表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界研究会へようこそ  作者: すあま
経験値は個体によって変動するか
22/36

経験値の定義

 長代(ながしろ)先輩が実験計画に悩んでいると言うので、その日以降、計画が決まるまで私自身も仮説について考えてみた。


 先輩の言う通り、種間で経験値が統一されているというのは直感に反する。先輩の言うみたいに、お婆ちゃんと鍛え上げられた格闘家なら後者と戦う(まずお婆ちゃんと戦うってなんだ)方が絶対強くなれるはず。この違いが均一化される理由を見つけなければならない。


 おかしいなと思うところはたくさんある。先輩が述べたように個体間で得られる経験が同じなのはもちろん変だけど、それだけじゃなくて、冒険者目線でも不思議な点が生じている。


例えばあの悪魔を倒すとして、初めての戦闘は使ってくる技や立ち回りがわからないから、突破するのにそれ相応の苦戦を強いられるはずである。一方で2回目以降はその魔物に対するセオリーが確立されるから、倒すのがグンと楽になるはず。


つまり初回だけはその魔物特有の戦い方まで獲得できるので、2回目以降に対してもっと多くの経験が経られるはずなのである。数値上でいえば、初回討伐ボーナスのようなものがあってもおかしくない。だけど毎回経験値は同じなのだ。ここへの説明を与えなければならない。

 

紗葵(さき)ちゃん、疲れてるかな?」


 愛嬌の込もった声が私を異世界から図書館に引き戻す。勉強しないで、ずっと異世界のことを考えていたら、一緒に勉強している梨琉(りる)に心配をされてしまっていた。


「ごめん、考え事してた」

「難しそうな顔だったけど、なにか悩みごと?」

「ううん、全然。そんな重いことじゃないよ。くだらないこと考えてた」


 そっか〜、と梨琉(りる)は私の目をまじまじと見つめて、私の心を落ち着かせる笑みを向けてくれる。今日も梨琉(りる)と図書館で会えているというのに、せっかくの機会を無駄にしてはいけない。梨琉(りる)の小さな手がノート上を走らなくなっているのを確認して、私は口を開いた。


梨琉(りる)、今まで色んな人と喋ってきたと思うけど」


 純粋無垢なその顔は、私が何を尋ねようとしているのか分からなくてピュアに疑問符を思い浮かべているように見える。


「同じ人間同士だけど、やっぱり交流で得られる経験って人間ごとに違うよね?」

「同じ……人間……?」

「ああ、ごめん。種が同じだけどって意味。……犬とかサルとかと、喋ることもないだろうけど」

「野良猫は声かけると結構こっちに来てくれるよ! おいで〜、って言うとニャー、なんて言ったりして」


 梨琉(りる)の高い声で発した猫の鳴き真似に、どこかドキッとしてしまう。


「あとねあとね、水族館とかでたまに手振ったら、お魚さんこっちくるの! 向こうからは見えてないらしいけど、なんだか嬉しくなっちゃう」


 水族館で水槽相手に手を振ってはしゃぐ梨琉(りる)を想像して、可愛いなあとつぶやきそうになる。私より人生苦労してそうで、頭も良いだろうに、垣間見える梨琉(りる)の幼さが愛おしくて仕方ない。


 ……何考えてんだ私は。


「あっ、話そらしちゃった!?」


申し訳なさそうにする梨琉(りる)に対して、私は咳払いしてから話を元のレールに戻す。


「いや、大丈夫。元の話で言ってたのはね、例えば、私と喋るのと、……えー、望野さんや酒井? と喋るのとで、やっぱり梨琉(りる)が得る経験って違うのかなあ、っていう」


 雑に私は周囲の名前を挙げる。


「経験かあ……難しいねっ」

「ちゃんと定義付けできてなくて申し訳ないんだけど」

「私は、紗葵(さき)ちゃんほど望野さんや酒井くんお話したことないし、感情って意味では紗葵(さき)ちゃんとお喋りしたあとが一番楽しいかなっ!」


 そうか。やはり人の間でもそういった差異を感じられるのか。その『違い』の根源にあるものがなにか知ることができれば、経験値が『同じ』である理由にも近づけそうな気がする。梨琉(りる)が正直に答えてくれるのに甘えて、私はさらに追求したくなった。


「私だけ違う理由って何だろう?」


 梨琉(りる)からの返事はすぐには返ってこない。1人だけ違う理由をはっきりと言語化するのは困難だと思う。梨琉(りる)のヒントになればいいと思って、思考を刺激できそうな観点を並び立ててみた。


「それって経験の順番に依存するのかな? それとも相性とか? 得られた経験で変わるのかな? ……そもそも、私と梨琉(りる)だけで経験できることってなんだろう。梨琉(りる)って、まだ経験してないこととかある? その初めてを、私とだったらできる気がする?」


 そっか、経験の観点から仮説を考えれば、同じ人間で得られる経験が違う理由を納得できるはず。異世界はレベルアップが経験の指標だから、種間でも経験が変わらない。つまりレベルアップの定義付けができれば……。


 そこまで思考を巡らせて、梨琉(りる)が目を泳がせながら言葉を詰まらせていることに気づく。


「あの……紗葵(さき)ちゃんの言ってることは難しくて……私そこまで積極的になれないけど」


 梨琉(りる)は椅子ごと私の隣に来て、肩が触れ合ってしまいそうなほどに近くなる。


「こ、こういうことならできる、かな……?」


 小さな梨琉(りる)が、吐息を感じられる距離で私を上目で見つめたときに、私は自身の発言を全て思い返して、それを聞いた梨琉(りる)がどういう思考でこの行為に及んだのかを考えて、頭の中を論理とは全く反対の感情が支配し始めた。


「いや、ぇっと」


 情けない声が漏れる。


「勉強……こんなんじゃ集中できないね」


 囁く梨琉(りる)。綺麗な目を、ずっと見つめていたくなる。何かを考えて拍を刻んでいる彼女の指が、コツン、と私の指に当たった。そのタイミングでお互いに目を合わせる。部屋が寒いせいか、指も冷たい。


 どちらかが手を開けば指が絡まりそうなくらいに、手が、腕が、体が近くにある。


 自分の中に渦巻く感情を認めるのが怖くって、私は思わず立ち上がった。


「……っ! ダメ。勉強が進まなくなっちゃう」


 あくまで梨琉(りる)を否定するつもりはなく、『勉強というゴールに向かわなきゃ』という意図を込めてそう発した。幸いにも彼女は悲しい顔は見せないで、「そ、そうだよねっ!」と立ち上がった。そのまま元の席に戻る。


「な、なんか私変なこと考えちゃってたみたい……。えへへ。経験したことないっていったら……んー、そうだ! バンジージャンプとか、スカイダイビングとか! 私やったことないよっ!」


 笑いながらまくし立てる梨琉(りる)に、無理矢理追いつこうと「私も」と食らいつく。「そういうことが聞きたくてさっきの話題を振ったんだよ」と言わんばかりに。


 落ち着いてから椅子に座ったら、梨琉(りる)は何事もなかったみたいにノートと向き合っていた。ここでもう一度目があったら、「馬鹿なことしちゃったね」なんて笑い合って、会話を続けられたのになあ、とか考えて寂しくなる。


 そっから再試に向けて何を学んだのか全く記憶にない。冷房の効いた図書館で、今日だけはカーディガンが要らなかった。



 その日は昼下がりから6コマ連続でアルバイトの授業が入っていた。


「生徒ごとの経験値かあ」


 『同じ種の魔物を討伐し続ける』という異世界におけるケースは、『多くの生徒の相手をする』というケースに置き換えることができる。小学生と高校生を相手するのでは得られる経験値が絶対に違うはずだし、同じ高校生でも学力によって変わるはず。時雨さんに生徒ごとでどう変わるかを休憩時間に尋ねてみる。


「授業しやすい子とそうでない子はもちろんいるんだけど、そんなに大きな差はないかも〜?」


 質問には、想定外の返事がきた。


「授業しやすい子は自分のやり方をフルで発揮できるから、長所だと思っているところの粗探しができて授業がさらに洗練されるし、授業しづらい子は……当然新しい発見があるから成長できるかなぁ?」

「始めたばっかりの頃と今ではどうですか。慣れない時の方がたくさんの経験を積めるかなあって思うんですが、変化とかありますか」

「達成感とか、具体的に覚える業務や振る舞いは初期の方が圧倒的に多いよ。でも〜、小さな生徒の問題に気づくとか自身の客観視は、慣れてきてようやくできるようになるから、授業前と授業後の成長比でいうと今も昔も変わらないかなあ。なんていうんだろ? 1回の授業にたくさんの経験が転がっているはずだけど、初めてのうちはそれを拾い切るキャパがない、って感じになっちゃうのかなあ」


 割と参考になる話をふんわりした声に乗せて時雨さんは教えてくれた。加えて、異世界での事象と結構通ずるところがある。色んな『生徒』を相手していても、結局得られる経験値量に変化がないのは、異世界の魔物狩りと同じだ。


そして経験値が変わらない理由として、『慣れていていてもそれ相応の準備をするから』『熟練でもそれゆえの新たな発見が得られるから』という2つの根拠を得た。つまり長代(ながしろ)先輩の仮説を立証したければ、少なくともこれら2つを満たす条件下で実験する必要が……。


「難しい顔してどーしたのさーちゃん!?」


 話それでお終い〜? と時雨さんは私の肩を揺らす。


「すみません。考え事してて」

「急に真面目な質問してから考え込むから、不安になるじゃんかぁ。ハッ!? もしかしてさーちゃん……」


 時雨さんはわざとらしく真剣な顔を作って悩んでいるフリをしてから言った。


「ココ、もう辞めようとしてる!?」

「ええ……」


 どうやらあらぬ勘違いを生んでいるようだ。


「塾講なんかじゃ社会経験にならないと思って、他のところに行こうとしてる!? ガクチカ書くために他のバイトも経験したいと思ってる!?」

「え、いや、そんなことは……」


 そもそも、私院進学の予定ですし、と言ったら時雨さんは安堵の表情を見せた。


「そっかあ、理系だからそうだよね」


 『理系だから院進学』はあまりにも安直なんだけど、私自身は高尚な理由なんかなくて本当に周りと同じ理由でそうするつもりだったから、黙って頷いた。


「むしろここは続けたいです。時雨さんみたいに一緒に居て落ち着く人、なかなか出会えないんと思うんで」

「可愛い後輩だなあさーちゃんは!! ほらお姉ちゃんがよしよししたげる」


 時雨さんの胸に包まれて頭を撫でられる。これが目的で褒めたつもりは毛頭ない。本心から感謝を述べたつもりだったし、抱きつかれてようやくこの人の過剰なスキンシップを思い出したくらいだ。


「安心したあ、ほんとに。帰省ついでにさーちゃん消えたら私ショックすぎるし〜。そしたら今日が最後になっちゃう」

「ないですよさすがに。辞めるとしても絶対連絡してからです」

「最初は私に相談してね! 校舎バラバラになっても絶対!」


 そんな感じで喋っているうちに授業3分前になって、各々生徒の元へ向かう。


 時雨さんが言ったように、私は今日のバイトを最後にしばらく地元へ帰省する。もちろん、シフトは予め調整しているし、長代(ながしろ)先輩にも伝えているから、バイトやサークルには影響がないのだけれど。


 梨琉(りる)には詳細な日程を伝えていないなあということを思い出して、なぜかそれがバイトの終わる22時まで心に引っかかり続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ