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異世界研究会へようこそ  作者: すあま
無干渉は関係性を加速させ得るか
30/38

決定

「結局まだ決められてないっ」


 お揃いで小さな紙袋を下げて、私たちは休憩のため小さなカフェに入る。お昼ジャストを狙うと観光客や遊びに来た学生で混雑するので、早めのランチ。そのせいで肝心の長代先輩プレゼントは決まってなかった。


「先輩のも香り系にする? 一過性で、でも確実な使い道はあるっていうか」

「バスボムとかかな?」

「そうそう!」


 ここに来る途中で入浴剤の専門店があった。入り口に『プレゼントラッピング承ります』の1文があったので、そこを通ったときに先輩のことが頭を過ぎったのだ。そのことを伝えたら梨琉(りる)も同案を閃いていたみたいだった。


「私もあのお店いいなあって思った。コンビニ横のところだよね?」

「うん。同じこと考えてたんだ」

「オイルだけじゃなくて思考回路までお揃いだねっ」


 私が照れたタイミングで料理が運ばれてくる。梨琉(りる)は小さなお皿に盛られた少量のサンドイッチ。華奢な体のイメージ通り少食だった。午後にお腹が空いたら困ると思ってがっつりめにナポリタンを選んだ自分が恥ずかしい。


「いただきます」


 小さく手をあわせて、お互いに食事へ視線を向ける。次の目的地を提案しようなんて考えていたら、ふと梨琉(りる)の手元が可愛いのに気づいた。


「あれ……梨琉(りる)


 サンドイッチを頬張ろうとしていた梨琉(りる)が視線を私に合わせる。私の見ている先に気づいて、嬉しそうに頬を緩めた。


「そのネイル、超可愛くない」

「でしょ〜〜!! 紗葵(さき)ちゃんよーやく気づいてくれたの!!」


 見てみてみてっ! と梨琉(りる)は手を広げて照明の位置に持ってくる。照らされた赤色は、根本に軽くパーツが散りばめられていて、梨琉(りる)の小さな爪の中で星みたいに輝いている。


「全然わかんなかった……。いつもしてたっけ?」

「ううん。昨日行ったの」

「昨日!?」


 落ち着いた店内で思わず間抜けな声を発してしまう。


「だって初めて紗葵(さき)ちゃんとお出かけできたんだよ。せっかくなら可愛い格好していきたいよっ」

「わ、私のため……」


 店内が雰囲気のために薄暗くなっていることに感謝する。きっと私の顔色は梨琉(りる)のネイルとそう変わらない。


「どのみち、来週もきちんとした格好していかなきゃいけないし……」

「来週……?」

「ほら、酒井くんと」

「……あっ、その件ね。来週になったんだ」

「うん。それ以降になるとお互い学園祭の準備で忙しいし」


 何だか一瞬で現実に引き戻された。机から梨琉(りる)の手はもう消えていて、空腹ゆえに頼んだはずのナポリタンを食べきる食欲が知らぬ間に消えている。梨琉(りる)は会話を続けた。


紗葵(さき)ちゃんと桐華さんは学園祭で何か出し物するの?」

「いーや、全くそんな話なってない。だからしないと思う」


 カフェなんかをやって食事を提供するなら前期終わりから運営とやり取りする必要があるし、うちは作品を公開するような類のサークルでもない。というより、『異世界研究会』がサークルであるという事実すら忘れていて、長代先輩に学園祭はどうするかを尋ねようともならなかった。


「じゃあ、クラスのお店だけだ」

「うん。梨琉(りる)も?」

「そうだよっ! それならさ、シフト合わせようよ! 2人で。ついでに、もし紗葵(さき)ちゃんが嫌じゃなかったらさ––––シフトない日、一緒に見て回ろ?」


 私の感情は乱高下する。ネイルで有頂天になって、酒井のことで沈んで、今もまた高揚感に支配される。


「嫌なわけないじゃん。絶対行く」

「やったー! 紗葵(さき)ちゃんと学園祭デートだっ」


 梨琉(りる)に特別な意図はないだろうけど、その言葉は私の脈を加速させた。


「なんならバイト入れようと思ってたくらいだし。学園祭の日」

「えー、1年目なのに!? 桐華さんとかとは予定なかったの?」

「あの人どうせ研究してるよ」

「そっかあ。3人でも良かったんだけどね。ていうか望野さんとはその話をしたんだと思った」

「ないない。私1人行動が基本だし」

「じゃあ、もっともっと遊びに誘えるねっ!」


 私は学園祭に誘われなかったと伝えただけで、望野さんと何を話したのかまでは教えなかった。別に隠すつもりはなかったけど、聞いてこないってことは興味ないだろうし、そのタイミングもなかったから。


「桐華さんで思い出したけど……プレゼントどうしようっ!」

「やばい……毎回話が寄り道してしまう」

「今度こそ真剣に決めよ! 紗葵(さき)ちゃんがナポリタン食べ終わるまでに」

「そしたら私は食に集中できないの確定か……。先輩に対して意外なもの、意外なもの……」

「桐華さんはどんなものでも受容できそうだよねえ」

「ほんとにそう。あの人が驚くレベルの物って私たちの理解の範疇を超えてそう」

「私そこまでは言ってないよ!?」


 一口の小さい梨琉(りる)がサンドイッチを食べ終えようとしている。梨琉(りる)が早いんじゃなくて私が遅い。私の脳内メモリは9割が会話することに消費されている。


 気を遣ってくれたのか口が寂しいのか、梨琉(りる)は追加でラフランスジュースとやらを注文する。1000円もした。


「意外性から一旦離れて、どういうプレゼントを貰ったら嬉しいか考えてみようよ。梨琉(りる)は何もらったら嬉しい?」

「うーん」


 軽く唇を突き出して頭を揺らしながら考える。子供っぽくて梨琉(りる)らしい。


「小さい時の誕生日プレゼントとか」

「私、もらったことないの」


 梨琉(りる)は笑って答えた。ジュースは随分と早く来る。


「……。えっと、ごめん」

「ううん気にしないで気にしないで! 今のは上手く誤魔化せなかった私が悪いからっ」


 梨琉(りる)はストローでジュースをくるくるかき混ぜる。そうやって飲む物なのかどうかは知らない。


「パパが居なくてね。ママが一人でずーっと育ててくれたの。お金がなかったのかな? 私は小学校中学年になるまで、誕生日にプレゼントがもらえるなんて知らなかった。教科書のなんかのお話で見て、周りの子が喋ってるのを聞いて、初めて知ったの。でも、その頃から」


 ジュースは慣性でまだ回り続ける。氷が多くって、液体は満足に動けていない。


「色んな男の人がお家に来るようになったの。あんまりママは喋ってくれなくなった。だからプレゼントを強請ったこともない。連れてくる男の人は、半年しか来なかった人から、2年以上一緒に居た人まで、色々。高学年くらいからかなあ、たいていの男の人は、ママの居ないときに私をママの代わりにしようとして、だから私は汚い目で見られないために子供を装ったし、好かれるために全力は尽くしたし、ママにはその様子を見られないように注意した」


 溢れ出す感情は全て喉に引っかかって、その分だけ私の喉は痛くなる。言葉になるより先に、感情が頭に達してパンクしてしまいそうだった。


「だから、男の人がちょっと苦手で……。来週も少しだけ心配。……酒井くんはいい人だと思うけど」

「大丈夫だよ梨琉(りる)。酒井は前期のグループワークで一緒だったけど、超いいやつだったから」


 自分の感情は言葉にできないで、どうしてか梨琉(りる)のことを好きな男の子のフォローだけは自然と口から出る。やってることが意味分かんなくって、梨琉(りる)が辛い話をしているのに、私が泣きそうになる。


「あーっ! また関係ない話してる私っ! ……しかも気分沈んじゃうし。紗葵(さき)ちゃんごめん! 今のは、遅れてきた分のおあいこにしよっ!」


 梨琉(りる)は軽く私の遅刻をイジって、空気の重さは多少和らげられた。


「話、聞けて嬉しかった。梨琉(りる)のこと、私まだまだ知らないなって」

「この話、誰かに言ったのは初めてなの。紗葵(さき)ちゃんは、何というか伝えても大丈夫かな、と思えて、甘えちゃった」


 えへへ、と表情を緩めた梨琉(りる)は照れ隠しにようやくジュースを飲んだ。目を丸くして「これすっごく美味しいっ!」とこちらを見る。


紗葵(さき)ちゃんも飲んでみる!?」

「へっ?」


 不意をつかれて私は狼狽える。


「あっ、ナポリタン食べてるねっ」

「いや、そーじゃなくて、その」


 おそるおそる私は梨琉(りる)がさっきまで口を付けていたストローを指す。「ストローでいいよっ」と彼女は即答する。


「じゃあ、少しもらおうかな……」


 極力喉元には近づけないで、舌もつけないで、唇だけで優しくストローに触れる。そこでようやくグラスごと飲めるという選択肢に気づいて、変な汗が出てきた。


「どう?」

「んっ……」


 間接キスした事実に囚われて、味の感想が出てこない。甘いことだけ分かった。


「甘い……かな? ああっもちろん、美味しいって意味で」

「でも優しくて、飲みやすくない?」

「そうかも」


 流れ的に確認すべきだと思って、私はまたストローに口をつける。『優しくて甘いならそれは梨琉(りる)の味じゃん』って心の中の理上紗葵(さき)が呟いて、私はまた味の感想が飛ぶ。最終的に、無言でグラスを返す意味不明ムーブをかました。


「……ありがとう。美味しかった」


 慌てて最高に浅い感想を付け足す。


「初めて飲んだ味だよね!」

「たしかに。ラフランスの味なんて言われて、しっくりこないもん」

「そーなのっ! だから気になって注文したんだけど……ってまた脱線だあ」


 紗葵(さき)ちゃんと居ると喋っちゃうよ〜、と困った顔で梨琉(りる)はストローに口をつける。私はまだ食べ終えていない。ただ、その代わりに相応のアイデアと巡り合った。


「貰って嬉しいプレゼント、ふと思ったんだけどさ」

「おおー! なになに」

「1個。これがいいかもって物があって」

「さすが紗葵(さき)ちゃん!」


 正直、真っ先に思い浮かんでもおかしくないスタンダートな案である。けれど、今新しい根拠を持って選ぶそれは、自信をもって先輩へプレゼントできる品になると思った。


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