望野さん
何事もなかったみたいに、楽しげな雰囲気の望野さんは、出てきた写真を回収して、満足したと言った風に私と2人にゲームセンターを出た。
「あれ、理上さん、あそこって」
出るやいなや、望野さんが向かいを指す。目に入ったのは何の変哲もない、小さな雑貨屋。
……ではなかった。
彼女の指した先はお店じゃない。お店の前にいる、2人の人影だ。
––––梨琉と、酒井。
私は漏れそうになった声を直前で抑えた。
楽しそうに会話する2人。何かを話した酒井に、後ろで手を組む梨琉がはにかんで答える。この距離で何を言っているかなんてのは全くわかんない。ただ楽しそうな雰囲気なのだけわかる。
「お2人って、お付き合いしてるんですか?」
問いかけた望野さんが私への距離を縮める。「酒井が誘って、今日出かける予定だったらしいよ。付き合ってはない」と私は事実を伝えた。
「そうなの、ですね。お2人が並んでいるのは、なんだか新鮮」
しばらく私は2人を眺める。望野さんのいうみたいに『新鮮』かもしれないけれど、違和感はどこにもない。
2人のシルエットは、私の思う理想の関係にピッタリ当てはまった。背が高くて清潔感のある酒井と、小さくて愛らしい梨琉。私がかつてカップルに自分を当てはめようとして上手くいかなかったときとは全く違う。まさに、学内の皆が憧れるような、『お似合い』の2人。
次の行き先へ向かうために2人は歩き出す。梨琉のワンピースはふわりと揺れる。『初デートはワンピース』。どこの誰が書いたかも知らないブログの記事が頭を過ぎった。
「理上さん、大丈夫ですか……?」
心配そうな目が私を見ていた。取り憑かれたみたいに2人を見ていたので心配されても仕方ない。
「ううん。ごめん。ここでデートしてたんだ、と思って」
「知らされていた訳ではないんですか?」
「2人の事情だからね。だからしばらく固まっちゃった」
「すみません、私が思わず指してしまったばっかりに」
「いいよいいよ。気にしないで私達もあそぼ」
「そうですよね……」
それから望野さんは黙り込んだ。
望野さんは、自分を見ているようで落ち着く。彼女が喋りづらくなる気持ちは分かるから、安心させる言葉をかけたくなって、それで素直に気持ちを見せてくれるから、喋っている私も楽しくなってくる。まさに長代先輩が花火のときに言っていた『発色反応』だ。金属にエネルギーを与えて励起させても帰ってくる光が可視光でなければ色は見えない。世の中には声をかけても目に見える表情を見せてくれない人だっている。望野さんは顔色も表情も言葉も声も、全部分かりやすく答えてくれる。だからとても落ち着く。
「えっと……」
今だって、その一言で彼女が何を考えているのか大体分かる。次にどうしたら良いか分からなくて、困ってるんだと思う。彼女が今日のことをどこまで計画していたのかわかんないけれど、少なくとも今はもう解散しておかしくないようなタイミングだ。
だから私は。
「ウチくる?」
「えっ……?」
望野さんは硬直する。解散するにしづらいなら、一旦ここから出て、どちらかの家でゆっくりすればいいんじゃないかと思う。さっき見かけた2人と違って、家に誘うことが何かを意味する関係でもないし。
「まだまだ喋りたりてないんなら、ここ人多いしさ、お店入ってもお金かかるし、私ん家おいでよ」
「……いいんですか」
「うん。おいで。せっかくの機会だからさ」
私自身も寂しかった。このまま家に帰ったら、またくだらない物思いの渦に飲まれてしまいそうで、それだったら、望野さんと交流を深める方がよっぽど有意義だし、お互い幸せになれると思うから。彼女から、私は学ぶべきことがたくさんあるように感じたから。
ずっと固まっていた望野さんは、私の目を見て小さくうなずく。
◆
「すごい。ペパーミントの香りがしますね。……芳香剤ですか?」
部屋に入ってくるなり望野さんは言った。私が香りに順化しているだけであって、あの日入れすぎた精油は、まだ私の部屋に残っているらしい。自分で全く気づいていないのも相まって、それだけ濃かったのかと思うと恥ずかしい。
「お風呂に精油入れたりしてるから、その匂いかなあ」
「精油!? 理上さん、やっぱり、お洒落な人間……」
それが随分前で入れたもので量を間違ったから香っているだなんて望野さんは夢にも思っていないだろう。きっと私が毎日優雅なバスタイムを送っていると想像しているはず。どこかで誤解を解かないと望野さんにとっての私は超人になってしまう。
「綺麗なお部屋ですね」
「何にもないだけだって」
望野さんは周囲を見渡して、ようやく落ち着いたかと思ったら崩れるように座り込んだ。
何か飲み物でも出せれば良いかなと思いつつ、開けた冷蔵庫には水とお茶しかない。家に人を招き入れた経験が少ないので、自分から誘ったくせにどう振る舞えばよいか全く分からなかった。
「お茶とかいる?」
「いえお気遣いなく……。自分で持ってきたものを飲みますから」
望野さんは大きく深呼吸する。私は彼女の前に座る。「まさか理上さんのお家に上がらせてもらえるなんて」と彼女は微笑む。
「理上さんは、甘城さんのことが好きなんですか」
私が他愛もない会話をしようとして望野さんの向かいに座り込んだとき、彼女はとんでもない話題を切り出した。唐突すぎて飲み物を全て零してしまいそうになる。
「はえ?」
「今日、一緒に行動して、なんとなく気づいたことです。甘城さんを見た時に理上さんから出力される振る舞いは、どこから見ても好意を帯びているように感じました」
私は固まってしまった。その考えに至るまでの仮定も、仮定に対する返事も、何も思い浮かばなかったから。
「私、さっき理上さんが”好き”だって伝えましたよね。だから他人を好きになる気持ちはとても分かります。経験則で。——もし理上さんの想う相手が甘城さんなのであれば、私はあなたが甘城さんと共に居るほうが嬉しい。だって、愛する人には幸せになってほしいから」
「実際に好きだ」なんてまだ答えていないのに、望野さんは自らの仮定が正しい前提で話を進めていく。……まあ、正しいんだけど。
「これは諦めではありません。自分の気持ちに気づいて、それから理上さんが甘城さんを愛している可能性に気づいたとき、私は自分なりにたくさん考えました。私は、幸せな理上さんを見ているのが好き。だから、もし理上さんの想う人がいるならば、私は自分の気持ちを伝えるだけで、十分だと思ったんです」
「それに、何より2人が一緒に並んでる様子って何だか見てて可愛いですから!」と彼女は綺麗な目を輝かせる。
私には、望野さんがそこまで他人を願う気持ちがよく分からなかった。




