お出かけ
帰宅して、面倒だなと想いながらもシャワーを浴びる。
髪を洗っているとそのままぼうっとしてしまうことがある。鏡に映った自分を見つめて、物思いの海に引きづりこまれた。
––––『今週の日曜日に行こっ!』
梨琉が楽しそうに予定を入れてくれたのに安心した。その一方で、私は心の準備ができていない。梨琉の瞳に、私がどう映っているのかすごく気になった。裸の私は、結い上げた髪を下ろしていて、メイクがなければ全体的に平坦で美人とはかけ離れたパーツ。胸は人並みにある。でもスタイルだってかつて梨琉が褒めてくれたほど大したものじゃない。服装で補正をかけて想定される生の私が過大評価されているだけだ。平凡な方がモテるみたいなことをかつて先輩に言われて、モテるかどうかはさておき平凡なのは事実だなあと思う。長代先輩と比較するまでもなく。
のぼせ気味にお風呂をあがるとたくさんの通知が来ていて、日曜日の話かと思ったら限界まで頭に血が上った。化粧水まみれの手でスマホを握ってしまって、画面がベトつく。
通知は1件を除いて全て塾の業務連絡だった。1件は望野さんから。『今日の約束、また教えて下さい』。カレンダーを確認して、長代先輩に何か依頼されない限り私の予定はアルバイトしかないことに気づく。通知を全て消化したくて、梨琉からの連絡を期待した自分の恥ずかしさを上塗りするように、『来週の土日どっちとも行けるよ!』と返した。
お礼を意味するスタンプが来てから、『こことかどうです』といくつかのランチレストランが提示される。どういう会なんだろうと疑問に思いつつ、返事は保留にさせてもらって、そのまま3日経過した。
休日はいつも遅いくせに、予定を入れると存外にも早く訪れる。
梨琉と出かけに行く日の当日。朝起きて、ずっと気にしてこなかったのに、高校の頃からの古い服ばかりで埋め尽くされたクローゼットにうんざりした。雑に結い上げるだけじゃなくて、髪型は特段気を遣った方がいいんじゃないかと思った。じゃあ、メイクは、服装は。遊びに行くとは思えないような焦りが私を襲う。初デートはワンピースだと失敗しないらしい。なんてワードで検索してるんだ私は。
梨琉と会うのは初めてじゃないから、別に普段通りでいいはずだ。変に気合を入れて、彼女に映る私が歪んでしまうほうが怖い。そう自分に言い聞かせて、お気に入りの服装と気持ち気合いを入れたメイクをして、大学に1度も履いて行ったことのない、衝動買いした高めのミュールを履いて家を出た
別になんも張り切ってなんかいない。
集合場所の駅には20分遅刻した。
◆
「ごめん、ほんとにごめん。楽しみすぎて遅れちゃった。誠に申し訳ない。何ならご飯奢る……!」
梨琉と合流したとき私は頭真っ白で、ひたすら謝罪を述べるので精一杯だった。梨琉らしく、微笑んで「気にしないでっ!」と言う。許してくれることは分かっているのだ。だからこそ甘えないで誠意を示したいのだが、上手い策は何もなかった。
「私は大丈夫だから、紗葵ちゃんは桐華さんのために頭をフル回転して最高のプレゼントを探してほしいなっ! それでおあいこ!」
梨琉の言葉に心が救われる。「先輩とは半年の付き合いなので、全力で探します!!」と意気込んだら梨琉は笑ってくれた。それでやっと気持ちが落ち着いた。
「それじゃ、まずは北から見てこー」
改めて見る梨琉はゆるいタートルネックのスウェットに大きなジャケットを羽織っていて、下はデニム。初めて見るブーツを履いていた。普段はもっと質素で、梨琉自体の雰囲気も相まって落ち着いた服装だったから、遊びに特化したカジュアルな服装もできるんだと感心した。ニットにロングスカートで、シックなミュールに合わせて全体的に大人めの服装をしてきた私が露骨に気合いを入れているのが対比で分かる。自然と恥ずかしさがこみ上げてくる。
「どしたの? 紗葵ちゃん?」
「う、ううんっ。可愛いブーツだなあって思って」
「でしょ〜。ありがとー!」
歯を見せて梨琉は笑う。私は梨琉のこの笑顔が好き。
雑に店を巡るといっても商店街だけで山のように店がある。これと別で大きな通りが南北に通っているし、東西方向のショップなんかもカウントすれば1ヶ月あってようやく巡れるかどうかのレベルである。
購入するプレゼントの傾向を掴みたくてまずは全国に展開する大きな雑貨店に入った。1階から5階までフロアが展開されていて、自分のために何か買うわけでもないのにワクワクしてくる。
「私大学生になったらこれ欲しかったんだ〜。紗葵ちゃんは持ってる?」
「持ってないなー。ずっとダラダラしちゃいそう」
「だよね! ここで寝てるだけで休日終わっちゃうよ?!」
体が沈みこむ大きなクッションを触って梨琉は心地よさそうな顔をする。ここには家具や寝具に近いものが置かれていて、あの講義室が無限に使えるなら置いても良さそうなものはたくさんあった。
「桐華さんって文房具とか使う?」
「見たことないな。ずーっとパソコン触ってる」
「そっかあ。……あっ、じゃあ名刺入れとか? 就職しても使えそう!」
文房具コーナー。名刺入れの値段を見て、二人苦い顔で目を合わせる。さすがに予算の範囲外だった。
色んな商品を見て、アレは良さげこれはダメだなんて話しているうち、残り2フロアになる。やっぱり大きな雑貨店は見て回るだけで楽しい。
「ボードゲームだっ。楽しそー!」
「ゲームってこんなに種類あるの……」
「えーっ、紗葵ちゃんもしかしてあんまりやったことない?!」
「うん……。あの先輩、私が部屋にいってもずっとパソコン見てるし」
「新歓とかでもやったよ私っ」
「マジで。私ご飯食べてすぐ帰ってたからチャンスなかったのかも」
ふと、かつてカナのスマホで見た動画を思い出して、なんのゲームか知らないけど集団がボドゲらしきものを取り囲んでいたのを思い出した。同じくして梨琉も、「1回紗葵ちゃんとやれそうなチャンスはあったんだけどねっ」と表情に影が射す。かつて梨琉の部屋にミクとカナを連れて行った時のことに違いない。互いに気まずさを味わってしまう前に、梨琉は活発さを取り戻した。
「今度また2人であそぼっ!」
「やろうやろう。やったことないからすっごい楽しみ」
「私こう見えても強いよ〜?」
「えー、私の方が強いと思いけどなあ」
「絶対に負けないしっ!」
手にとった箱の裏面を見て、「これとかいい勝負できそう」と梨琉は唇に指を当てる。楽しそうな梨琉を見て、私も楽しくなる。こんな時間がずっと続けばいいのになって思う。
「……はっ。ごめんねっ。1人で盛り上がってた!」
「私も脳内でゲームのイメトレしてたから大丈夫」
「どっちが優勢だった?」
「私が圧勝」
「現実だと逆転だからねっ! ほんとに!」
梨琉の負けん気と軽く張り合って、結局ボドゲもプレゼント候補から外れる。残った1フロアは洗面所周辺の雑貨や芳香剤などが置かれていた。
「うわ〜、いい香り」
「こういうのお家に置く人、絶対オシャレだよね」
梨琉は瓶に入った液体にスティックが刺さっていて、そこから香りを発するタイプの芳香剤(アロマといった方がそれっぽい)を手にとって言った。正式にはリードディフューザーというらしい。薬理学と同じくらい暗記するのに苦労する。
「わかる! こまめな気配りができる人って感じ」
「ご飯のとき野菜とかお皿に取り分けてくれそうだよねっ!」
「後期のこの時期になっても自炊してそう」
「てことは紗葵ちゃん自炊してないの!?」
「やば、バレた」
色んな香りのものを手にとって、「なんか欲しくなってきちゃった」と梨琉が言う。
「梨琉の部屋ならすっごく合いそう」
「どういう香りがいいのかな?」
「うわー悩むなあ。……もっとたくさんあるとこ行ってみる?」
「さんせーい」
マップを検索すると、近くにアロマグッズ専門店がある。1人じゃ絶対入れないなと思いつつ、私は梨琉に場所を伝えて2人店を出た。
「いらっしゃいませ」
店内に入った瞬間、ジャスミンやらローズマリー(それが合っているかは知らなくて、私の思うアロマの著名な種類)の混ざり合ってなお清涼で心地よい香りが嗅覚を刺激した後、植物由来であることを感じさせる自然の苦味みたいなのが僅かに鼻を抜けていく。
コテージの1室みたいな空間に開放的な棚がたくさんあって、そこにどうカテゴライズされているのか分からない並びで商品がたくさん置いてある。店員さんもアロマランプを眺める女性客の1人も綺麗すぎて私は空間に圧倒されそうになるけど、奥でハーブティーを眺めている若い男がいるのに気づいて安心した。
「すごい。アレ以外にもたくさん置いてるんだねっ」
梨琉はさっき雑貨店でみた芳香剤を指す。
「なんだっけアレの名前」
「えっとね〜、ディヒュ……ディフィ……」
「なんか最後伸ばすよね」
「そうそう。そこまでは私も覚えてるのっ」
「……」
「忘れちゃった」
「私も」
近づいて、ディフューザーだっ! と2人で答え合わせ。さっきの店よりたくさんの種類があって、1つ1つの香りに植物の説明が付してある。なりたい気分に応じて何を買えばよいのかまで教えてくれる。
「いっぱいあって悩んじゃうね〜」
「梨琉も自分の買うの?」
「もし良いのがあったら!」
2人で喋っていると、美人の店員さんがこちらに声をかけた。
「何かお探しでしょうか?」
面食らって私は対応を焦る。
「あっ、えっと」
「お家でリラックスするために、部屋の空気にワンアクセント足したくて」
「それなら……」
店員さんに言われるがまま私たちは精油が売っている方へ誘導される。即座に会話へ対応する梨琉に私は心の中で称賛を送った。
勧められたオイルはペパーミントで、コットンに染み込ませて枕元に置いたり、お風呂に入れて入浴すると良いらしい。あまりにも知らない世界だった。隣で梨琉は目を輝かせている。
「紗葵ちゃんこれどう?」
ペパーミントの精油を手にとって梨琉は振り向いた。値段よりも、そのお洒落さに見合った生活を送ることができるかどうかの心配が勝る。
「いい香りでQOL上がるらしいよ」
「そう言われると欲しくなってくる……」
「冬って気分沈んじゃうからね」
「買おっかな? 梨琉はどうするの?」
「紗葵ちゃんが買うんだったら、私もお揃いの買う!」
梨琉の選んでくれた、梨琉と同じものが、私の生活に溶け込む。そう考えただけで、悩む余地はなかった。




