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異世界研究会へようこそ  作者: すあま
無干渉は関係性を加速させ得るか
32/41

特異的悪役令嬢

「電話?」

「あっ、えっと、……友達からだ」

「……出ないの?」

「出たほうがいい、よねっ。ごめん。少し出てくる」


 慌てて梨琉(りる)は部屋を出ていく。扉の向こうで、電話をとる梨琉(りる)が遠ざかっていく。


 酒井の顔が一瞬過ぎった。こんな時間に電話してくるなんて変だけど。


「あら、このタイミングで。人気者なのね甘城さんは」

「そりゃあ、あそこまで愛想よかったら好かれますよ」

「あなたは甘城さんのことが好き?」

「なっ……」

「別に変な意図ないけど」

「……ですよね。もちろん、梨琉(りる)は大切な友達です」

「甘城さんって彼氏はいないの?」

「いません」

「うわ。即答」


 別に私の願望なんかじゃなくて、酒井に告られてデートを考えるってことはフリーの証だと思う。


「でもこの前男の子に告白されたらしいですよ」


 長代先輩に言って物事が何も進展する訳ないのだけど、この人には私の心配事周辺にあることをどうしても伝えたくなる。


「へぇ〜、モテモテね」


 私が梨琉(りる)に伝えられたときと全く同じ返しを先輩もした。


「理上さんにもいい人ができると良いわね」

「余計なお世話ですー。先輩はまず自分のこと気にしてください」

「あたしは異世界の謎解明、っていう子孫を残すよりも大事な任務を与えられてるから」


 先輩はモニターの電源を付け直す。いつ梨琉(りる)が戻ってくるかもわからないのに危機感のない人だ。


「甘城さんはその男の子とどうするの?」

「さあ。分からないですけど。どこか遊びに行くって言ってました」

「それはちょうどいいわね」


 私にとっては良くない……というのはさておき、モニター内には宮殿の一部が映し出される。マルトくんら一行がいて、姫らしきお嬢様と交流している。後ろにも貴族であろう女性が何人書いた。その貴族の中の一人を指して長代先輩は言う。


「この、金髪で背の高いお嬢様いるでしょ?」

「はい」

「彼女はレイラ。この国に代々伝わるウインベラ侯爵一族の令嬢」


 私は貴族の制度など一ミリも分からないので、黙って話を聞き続けた。


「宮殿での彼女の立ち位置の詳細はいいわ。ただ、そこそこ恵まれているってことだけ理解できれば大丈夫。そしてもう1人の主要人物で、レイラの隣にいるお姫様––––プリムは、かつて孤児だったの。彼女は国王に拾われて、幼少期を王子と遊んで暮らすようになる。そうして王子と仲良くなった結果、貴族の王妃争いから一歩先行して、プリムが王女の立場を継承しようとしているの」

「すごい。シンデレラストーリーだ」

「でもね、王族らが行う彼女へのお膳立てに、もしかしたらと玉の輿を狙っていた令嬢達はご立腹。おとなしい性格の王妃候補であるプリムに恨みを抱えて、彼女が出世できないように、ひいては王子と仲良くなれないように、自らの手を汚すことなく彼女への嫌がらせを続けたり罠を仕掛けてる」

「異世界の人間模様、昼ドラすぎません?」


 かつての追放に続き、毎度どうもドロドロしている。現実にもカナと梨琉(りる)みたいなことはあるけれど。


「そう思うでしょ? でももうメロドラマの段階は抜けたの。『悪役令嬢』として王女候補に立ち塞がったレイラは今、『本来の記憶』を取り戻した」

「本来の記憶……?」

「そう。レイラもまた、マルトと同様に、かつてこの世界で生活を営んでいた転生者だったの」

「ええ!?」


 恥ずかしながら普通に驚いてしまった。長代先輩がこの世界を追う気持ちが少し分かった気分になる。


「そして、レイラ–––元の世界での名前は知らないけれど––––は自分が異世界で与えられた役割に絶望する。だって、転生の魂が宿る前のレイラは、次期王妃を虐げ、王子たちに立ちはだかる壁となり、でも最終的には正義に成敗され、彼女は何も成長しないまま、変化も遂げないまま、幸せな王女と王子を見届けるだけの存在」

「なんだか、辛いですね」

「それが『悪役令嬢』の役割だから」


 でも、モニター越しに見るレイラは穏やか目をしているように思う。これがすなわち、転生者の魂が宿っているということか。


「転生者––––以降、『現レイラ』と呼ばせてもらうけれど––––はそんな運命を、破滅の運命を辿らざるを得ない『悪役令嬢』の役目を請け負ってしまった。チートスキルで無双するマルトくんと違って、レイラはこのままだと幸せになれないことが確定している。だから」


 仮説が提唱される未来が見えた。長代先輩の好奇心に満ちた瞳が私を捉えた。


「現レイラはありったけ慈悲を持って振る舞う人生を選んだ。明らかにプリムを邪魔できる場面で、彼女を助けてしまう。王子を奪ってしまえそうな場面で、王子に恋愛のアドバイスをする。他の令嬢と悪戯する話になって、自分だけ辞退する。……そうするうちに、彼女自身が本心から他人に愛される存在になってきたの」

「す、すごい……! こっちもシンデレラじゃないですか!」


 おとぎ話のようなサクセスは、いつだって心踊らせてくれる。私は本来の顔も名前も知らない、モニター越しの転生後すら今日初めてみたこの彼女を、心底応援してやりたい気持ちに駆られた。


「そうなの。状況を抽象化すると、『王子王女に立ちはだかる存在だった令嬢は、その役割を放棄すると自分自身がヒロインになってしまう』。あたしは、レイラを見ていて、ずっと何か引っかかっていたの。どこかで見たことある現象だなと」


 先輩は普段みたく手元にコーヒーがないからか軽くソワソワしている。ときおり猫ちゃんマグカップを見て、私の方を見て、軽く息を吸ってから言葉を紡ぎ直す。


「悪役令嬢の存在は、傍から見れば王子と王女の関係性を加速させているようにしか見えない。本人は引き裂こうとしているのかもしれないけれど、王子らは悪役令嬢の悪に対抗する形で、尚更互いの関係を深めて、絆を深くしていく。少女漫画の悪役だって大体そうでしょ?」

「あんまり読んだことないです。でも悪役のせいで絆を深めちゃうっていうのはわかります。というか先輩は少女漫画とか好きなんですか?」

「秘密」


 なんだそれ。


「つまり、王子とプリムは、2人だけだったら仲を深めるのに時間や多くの労力を必要する。でも悪役令嬢––––つまり元レイラ、が共通敵としてはだかるおかげで2人は絆を深め合い、結果的に婚約に至るまでの労力と時間が減る。2人の関係性だけが変化して、悪役令嬢本人は何も変化しない。反応に関わって、当人はなんにも変化できない。これはまさに」


 なんとなく先輩が何を伝えたいのか分かってしまう。


「触媒……ですか」

「そう。悪役令嬢は、2人が結びつくための活性化エネルギーを減少させる、触媒のような存在」


 触媒––––それ自体は変化せず、反応速度を変化させる物質。塾講師として、小学生や中学生にも半ば暗記ぎみで教えることがある。『オキシドールに二酸化マンガン加えると水と酸素になるんだよ』。この反応は学生でも理解しやすく、(受験的な意味で)初歩的な触媒反応である。前述の反応の化学反応式を書いたとき、そこに二酸化マンガンは登場しない。これは二酸化マンガン自体は反応前後で変化しないからである。反応自体はオキシドールが分解されて水と酸素になっているからだ。けれど、オキシドールをそのまま放置しておくのと、そこに二酸化マンガンを加えるのとでは酸素の発生する速度が決定的に違う。さきほどの例では、王子とプリムが2人だけで仲を深めていくのと、元レイラの存在下で事件に巻き込まれつつお互いを意識していくのでは、『王子+プリム→婚約』という同じ反応でも、悪役令嬢存在下である後者の方が圧倒的に恋の実る速さが大きい、ということになる。そして長代先輩は、その過程で悪役令嬢が人として変化しないところもより触媒らしい、とも言っている。


「広い世界では関与できる人間関係が限られてくるでしょうから、特定の恋仲への干渉をする、という点では、酵素の方が近いかしら」


 酵素とは生体内で機能する触媒の総称であり、はたらきとしては触媒と変わらない。ただ長代先輩がそちらの表現を用いたのは恐らく、基質(酵素がはたらきかける対象、つまり今の仮説でいえば元レイラに対する王子またはプリム)と特異的(他にははたらきかけずその対象だけ)に結合しているのだと示唆したいのだろう。


「誰と相性がいいのかなんてことは、生を受けた段階から決まっていて、きっと元レイラ、つまり悪役令嬢としてのレイラとこの国の王子・王女候補はハナから関わる定めだった。ただし何度も言う通り、所詮酵素としての役割にすぎないけど」


 ここまでの話を脳内でまとめる。つまり、モニターの向こうにいる王子、およびプリムは最終的に結ばれる関係性で、2人の恋が実るまでの活性化エネルギーを、悪役令嬢である元レイラが共通敵として立ちはだかることで低下させている。その役割はまるで触媒のようであり、加えて元レイラは誰にでも悪をはたらく訳ではなく、あくまでもこの国の王子と王女候補のみにだけ嫌がらせをするから、その特異性が酵素のようである、と。


 そこまでは納得できた。立証しろと言われる未来も軽く想定できる。ただ、1つ気になるのは。


「転生者の魂が宿った現レイラも悪役令嬢なんですか?」


 中身が変わって嫌がらせをしなくなったのでは、酵素としての仕事ができないのではないか。


「その通り! さすがあたしの後輩だわ。転生者の魂が宿った今こそ議論の対象で、理上さんに試してみてほしいこと」


 気づかぬうちにマルト一行は宮殿から消えている。外面を見せる必要がなくなったはずの今も、王女候補と現レイラ、その他貴族は気を遣うことなく楽しそうに会話している。


「はじめに言ったでしょ? 現レイラは『彼女自身が本心から他人に愛される存在になってきた』と。負の存在でしかなかった悪役令嬢に転生したにも関わらず、酵素としての仕事を放棄したとたん王女候補とも……ここだけの話、王子とも、今では仲睦まじい様子なの。つまりこれはね」

「はい」

「現レイラが酵素としての仕事をしなくなったから、王子と王女候補が活性化エネルギーを超えられなくなって、相対的に現レイラへの愛が向くようになったというのが1つ。そうしてもう一つは、仕事をしなくても特異性はあるということ。レイラは現であれ元であれ王子らと結びつきやすい存在だったの。酵素でいうと、酵素基質複合体は形成するけど、そっから離れなくなるから基質は変化しないで酵素と基質でがっちゃんこしちゃったみたいな」


 酵素基質複合体とはその名の通り基質を反応させるために酵素がくっついた物質のことだ。


レイラは王子やプリムに寄生して2人の邪魔をする。しかし邪魔をしなければ寄生した段階で事が終わるので、すなわち王子やプリムと直接仲良くなっているのに変わりない。酵素レベルの議論でそんな現象が本当にあるのかはしらないし、私はまだ習っていない。あれば生体内では大事件だろうし、実際に人間レベルの議論でも悪役令嬢と王子様が結ばれればそれは大事件だ。しかしレイラ周辺ではそれが起きようとしている。長代先輩が言っているのは、『特異性ゆえに関わり合う存在であることは確定している。それで嫌がらせをしないのだから好かれて当然だろう』ということだ。


「悪役令嬢に転生して勝利するのはこのメカニズムに由来していると考えるわ。つまり、本来邪魔する立場の人間が一歩引いて丸くなれば、かえって好かれるようになる。ちょうどよい事象が目の前にあるでしょ。……確認したいけど、甘城さんに告白してきた男の子は、この前盗んだスマホでみた動画で露骨に好意を寄せていた子?」

「……はい」

「じゃあ完璧な実験条件じゃない。王子様はその男の子で、ヒロインが甘城さん。2人を邪魔するのはスマホ依存症のあの子。……小金井さんだっけ?」

「合ってます」


 小金井とはカナの名字だ。


「あたしたちが何もしなければ、その男の子と甘城さんは幸せになってしまう。なぜなら小金井さんが共通敵になって、お互い協力的に身を寄せ合うようになるから。男の子と甘城さんには申し訳ないけど……それは阻止させてもらいましょう。仮説立証のために。小金井さんには良い子になってもらって、男の子と甘城さんへ献身的なサポートをする。すれば、知らぬ間に2人とも小金井さんのことが好きになっているはずよ」

「悪いことではないと思います。梨琉(りる)は男の人が苦手って言ってたし、たぶん、酒井……あっ、その男の子のことですけど、とは付き合うつもりないんじゃないかなあっていう」

「そう、なら実験はやりやすくなるけど。ちなみに、そうなると甘城さんは女の子が好きってことなの」

「ぇ、いや、それは……梨琉(りる)に聞かないとわかんないですけど」


 別に男嫌い=女好きにはならないはずだし、いまどき結婚が絶対的な正義でもないから……それに梨琉(りる)が男性への苦手意識を克服する可能性だってある。


「まあいいわ。それより、実験の結果酒井くんとやらが小金井さんのことを好きになったらそれはそれですごくない? 両想いだし。むしろあたしたちは恋のキューピット」

「しようとしていることに異議はなくて実験であることも承知しますけど……」


 久しぶりに、カナの顔が脳裏に浮かぶ。ミクも、カナも、最後に喋ったのいつだったっけ。


「私がカナと会話するのが難しすぎます。それこそ活性化エネルギー高すぎ」

「あたしが触媒になってあげてもいいわよ」

「もっとダメです。カナからしたら先輩ってスマホ盗んだ相手ですよ。基質と酵素みたく結合する要素がありません。むしろ反発です」

「……たしかに」


 妙に納得して、長代先輩は他の案を提案してくれるわけでもなかった。


 大体、先輩の仮説って微妙に立証されないことが多いし、よくわからないデータにぶつかるとそのままにされることが多い。実際の研究だって私が詳しくないだけでそういう詰まり方をするのかもしれないけれど。


たまーに、真剣にノートへ何か書いている瞬間を見かけるから、それが異世界関係であるならば各実験について諦めている訳ではないんだろう。普段お世話になっているのも含めて、協力したいと思えるのにはきちんと、こうした理由がある。


加えて、今回の実験は。


「酒井と、カナをくっつける……」


 先輩に聞こえないくらいの声で呟いた。それが上手くいけば、梨琉(りる)と酒井が付き合うことはない。悪いことじゃないはず。……だって梨琉(りる)は男の子が苦手なんだもん。


 マグカップを洗ってくる、と言って先輩は部屋を出た。


モニターのレイラと目が合った。彼女は私なんかよりよっぽど純粋に物を見ている。


 梨琉(りる)は『急用ができた』といって、結局その日中に3人で外食することはできなかった。


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