社会貢献ポテンシャル
上の線からさらなる上方へ矢印が伸ばされる。
そこに長代先輩は3本目の横線を引く。今度は「卒業」、と書いた。
「たとえば、義務教育っていうのは、社会貢献ポテンシャルを溜めている状態。電池を充電したり、ジェットコースターが上に昇っていくように、エネルギーが溜まってるの。人間は、税金で教育を受けて、両親の愛で育てられながら、これから社会へ貢献するためのエネルギーを溜めている状態ね」
言った後、長代先輩は3本あるうちの1番上(「卒業」の線)から1番下の線(「死」の線)へと一気に矢印を書いた。
「それから、あたしたちは社会へ、溜めたエネルギーを放出していく。労働したり、他人を愛したり、国を支える人間や研究者だってそう。別に職業じゃなくても、人間関係の中で自分の良さを発揮しながら、世界を、宇宙を、少しずつ活性化させていくの。そうして、持っていた分の社会貢献が全て終わった時––––充電の切れた電池と同様に––––死を迎えるの」
もちろん、ほんとはこんなに単純じゃなくて、学生時代だって社会に貢献することはあるし、卒業後も学ぶことはあるけれど、と言ってから、長代先輩は「卒業」の線の横へ赤色で「死」の線を書き加えた。
「じゃあ、溜めた社会貢献エネルギーを全て放出することのないまま『死』を向かえてしまったら、人間はどうなるのかしら。––––これが、チートスキルを与えられる人間を選ぶギミックだと思うの」
エネルギーを放出しないまま、つまり、高い『社会貢献ポテンシャル』を維持したまま、魂が遊離してしまう状態。たしかに、新品の洋服や機械をすぐ捨ててしまったようで、もったいない気がする。
「だって、もし転生するなら、ほんとうは長いこと生きた人間の方が良いと思わない? その方が社会や人間をよく知っているし、異世界に革命を起こし得そうな感覚がする。でも実際に選ばれるのはそういった人間じゃないの。不慮の事故で命を失った若い人間だったり、よく伝承で聞くのは、転生前ニートだったとか、後は能力こそあれど社会に認められなかった人ら、とかね。その人らは高い『社会貢献ポテンシャル』を有している。だからエネルギーを全てスキルという形で高濃度に変換できる。結果的に、『現世ではイマイチだったけど異世界で無双』という図式になる」
彼だって、亡くなる前は社会を知らない平凡な男子中学生だったはずよ、と長代先輩はモニターを見た。
「ちなみにね、あたしはこの高い『社会貢献ポテンシャル』がプラズマ化したものが幽霊だと思ってるの。ホラー映画でもよくほら、幽霊って納得行かない死を遂げている場合が多いじゃない? きっと女神様はそんな高エネルギーの幽霊に目をつけて、異世界へのリクルートビジネスを開拓したのだわ」
たいそう嬉しそうな顔で先輩はいう。興奮していたのか身体が左右に僅かながら揺れていた。
「どう思う? 理上さん」
「まあ、そうですね」
彼女の仮説へ特に強く反論するつもりはない。ただ。
「それと私が急激な成長しなかったこと、”選ばれなかったこと”の関連っていうのは」
「もう、言わせないでよ」
長代先輩はコーヒーを飲み干してから言った。
「あなたには『社会貢献ポテンシャル』が足りてなかったってこと。きっとあたしの知らないところで頑張ってたのでしょうね。……大学合格で親を喜ばせたとか?」
「……」
褒められたのか微妙にわからないラインの言葉を私が浴びせられた後、長代先輩は電気ケトルに水を入れはじめた。講義室に水道はないからコンビニで買った2Lの水を注いでいる。この人は1日に何杯コーヒー飲んでるんだ。
「それで、その話をどうして今日に?」
「あーそうそう、それを伝えなくちゃいけないわね」
ケトルのスイッチを入れて、私の前に長代先輩が座る。綺麗な人と近い距離で話しているのに、彼女だと変な緊張感がない。長代先輩越しに見るホワイトボードにはまだ乱雑だけど綺麗な図と文字が残っていて、モニターはマルトくんが立ち去った後の城下町が映し出されていた。
「あなたにも、そろそろ『社会貢献ポテンシャル』が溜まり始めた時期なんじゃないかと思って」
「はあ」
直感で、また前回のように実験されると思った。というより長代先輩の目がそう語っていた。
「前回はまだ入学直後で、それも連休があって人生充実してただろうから、むしろあなたは活力を放出している人間だったわ。そういった子から新たなエネルギーを取ろうとしてたあたしが間違ってた」
でも、今は違うでしょ、と彼女は続ける。
「大体この時期になってくると、1年生はだらだらし始めるのよね。授業は思ってたよりつまらないし、高校までと違ってサボっても怒られないし。かといって何かすることもないから、バイトだけして、実質フリーター状態になる。4年も通えば分かるわ。4月は大学周辺が大渋滞しているのに、6月になると通学が快適だもの」
「……っ」
ドンピシャすぎて言葉を失った。入学前はもっと充実したキャンパスライフを描いていたはずだが、気づけば怠惰サイドに堕ちていたのは、はっきりいって情けない。
「だから、その溜まったエネルギーを放出してしまいましょう。私の仮説が正しいことを確かめるの」
「また恐怖体験させられるんですか?」
「違うわよ」
長代先輩はさっきのホワイトボードを指差す。
「今回は、『社会貢献ポテンシャル』なるものが本当に存在するのか、だけを確かめる。だから、ここ一ヶ月で怠惰に生きた理上さんには、来週本気で生きてもらって、どれくらいのエネルギーが放出されるのかを調べるの」
「な、なるほど……?」
しかし、私から放出されるエネルギーなんてどうやって計測を。
「周りへの影響力よ」
私が抱いた疑問を口にしたら長代先輩はそう返した。ちょうど、電気ケトルが沸騰して準備完了のカチッという音を立てた。
「ここにある水は、熱を与えられて沸騰しているでしょ。分子1つ1つが、エネルギーをもって激しく動き回って、熱が伝播して、ケトル内の水という大きな視点で見た時、沸騰という状態へと転移している」
あなたも飲む? と長代先輩は問いかける。私はコクリと頷いた。
「あなたが熱を発する側になるの。もし怠惰に生きてエネルギーが蓄積されているならば、来週のエネルギー放出によって、あなたはコミュニティ内へ大きな影響力を及ぼすはずよ。学部内の人間関係とか、活気に変化が現れるかもしれない。そうした変化があれば、それをもってしてあなたがエネルギーを放出できたと判断する。……もし学部内に何も変化がなければ、この仮説はダメ」
「なるほど。……あ、ミルクと砂糖もお願いします」
甘いカフェラテと一緒に長代先輩の言葉を飲み込む。
学部内の人間関係に変化……か。私のエネルギーで、梨琉周辺の人間関係が変わって、自然な流れで梨琉のことがもっと分かれば楽しいだろうな、なんてことを考えた。




