手くかわされるだけで全然効かなかった……。いろんな人から言われた方があいつらも考え直すかもしらねーだろ?」
「私が言って刺さるかなあ」
「同性の方が言うこと聞くんじゃないか?」
「いやあ逆でしょ。男の子が言ってあげたほうがいいと思うけど」
「じゃあ機戸、お前の出番だ」
酒井はソシャゲ君––––もとい機戸に言った。
「なんで突然僕!? 仲良くやれてそうな理上さんが言ったほうがいいですって」
「変に反感買って私がターゲットにされたら嫌じゃん」
「女子ってそんなに怖いんですか?」
「別にそこまででもないけどね?」
そうするうちにミクとカナが戻ってくる。戻ってくるなり男子2人は子犬みたいに縮こまって喋らなくなった。
その日のワークショップは、結局酒井の見つけた大手企業のアイデアをミクとカナが気に入って、それを簡易化したものを私とスマホ君でスライドにまとめた。当てられなかったので特にそれ以上の仕事はない。得られたものがあるとしたら、ミクとカナの連絡先をもらったくらい。
当てられた3グループが発表する間、私はなんとなく違うグループにいる梨琉の方に視線を向けてみた。拍手を送る梨琉の笑顔は、遠くから見てもお姫様みたいで素敵だなあと思う。




