救い
「突然呼び止めてごめんね」
梨琉と並んで、キャンパス内の適当なベンチに腰を下ろす。
「外でも大丈夫?」
「うんっ。私は気にしないよ。……今日暖かいから」
「あははー……。なんで私あのとき寒いなんて言っちゃったんだろね」
寒いね、なんて思いつきで話題を投げかけたことをぶり返される。恥ずかしくなってさらに熱い。
「ちょっと風吹いてたからかな?」
「そう……かも」
本当は違うのだけど。……いや、本当に違うのなら些細なことでも全部正直に伝えよう。その分だけ梨琉を不安にさせないで済む。
「あ、本当はね、梨琉に声かけたくって。……でも、変に緊張しちゃって、なんか頭真っ白になっちゃった」
「……」
「梨琉が悪いとかじゃないんだよ?! 私は、今までずっと梨琉のこと傷つけてた訳で、そんな私が話しかけていいのかなあ、とか。でもやっぱり隣にいたら気になっちゃうし……ほら、後ろの望野さんと機戸も楽しそうに喋ってたしさ!」
「ううん。嫌じゃないよ。……私、話しかけられてとっても安心した」
催しに騒ぐ学生の声が打ち消される。梨琉の声だけが私の耳に届く。
「紗葵ちゃんに……言い過ぎたなって」
「そのことで、梨琉に話したくて……!」
「異世界の実験……のこと?」
「えっ」
……知って、るの?
「桐華さんから、全部聞いたの。あの日、私が紗葵ちゃんにひどいこと言った日。––––私、取り返しのつかないことをしちゃったなと思った。紗葵ちゃんに嫌われても仕方ないなと思った。だけど、紗葵ちゃんへの誤解は自分の中で解いておきたいなと思ったから、桐華さんに、紗葵ちゃんのことを聞きに行ったの。そこで教えてもらった」
長代先輩が、実験のことを。
「どこまで聞いたの?」
純粋な疑問だった。梨琉が知っている『私』がどこまでなのか知りたかった。物を語りたがらない先輩が梨琉に実験のことをどれだけ教えたのか知りたかった。
「出会いから、最近のことまで。私の隣に2週連続で座ったのは、桐華さんの目的があったからなんだなって知った。紗葵ちゃんが色んな子とお話したりいつもと違うメイクをしてたのも、実験してたからなんだって。あと、花火大会のこととか、酒井くんにアドバイスしてたのも、桐華さんと実験してたからだってこと知った」
「全部じゃん……それ」
そうか。長代先輩は全部喋ったんだ。私が彼女頼りじゃないとまともに動けなくて、梨琉を異世界解明のためのモデルにしてたなんてこと、全部伝わっちゃんだ。自分でも話すつもりだったけど。
「桐華さんはね、ごめんなさいって言ってくれた。紗葵ちゃんにも」
「どういうこと?」
「自分の目的を叶えるために、紗葵ちゃんと私を利用して、紗葵ちゃんが秘密を守ろうとした結果、私が我慢できなくなって喧嘩しちゃったのを、自分のせいだって謝ってくれた。私は、利用されたなんて思ってないんだけどっ」
「そ、そうなんだ……」
先輩。そんなふうに思ってたんだ。だとしたらそこまでして異世界の謎を解明したがるのは何故、なんて幾度となく考えた疑問が湧き上がる。ただ、今はそれよりも長代先輩の優しさを見いだせたことに喜びを感じた。
「どうしても知りたくてっ、聞きに行っちゃった」
「梨琉が気になるのは仕方ないと思う。……私が何にも話さないから」
「話せないよっ。桐華ちゃんとの約束を守った紗葵ちゃんはえらいっ」
優しいな、梨琉は。この優しさに何回助けられたんだろな私は。
「梨琉は……話を聞いてどう思った? 先輩に頼らないと梨琉と会話できない私のこと、どう思った? 裏切られたと感じても仕方ないと思う。梨琉が対等に話していると思っていた私は、裏で先輩と梨琉との交流について相談してたんだから」
「嬉しかったよ」
「うれ……しい?」
梨琉が何を言ったのか分からなくて、間抜けな声して私は聞き返す。
「嬉しかった」
「ど、どうして? ……私、同じ立場で梨琉に対して接してこれなかったんだよ?」
「紗葵ちゃん。そんなことないよ。私は、紗葵ちゃんにたくさん助けられた。桐華さんの話したことが全てなら、それ以外は紗葵ちゃんが考えて動いてくれたんだよね? 初めてお話した日に助けてくれたのも、『ご飯とか行こ』って家の前で呼んでくれたのも、お酒で潰れた日に残ってくれたのも、……それから、再試のために一緒に勉強してくれて、花火大会に行く相手として私を選んでくれて、まだあるよっ、プレゼントを買いに行った日に楽しそうにしてくれたのも、全部、ぜーんぶ、紗葵ちゃんが紗葵ちゃんとして行動してくれたおかげだよね?」
色んな思い出が蘇る。梨琉が私と一緒で喜んでくれてるのか不安だったけど、全部覚えていてくれたんだ。
「紗葵ちゃん。もっと自分に自信持って。……私は、紗葵ちゃんにたくさん助けられてる」
『あなた、もう少し自分に自信もったら?』。––––かつて先輩に言われた台詞を思い出す。
たくさん助けられた……か。梨琉の言葉は、私の中に潜む感情とリンクして共鳴する。私だって梨琉に同じ感謝を抱いているのに。
「梨琉がそう思ってくれてるなら……よかった。私、直接の気持ちをなんにも伝えられてないから、だから梨琉を不安にさせちゃったのだと思う。あの日梨琉に指摘されて、やっと自分の愚かさと向き合えた。踏み込んだら、嫌われるんじゃないかって怖くって、ずっと日和ってたんだ。それが梨琉を傷つけることになるなら、もっと自分に素直になりたい」
うんっ、と、梨琉はこうやってまた笑ってくれるんだ。それが嬉しくって、私も微笑む。
もっと近くで、その瞳に吸われてしまいたい。
だったら、関係を修復しただけじゃダメ。もし、自分に素直になるって決めたのなら。
「あのさ、梨琉」
私はまだ、梨琉に伝えきれていないことがある。夏からずっと抱えている気持ち。
どしたの? と彼女は少し距離を縮めて、近づいた分だけ緊張が増していく。今言わないと、一生後悔するだろうから。
「私、」
夕刻を過ぎたキャンパスは、ベンチの周辺は、他に誰もいない。
「私……梨琉のことが好き。いつからか分かんないけど、近くに居たらドキドキして、もっと一緒に居たいなって思えて、困っていたら助けたくなるし、喜んでたら私まで嬉しくなる。明るくて元気で、でも心の底では周りの人のことを考えてくれる……そんな梨琉が、好き」
軽く驚いたような、でも柔らかいままの表情をして、彼女の唇がおもむろに動く。
「私も、紗葵ちゃんのこと、好きだよ」
その『好き』が、意味するところは一体。
「梨琉の思っている『好き』と私の『好き』は違うかもしれない。……私にとって、梨琉はもっと特別な存在。友達としてももちろん大好きだけど、それをもっと超えて、色んなことを、梨琉としてみたいなって。共有できたらいいなって、梨琉としか見れない景色があると信じてる。梨琉は、私にとって特別だから。そういう……好き」
梨琉の表情から驚きの欠片が消える。その瞳はまっすぐに、私を映し出している。
「……良かった。私とおんなじ気持ちっ」
どっちが先に差し伸べたかわからない。自然に、それが正解みたいに、指を絡める。
「私も紗葵ちゃんのことが大好き。勇気を振り絞って私を守ってくれる紗葵ちゃんが好き。恥ずかしくって照れちゃう紗葵ちゃんも好き。……正直に気持ちを伝えてくれる紗葵ちゃんはもっと好き」
繋がった手で私は梨琉を引いて、抱きしめる。
私の胸に顔を埋めた小さな梨琉が、顔をあげて私に微笑んだ。
「これからは、もっと素直になってね。そんな紗葵ちゃんの方が、ずっと可愛いからっ」
『距離感とか知らなさそう』。かつて陰で言われて古傷と化した私の強迫観念は、梨琉の言葉で泡みたいに消える。
もっと、自分の好きなままに生きてもいいんだ。それだけで嫌われることなんてないんだ。
私は、救われた。
「紗葵ちゃん……泣いてるの?」
「……なんでだろ。嬉しいからかな」
6年間の呪縛から私は解き放たれて、私を救ってくれる人がいて。それが幸せでたまらない私は、梨琉にもう1度抱きついた。
区切りがついたので完結とさせていただきます。
ここまで読んでいただきありがとうございました!




