決意
「優秀な人が脱離することを証明するんですよね?」
「ええ」
「どうするんですか。……認めたくないですけど、私は追放されるほど優秀にはなりきれないですよ」
「分かってるわよ。あなたは当然モブ側」
私は自虐したことを後悔する。そういえば長代先輩はフォローなんかするタイプの人間じゃなかった。
「てっきり私が恵まれてなさそうな集団に潜り込んで脱離させられるのかを確認するのかと」
「それでも良いのだけど、理上さんはいま優秀を演じるほど『社会貢献ポテンシャル』持ってなさそうだから」
「その仮説は否定されたはずでは」
「まだ一回しか実験してないでしょ。……で、そんなことより今日の話。あなたをモブ側だとして、脱離させられる優秀な人間と、その代わりになるほどよく優秀な人間はもう絞っていて」
「誰ですか?」
私と直接関わりある中で優秀な人間など数えるほどしか、それも長代先輩の知っている範囲となると殆ど同定されたようなもので、その該当者を思い浮かべたとき嫌な予感がしたが、先輩は平坦な抑揚のまま話を続けた。
「脱離させられる超優秀な人間は当然、このあたしで、ほどよく優秀な人間は……あなたの大好きな甘城さんね」
「はあ」
状況を思い浮かべてみる。仮説が示すシチュエーションに私たちを当てはめるとするならば、以下のような状況だ。この『異世界研究会』ではすでに優秀すぎる長代先輩のせいで極性が生じていて、私は多少の不満を抱いている。そこに梨琉を入れると、私は梨琉といるほうが心地良いということに気づく。ゆえに、『異世界研究会』から長代先輩を追放する。これが想定される未来になるはず。
「なんか考えているみたいだけど、何するか想像できた?」
「梨琉をこのサークルに連れてこい……ってことですよね?」
「そう」
梨琉をこの変人に会わせるのは甚だ申し訳ない気持ちになった。
「なら、たぶん想像できてますけど……これって成り立たなくないですか? だって、実験に参加する私が内容を知ってしまってるから、仮説を立証させたいかさせたくないかで私が行動を変えることできてしまうじゃないですか」
梨琉がこのサークルに入ったとしても、私の中には『所詮これは実験だ』という先入観がある。だからどちらに対しても追放しようなんて気分になれないし、万が一そういった感情が湧き上がっても、どちらを邪険にするのかは『仮説を立証させたいかさせたくないか』という私の意思で変化させることができてしまう。つまり実験条件が成り立っていない。何も知らされていない人間が長代先輩と梨琉の間に挟まれるべきである。
「もちろん。だからモブ側にはもっとたくさんの人を呼びたいと思っているの。実際、有機化合物の炭素原子もパーテイのモブもともに集団内の多数を占めているから」
「ツテがあるんですか」
「あなたの学部友達を連れてくるのよ」
「えっ……」
「6月中旬に色んな人と喋ったでしょ?」
長代先輩が言っているのはこの前の『エネルギー放出期間』のことだ。
「ま、まあそうですけど……」
「彼女らを連れてきて、この『異世界研究会』をもっと大きなものにしましょう。そうしてしばらく人間関係の動向を伺って、年上でかつ頭の良いあたしが追放されないか観察するの。現代日本で追放レベルの野蛮なことは起きないでしょうから、……そうね。飲み会であたしだけハブられるとか、裏ですっごく悪口を言われるとかしたら、仮説の立証ね」
おおよそ実験内容は理解する。さらっと自分を『頭の良い』と形容したことは一旦スルーする。
「いったんわかりました」
「他の子呼べそう? そもそも甘城さんとかも呼べる?」
「そこは努力しますけど。……ていうか先輩」
湧き上がってきた疑念を私は述べる。……長代先輩を茶化す意味合いも込めて。
「なに?」
「もしかして、後輩と喋りたいだけだったりしません? この講義室ずっと2人だから、私を利用して若い子と戯れようと」
「……」
「先輩友達いないんですか?」
「理上さん。あなたは2つ間違っているわ。……まず、あたしには友達がいる」
「それは失礼しました」
「あと、あたしもまだ若いから。若い子と戯れようとしているってのはおかしいわね。若い子同士遊びたいのよ」
私は黙ったまま先輩と1.5秒くらい見つめ合った。
「……とりあえず、人は集めてみますね。努力します」
「ええ、よろしくね」
荷物を持って部屋を出る。出てから少し講義室を覗き込んだら、長代先輩はスマホを鏡代わりにして真剣に自分の顔と眺めていた。美人なのも自覚していると思ったから年齢イジりを気にしているのは意外であった。今度会うときは口に出して容姿を褒めてやりたいと思う。
◆
「紗葵ちゃん、サークル入ってたのっ!?」
1週間に1度、確実に梨琉と直接会えるドイツ語の授業。授業前の時間を利用して、講義室への誘いをかけてみる。理由は、『うちの先輩が今さら新歓したがってて』。
「サークルっていうか、2人しかいない、変なコミュニティなんだけど」
「なんて名前のところ?」
「ぁ……」
『異世界研究会』というのを、ここで口に出すのは恥ずかしくて憚られる。
「あっ、ごめんね! 言える範囲でいいよ! 紗葵ちゃんが何やってるのかなあって」
雑に言葉を詰まらせたせいで、言えないことをやっていると思われてしまった。実際、『異世界の研究してます』なんてアニメや漫画同好会の1種だと思われても仕方ないし、説得力をもたせるには長代先輩と話してもらうかモニターを見せるしかない。
「研究……、そう! 研究をしてるんだけど、その、守秘義務とか、あるから、直接来てくれたら色々話せるかも」
私は最近覚えた研究倫理に関する単語で自己を護った。
「え〜すごい! 1年生から研究……! 紗葵ちゃん、頭良くてすごいなあ」
会ったばかりの頃における物静かな印象と、かつての勉強会、そして誤魔化したサークル内容のせいで、梨琉に映る私はどんどん勤勉に近づいている。真面目だと思われるのは全く嫌じゃない。ただ実際は怠惰な人間だから後ろめたさを感じて辛い。
梨琉は私への間違った憧れを抱いたまま話を続ける。
「私ね、テストで点とれるか不安で……。今度さ、2人でテスト勉強しようよっ。誰かに見られてる方が、私集中できそうだし」
心臓が跳ねた。どうやら勘違いが奇跡を生み出すこともあるらしい。「お菓子パーティーもまだやってないから!」と彼女は微笑む。
私は即座に2つ返事で了承した。言ってから食い気味でなかったか心配になった。
それから2人でいつ集まるか予定を確認して、できればどちらかの家に行きたいなあと言った辺りで授業が始まる。
講義室に来てもらう日を決めるのを完全に忘れてた。
◆
「紗葵と梨琉、勉強会すんの?」
授業を終わらせると、後ろから声がする。ミクだ。カナはスマホをいじっていた。
「うんっ! 私がテスト不安だから紗葵ちゃんに教えてもらおうと思って!」
間髪入れずに梨琉は答える。カナが楽しいそうじゃん、と呟いて、その流れのまま会話が盛り上がっていく。3人が盛り上がっている一方で私は綱渡りをしているような緊張感に包まれた。
あの夜––––2人が私達の間柄を乱そうとしていることに気づいた時––––以降も、私はミクやカナと話すことはあった。前ほど私の前で梨琉のことは悪く言わなくなったし、彼女らのコミュニケーション能力が高いから会話していて不快になることはない。梨琉との関係もそうみたいで、3人は今でも一緒にこのドイツ語の授業に来ているし、他の授業なら近くに座ってよく会話している。
それでも、4人で集まるこの瞬間だけは辛かった。2人は、私と梨琉にそれぞれ嘘をついて、どういう気持ちで私達と話しているのかが予測できない。笑顔の裏で何を考えているか分からない。「『梨琉が私の悪口を言っている』なんて嘘をどうしてついたのか」と追求すればスッキリするだろうけど、私はまだ踏み込めないでいる。
「そしたらウチらも行っていい?」
そんな心配ごとをしていたら、ミクの一言が私を一瞬で現実に引き戻した。2人とも、笑顔のまま表情が崩れない。
「どーする? 紗葵ちゃん?」
あの夜表情を曇らせていた梨琉とは全く別人で、彼女は私に笑って問いかける。即座に返事をしなければ、という焦りがなおさら判断を鈍らせる。
本音では、もちろん『ノー』。だけど。
「そしたら、4人で集まろっか。その方が楽しいし」
私は気づけばそう口走っていた。雰囲気に抗う返事ができない自分が、情けない。
一瞬の間を置いて、梨琉が「だってさ!」と2人に言う。
結果的に、テスト勉強会は私、梨琉、ミク、カナの4人で集まることになった。
決定してから考える。どうせなら、この場を利用して、今度こそ2人が私たちをどうしたいのか問い詰めようと思う。それで嫌われているなら仕方ない。不確定な状態は心地が悪いから、その場で絶対にケリをつけようと、私はそう決意した。




