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異世界研究会へようこそ  作者: すあま
触媒の果てに
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外面関数

「今日は……来てくれてありがとうございます」


 日曜日。約束したお店で望野さんとランチ。互いに会話が得意でないのと、気合を入れた望野さんがあまりにも綺麗だったから、席に着くとなんだか緊張してきた。無理に振る舞う必要はないと自分に言い聞かせる。今度こそ時雨さんのアドバイスに従おう。前回の失敗は私を確実に成長させているはずだから。


「嬉しかったよ呼んでもらえて。一緒に勉強だけでさ、ご飯いったことなかったじゃん」

「そう……ですか? ふふ……」


 私が何か言うたびに望野さんは頬を緩めて赤らめる。彼女に楽しんで欲しいと思ってポジティブな発言を心がけてはいるのだけど、嘘をついている気持ちもなくて、ここまで素直に喜ばれると言っている方も心地よくなってくる。


「望野さんは普段休みの日とか何してるの?」


 お洒落な店内とは対照的に、繁華街の中心だけあって客層は種々雑多で、高めのランチにはしゃぐ高校生とか、ひたすら周囲の写真を撮る外国人観光客とか、それらの対応に追われる店員さんも含めて、落ち着きとは正反対の空気感をなしていた。そんな中で私らのテーブルだけまだ温まってなくて、整った姿勢で堅苦しく座る望野さんに、私は話題を振ってみる。


「勉強……してます」

「お、おおー」


 あまりにも解釈一致であったがゆえにつまらない反応を示してしまう。申し訳ない。


「色んな場所で勉強するのが好きなんです。部屋や自習室みたいな周りも同じことしてる環境。電車内のような人々の生活が交わる環境。喫茶店でコーヒーを飲みながら、店内のクラシックとお客さんの会話に包まれて集中する環境。……この前公園でやったときは、温度が安定しない代わりに息苦しさがなくて、思考はできないけど暗記するのに最適でした」

「すご……」

「せっかく覚えるのだったら、そこに思い出も付加させたいというか。……今度、薬理学の小テストある、じゃないですか。薬の作用機序を思い出すとき、に、色んな景色が想起されたら……なんだか心躍りませんか」

「考えたことないけど……いい趣味だねそれ」


 褒める裏側で私は困惑した。それは趣味嗜好に対してではなく、『今度ある薬理学の小テスト』が何かわからなかったからだ。


「薬理学のテストなんかあったっけ?」

「ありますよ。……2ヶ月後」

「2ヶ月!?」


 随分と先だった。年明けじゃないか。


「もうアナウンスされてるっけ。私全然話聞けてないや……」

「いえ。学部共通アカウントのクラウドにアップロードされている過去問の日付から、推測です」

「あっ、そういう……」


 さすが『テスト対策』の観点で学部全体を引っ張っているだけある。


「望野さんは、自己研鑽としての勉強が好きなの? それとも学問自体が好き?」

「どっちも……ですけど」


 望野さんは俯いて自分のコーヒーを眺めている。届いたのはかなり前だが一向に手がつけられていない。


「学問の方は、研究室に入ってみてからじゃないと分からない、です。論文を読んだこともないし……」

「博士行くんだっけ?」

「大きな挫折がなければ……」

「凄いと思うよ。やりたいことのために時間を捧げるって」


 望野さんはまた照れた。私は常に受け身で、幸運が転がってくるのを、口を空けて待っているような人間だから、望野さんのように自ら人生を切り拓いていくことはできない。


「勉強自体は、すごく好きそうだなあと思っててさ」

「そう、……ですか? ……どうして、ですか?」

「前期にさ、私にファッション学びたいって言ってくれたじゃん。あれ……ここだけの話先輩に指定された服着てただけだったんだけど……はは。でもさ、その頃と比べて、夏休み以降一気に可愛くなったっていうか……私よりメイク絶対上手いよ」

「ネットで調べただけですよ……こんなの」

「それが凄いんだって! どんな分野でも探究心溢れるっていうか」

「……ありがとうございます」


 何度も下を向きながら笑って、思いついたみたいに「理上さんも……です」と彼女は言った。聞こえなかったけど褒めてくれたんだと思う。形式的なお世辞でも嬉しいのでもっと言ってほしいくらい。時雨さんだったら「もう1回」とか言うんだろうか。その芸風が望野さんにウケるかどうか不安なので言うのはやめた。


「あの……先輩に指定されたっていうのは」


 コーヒーを1口に飲んで、口元を拭いてから、望野さんは拭いた跡を執拗に確認している。


「あ〜、変な話だよね」

「サークルか何かですか?」

「そう。……サークルっていうほどのもんでもないけど、そこに変な人がいて、変な遊びに付き合わされてるっていうか」

「どこのサークルですか」

「なんか名前は『異世界研究会』っていうんだけど、実態は私と先輩2人だけでダラダラしているだけ」

「ふぅん……」


 望野さん相手だとどうしてかサークル名を伝えるのは憚られない。実際、望野さんも異世界というワードに強い興味を抱かなさそうだった。


「先輩とはどういう関係なんですか?」

「と、いうのは?」

「理上さんに服装を指定して、2人だけで居られるようなその先輩は、理上さんにとってどういう人なんですか?」

「む、難しいな……」

「彼女さんですか?」


 望野さんの語勢は次第に強まっていく。ある程度強まったところで考えたこともないような仮説が提唱されたので、変な感覚になった。


「いやーないない! そんな親密な関係でもないよ。すっごくお世話になってるし、色んな意味で可愛い人だけど、恋愛感情はないや」

「そう、ですか」

「そうそう」

「ですよね。女の子同士ですしね」


 さらっと言い放った望野さんの目は、物事の本質を探索する長代先輩みたいな目をしていた。



「プリクラ、とか、撮ったことありますか?」


 望野さんのその一言がきっかけで食事を終えた私達はゲームセンターに向かう。ゲームで遊ぶタイプではないので訪れたことなんてほとんどないし、プリクラは露骨な加工が照れくさくなるから撮ったことがなかった。


「すごく、興味あったんですよね」

「プリクラに?」

「はい。……だって、女の子なら一度くらいは入ってみたいものです」

「望野さんがそう言うのは意外かも。むしろ私らの年齢ならもう入りづらいとか言うものだと思ってた」

「チャレンジするのに、年齢は関係ありませんよ……!」


 カッコいいことを言ってるけど、その言葉を叶えたい夢のためじゃなくてプリクラに適用するのは可愛らしい。ゲームセンターに入って、未知の世界に興奮する望野さんと一緒に、制服姿の子であふれるプリクラコーナーへ入る。


「凄いです理上さん。証明写真機より広い」

「比較対象それなんだ……」

「案内する声もとても可愛らしいです。遊園地のアトラクションに乗っている心地です」


 望野さんははしゃぎながら、案内にしたがって黙々と操作を続ける。複雑な実験機器に向かうみたいな表情で、実際私は案内を聞くだけだったら混乱していただろうから、望野さんも慣れていないなりに頭を稼働させているんだろうなあと感じる。しばらくすると撮影に入る。プリクラの相場が知らないから旅行先の集合写真みたいな味気のないピースをする。こんなのでいいのかと思いつつ、隣の望野さんもポーズに困っていて安心した。


 撮影を終えて、もう片方のブースへ。ここで落書きをするらしい。ペンをなぞらせると本当に落書きできたことには感動したけれど、実際にどうデコレーションすればよいか分からないで2人とも手がとまる。


 慣れないポーズに硬い表情のくせに過度な美肌を示す自分の顔は見てられなかった。望野さんも、プリの中より本物のほうがよっぽど可愛い。落書き用のスタンプを吟味しながら望野さんは言った。


「とても興味深くないですか?」


 『興味深い』なんて形容詞とかけ離れた空間内で望野さんは続ける。


「高校のとき、この加工を受けた顔をプロフィール画像にしていた子たくさんいましたよね。今は、SNSを見れば、フィルターを通した自画像が散見されます……。みんなその方が落ち着くんです。世の中の誰かが加工済み画像を公開した瞬間、それがベースラインになって、みな加工で勝負するようになる。生では勝負しないんですよね。……論文も、そうらしいですよ? 生データじゃ組織の画像が美しくないから、抽出した数字にバラツキが大きすぎるから、不正にならない範囲で加工するんです。社会との接地点は、生のままだと難しいんです。私たちだって、利益が伴う取引をするときは、人の前で発表するときは、かしこまった人格を装うんです。……プリクラの箱は、画像解析ソフトは、社会人が身にまとうスーツは、外面を作るための関数ですよね。そこに、生を自分を入れて、出力された外面を世間に見せる。外面関数です」


 落書きの時間は次第に失われていく。外面関数で出力された私たちの上にはまだ何も描かれていない。


「私は、そうした外面の作るのが苦手です。だから、就活のときに評価されるかなって、とっても心配なんです。世の中の人間が自然と外面を作っていることが、不思議で仕方ありません。私が見ていないところのみんなは、どんな姿なんだろうって、どんな性格なんだろうって、つい考えてしまうんです」


 彼女は私と正反対だった。互いの本心をさらけ出すことは傷つけることに繋がるって、中2のあの日以降信じ込んでいる私には、自分の素を見せつけるなんて、向こうの素を知ろうとするなんて、人間関係の上で最も避けたい行為だったから。


「理上さんが、本来はどういう人なのか、私は、とても気になります。みんなのことをどう思っているのか、とても気になります。……甘城さんのこと、どう思っているのか


 落書きの時間が終了する。出てくる写真を外で受け取るように、可愛い声が指示している。


「私は、理上さんのことが好きです。理上さんが嫌じゃないなら、毎日でもこうして一緒にいたい。……返事を即座に求めている訳ではありません。いつか正直になれる日が来たら、理上さんの気持ちも、ぜひ教えてください。私は、生の理上さんに興味があります」


 彼女は、話している間、決して目を離さない。私なんかと違う、すべてが純粋で綺麗な子。


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