結果と考察
「おつかれさまでーす」
翌日。
かつて縛り付けられたあの忌々しき講義室に戻ると、長代先輩は楽しそうにモニターを眺めていた。
「あら、理上さん。久しぶり」
挨拶した彼女以外に人気を感じて、私は部屋を見渡す。ちょうど部屋の後ろから、男2人組が出ていくのが見えた。
出ていったのは、食堂で絡んできた2人だ。
私は硬直して動けなくなる。
「えっ」
困惑する私を見て、長代先輩は楽しそうな顔をする。
「どうしたの?」
「いや、今出ていった人ら」
「知り合い?」
「こっちのセリフですよ。……先輩の知り合いですか?」
「うーん、まあ、雇い雇われの関係?」
長代先輩はあくまでもゆっくりとブラックコーヒーを啜って、ずっと私の方を見ている。私に何が起きたか知ってると言わんばかりに。
「いや、あの人ら……」
「連絡先、交換できなかったでしょ?」
真剣な眼差しが私を捉える。結論として、私は梨琉の連絡先を知っている。だから彼女の問いは間違いだ。しかし、長代先輩が聞きたいのはきっとそういうことではない。
例の男らがいなければ、交換できなかっただろう、と言いたいのだ。
「まあ、頑張ってたと思うわ。でも、連絡先を交換する素振りは見せなかったから」
「そ、そんな簡単に聞けないですよ。先輩みたいにガサツじゃないですし」
「だからもっかい恐怖体験を与えた訳。彼らには報酬を払って、手を出さない範囲で2人を脅かすようにと」
ああ、どうりで逃げ切れた訳だ。彼らは仕込みだったから、本気で私らを傷つける気はなかった。彼らは、そしてそれに指示を出した長代先輩は、私が成長するための恐怖体験を得られればなんでもよかったわけだ。
「じゃああれも全部仕込みですか……? 梨琉は、すごく怖がってましたよ!?」
「ごめんなさい。それはやりすぎたと思ってる」
本気で申し訳無さそうな顔をしたので梨琉が深く傷ついたのは想定外だったか。計画前からわかりそうなもんだけど、一度スイッチが入ると止められないタイプか。
先輩は呑気に「食堂前の蹴飛ばしたメニューはちょうど新調するタイミングで、今度彼らが看板ごと直すから許してね」と看板への謝罪を述べてから、話題をもとに戻す。
「でも、この仕込みのおかげで目的は達成できたでしょ? 連絡先を入手するっていう」
「それはそうですけど……」
私は1つ引っかかることがあった。梨琉関係でも先輩の行動動機でもなくて、実験結果にたいする論理に関すること。
「あれは”|Fight or Flight《闘争か逃走か》”みたいなものですよね。先輩のいうような死を経た急激な学習じゃなくて、ただ私は怖くなって、それに立ち向かうためにアドレナリンがドバって出て、興奮状態で敵から梨琉と自らの身を守っただけ。別に成長とか関係ないと思いますし、あそこまで追い詰められたら、誰でも、あれくらいの行動は取れると思います。平常状態でもこれからあんなことができるか、例えば、梨琉の手首を掴むとか2人だけで茂みに隠れるとかと聞かれたら、正直できないです。だから成長してるとはいえません」
「ふぅん」
黙って長代先輩はモニターを眺める。モニターの少年はまた敵を殲滅させている。大剣を振りかざして雑魚を一掃し、大型の魔物が噛み付いてもハエがぶつかったみたいにそこをさするだけ。
彼はかつて私たちの同じ世界にいた平凡な少年だったと長代先輩は言った。それが今は少年漫画のようなヒーローになっている。チートスキルのおかげだ。私は、こんな急激な成長は遂げていない。梨琉を守れたのは一時的な興奮状態にあったおかげ。
「……理上さん、あなたが正しい。あなたが成長したと言える部分は……そうね。ドイツ語の授業中、甘城さんとのコミュケーションに奮闘したこと、それとあたしに気絶させられた経験を活かして男連中を相手にした際、身構えたことかしら」
まあ、たしかに。そこは成長しているといって差し支えない。ただ。
「それは一般的な学習ですよね」
「ええ。あたしが求めてるみたいなチートスキルに該当する、強烈な生きる力の獲得ではないわ」
本当はあなたが授業中に甘城さんへキスするか、服を脱がせるかすれば完璧だったのだけど、と彼女は悔しそうな顔をする。何を言っているのか理解しかねた。
「てか、先輩結局授業潜ってたんですね。私達を見てたってことは」
「当たり前じゃない。前回の教室は『理上さんがあたしに気づいていないけどあたしがいる』状況だったのだから、それを再現しなくちゃ」
私は感心した。中学だか高校だかで習った対照実験––––平たく言えば、測りたいもの以外は同条件で行う実験のこと––––を遂行していたからだ。
「先輩の存在有無でそんなに変わりますかね?」
「変わるわよ。不審者が部屋にいるかいないかで、教室の空気感が変わって、個々の発言ハードルが上下して、それであなた達のコミュニケーションにも響くでしょ」
「はあ」
私は再度感心した。長代先輩は自身が不審者であることを理解していたからだ。
「まあ、あなたが急激に成長しなかったなら、今回の立証は失敗ね」
「なんかすみません」
「理上さんに罪はないわ。それよりも」
モニターは気づけば城の映像に変わっている。例の少年に兵士達は敬礼をし、少年と女の子3人のパーティは王に謁見している。
「まだあたしの仮説は否定されていないわ。あなたがチートスキルを得なかったというのは、簡単な話。あたしの仮説がダメなんじゃなくて、あなたが”選ばれなかった”ということ。よって」
長代先輩は私に振り向く。
「次の仮説を、立証しましょうか」




