先輩と梨琉
私は、長代先輩の実験に協力するためにミクとカナを誘うことを決めている。ただ、梨琉にとってそれは想定外だろうから、確認する必要があると思った。
『ミクとカナもさ、誘っていい?』
また返事がすぐ返ってくる。
『いいよー! たくさんいた方が楽しいし! みんなで何かするのかな?』
自分で確認しておきながら、私は梨琉が即座に承諾したことにどこか残念だという気持ちを抱いてしまう。
『本当にいいの?』
『うん。どうして?』
『だってさ、2人は、私たちに嘘ついてるかもしれないじゃんか。あんまり、よく思われていないのかなって』
『でも、一緒に遊ぶことはできるよ! 私たちから楽しく接したら、2人も私たちのこともっと好きになってくれるんじゃないかな!』
「それは……」
私は思わず呟く。
梨琉は私に対して底抜けに優しくて、でもそれは彼女の性質に由来した優しさだから、当然他の人にも適用される。……たとえ敵となりうる可能性がある相手であっても。
私の中ではてっきり、ミクとカナvs私と梨琉みたいな構図ができあがっていたけど、そんな幼稚なことを考えているのは私だけだったみたいで、梨琉はできれば4人で仲良くなりたいと思っている。私と2人だけになることを望んでいる訳ではない。
梨琉は、誰にでも優しいんだな、と結論つけて、1人で苦い思いをする。
3限の講義室につくといつもみたいに梨琉とその周辺にグループが形成されていて、私はそこにいるミクとカナにサークルの件をやんわりと伝える。2人には直接でも話しかけやすい。途中、男連中が俺も俺もと割り込んできたがすべて断っておいた。
◆
『ある程度メンバー集まりました! また予定決まったらすぐ教えます』
3限開始時にこんな感じのメッセージを長代先輩に送っておいた。授業の中盤辺りで通知が来る。
『理上さん、ナイス』
続けてもう1件メッセージが届く。
『歓迎のために軽食とか用意したいだけど、みんなってお酒飲むのかしら?』
どうやら長代先輩は今買い物に出ているらしい。日中にあの部屋を空けていることに驚いた。
『私以外未成年ですよ』
『そう。ならソフトドリンクにするわね』
『そもそも集まるのお昼じゃないですか!』
ツッコミに既読はつかない。しばらくすると、返事の代わりに画像が送られてきた。
片手に持った清涼飲料水を顔に寄せて、前かがみになり上目遣いでカメラ目線をして少し困ったような笑顔を見せる長代先輩……。すなわち、それは比較的強い自己愛に基づいた『自撮り』であった。
『どう? メイク変えてみたんだけど』
私は返信に困る。いや、自撮り自体は、ルックスに秀でた彼女らしく最高に綺麗だった。ただ普段の振る舞いからそんなことをする人だとは思えなかったので、ボケているのかと思って素直に受け取るのが憚られた。意図を掴みかねていると、さらに連絡が来る。
『これで私も1年生に混ざって違和感ないかしら』
私は笑いそうになってしまう。画面を見ながらニヤけているところを周りの学生に見られていないかドキドキした。
長代先輩は私の年齢イジりを気にして、さらに可愛くなる努力をしていたらしい。この人は1度傷つけられた名誉は全力で挽回しにくる人らしい。これほどの美人の画像もレアなので、送られてきた自撮りは保存しておいた。
◆
テスト当日まで、残り2週間。学部グループではたくさんの過去問や解答が共有され、受験期ぶりに机と向き合う時間が多くなってきた頃、予定の日はやってきた。
あれから4人で話し合って、長代先輩のサークル『異世界研究会』へは、テスト会当日に向かうことになった。講義室へ向かって、糖分を補給してから梨琉の家で夜勉強する、というのが4人で決めたプランになる。
「楽しみだなあ、紗葵ちゃんの先輩に会うの」
ミクとカナは遅れてくるというので、私は梨琉と2人で講義室に向かうことにした。隣の梨琉が、長代先輩の素性について色々尋ねてくる。答えられそうな範囲で答えているうちに、梨琉の中で先輩は「変な美人」ということになった。すなわち私の中の彼女像は第一印象から成長していない。
「紗葵ちゃんはその変な人と普段どういう会話してるの?」
梨琉が首をかしげる。なんだろうな。基本的には彼女の仮説に耳を傾けている気がするが、何か特定のトピックについて話し合っているとすれば、異世界にいる例の少年以外は特に思い浮かばない。
思えば、私は長代先輩の素性についてそこまで詳しくなかった。
講義室のドアを開くと、いつものモニターを眺めながらコーヒーを飲む先輩……ではなくて、机に笑顔で軽食を並べる先輩の姿があった。
「あら、理上さん、おつかれさま。それに、……はじめまして、甘城さん」
直感が、「今日の先輩は外行き」だと私に教えてくれる。
「先輩、おつかれさまです。……梨琉、この人が、私のサークル––––2人だけだけど––––の先輩、長代桐華さん」
「はじめましてっ! お会いできて嬉しいです。私、紗葵ちゃんのお友達の甘城梨琉って言いますっ!」
ぺこり、と小さな梨琉は長代先輩にお辞儀する。
「……あと2人はどうしたの?」
「遅れてきます」
「そう。……甘城さん、ここは緩いサークルだから、もし気に入ったらこれから顔出してみてね。何かジュース飲む?」
「ありがとうございます、|桐華さん《・・・・》! そしたらりんごジュースで」
梨琉の「桐華さん」に長代先輩は動じることなく微笑んで返した。まあ長代先輩は私とコミュ力が違うだろうけど。それよりもここまで外面を作れるなら、私のことも拉致せずに優しく迎え入れて欲しかったなあと思った。
「理上さんも、勝手に飲み食いしてくれていいわよ」
「はーい」
「2人は、普段ここでお喋りしてるんですか?」
スナック菓子の山から袋を選別しつつ梨琉が言う。私は長代先輩と目を合わせて、なんとなく彼女が喋りそうだったので譲る。
「いつもは研究の話をしているの。2人にしか知らない世界があって。……ね?」
「ふ、2人だけの世界っ……!」
驚く梨琉を尻目に長代先輩は私を見た。なんだこの人。
「梨琉、先輩は適当なことばっか言う人だから、あんまし気にしないで」
「あたしは考えて発言したことしかないわよ」
「ね、梨琉。変わってる人でしょ」
「でも、紗葵ちゃんと桐華さんって似てるとこあるかも!」
「それってどういうこと!? 私こんなに変じゃないよ」
「そうよ甘城さん失礼だわ。理上さんはあたしなんかよりよっぽど変わってるもの」
「あはは……」
梨琉は笑うだけで否定しなかった。
「紗葵ちゃんと桐華さん、すっごく仲良しなんですねっ」
ジュースを飲みながら梨琉が言う。ストローで飲んでいて長代先輩よりも可愛い。
「そんなことないよ」
「甘城さん、ご名答ね。そんなことあるわ。理上さんはしょっちゅうあたしに会いに来るもの」
「暇ですから」
「愛されると大変だわ」
私はそれ以上答えなかった。梨琉が隣で、「紗葵ちゃんから聞いていたよりすっごくいい人だねっ」と笑顔で言った。
それから長代先輩は大きなモニターに自分の自撮りを投影したり、いかに自分が高尚で美しい人間かということについて喋り続けた。梨琉はひたすら「桐華さんすごいっ!」と目を丸くしていた。
ミクとカナが遅れてやってきて、驚くべきことに全く同じことを2人にもやってのけた。2人には大ウケしていた。
サークル新歓は大成功だった。長代先輩はしっかり1年生に紛れて盛り上がりつづけた。特に印象に残っていたのは、彼女がミクと化粧品のブランドについて盛り上がっていたことと、カナと最近流行りのインフルエンサーについて1つのスマホを共有しながら見ていたこと。私よりもよっぽど仲良くなれそうに見える。
新歓が終わる最後の最後まで、長代先輩は異世界の話を一切しなかった。




