自分なりの貢献
発言が重なったことに気づいて、彼女は目を見開く。
「ご、ごめんね。……紗葵ちゃんなんて?」
「あ、えっと、あれ。……彼氏とか、その、いるのかなあ、って」
「私はいないよ」
真面目な顔で彼女はそういう。カナのモノマネより、何倍も愛らしい顔と声をしている。
「2人がさ、言ってたから、気になって。それだけ」
「そか……」
そんなこと言ってたんだね、と梨琉は小さな声でつぶやいた。
「梨琉は、どうして?」
ちなみに私に彼氏なんているわけないけど、と付け加えて彼女に問う。
「紗葵ちゃん、最近すっごく可愛いから!」
私は梨琉の方を見ていられなくなる。色んな人にたくさん言われたけど、やっぱり、学部の中心に居た(とかつて思っていた)人に言われるのは心地よい。だから梨琉に褒められると他の人より嬉しい。
「色んな子と喋ってるから、誰かとお付き合いしてるのかなあとか。ほら、友達のそういう話聞くのって楽しいし……。でもさすがに恋愛脳すぎたねっ!」
自虐も込めて梨琉は笑う。色んな人と話してたのは、今週たまたま機会が多かっただけだよ、と私は微笑んで返す。
それからだらだら話すうちに、私のマンションへ着いた。短い帰路だ。
「そしたら、また今度ね」
梨琉はマンションを見上げる。紗葵ちゃんここに住んでるんだね、と彼女が言って、私はうなずく。もっと聞きたいことはあったけど、できる範囲で、わだかまりはある程度解けたように感じた。
「紗葵ちゃん、1つだけいいかな?」
駐輪場に向かおうとした矢先、明かりに照らされていない梨琉が口を開く。
「あのさ。ミクちゃんとカナちゃんがね、『紗葵は梨琉の悪口を言ってる』って話してたんだけど」
てっきり挨拶かなにかされるものだと思っていた私は、梨琉の言っていることが分からなくて、息が止まりそうになる。
「……その、ダメなところがあったら、直接言ってほしいな。私、直すから」
視界が歪む。全身を中に小さい虫がいるみたいな、内側から掻き乱される心地悪い感覚が私の中を走って、寒気がする。
「私、たぶん、ダメなところたくさんあるんだよね。あはは……」
かけてやりたい慰めはいくらでもあったのに、私は正義のヒロインを演じきれるほど強くなくて、今の状況に対処できるほど大人じゃなくて、ただ、梨琉の発したことは否定しなければならないという義務感に駆られる。
「梨琉が信じてくれるならでいいけど、私は梨琉の悪口なんて言ったことない。……それに、梨琉はそんなダメな子じゃないと思うから」
私の思ったより、梨琉は表情を大きく変化させない。
「じゃあ、2人が私に嘘、ついてたのかな……?」
その線が、一番濃い……と思う。彼女らは私にも同じようなことを言ったから。けれど、私は「そうだ」と言い切れないで、「今度2人に聞いてみよっか」とはぐらかすのが限界だった。その弱さの根源は自分じゃ見つけきれない。
「それだけ……知りたくて。……クッキーもね、私は2人で食べたかったんだけど、紗葵ちゃんが私を嫌ってるかもしれないのが怖くて、嫌いだって言ってたチョコをこの前食べてたから、やっぱり距離おかれてるのかな、とか、変なこと考えすぎちゃって。……なんか恥ずかしいね」
「でも、スッキリしたから良かった!」と、梨琉は私に手を振って、自転車にまたがった。
「梨琉……っ!」
遠ざかる彼女に対して、反射的に私は彼女の名前を叫ぶ。夜遅くに暗闇で何やってるんだと自分に対して思いつつ。
「今度はお菓子、一緒につくろ! あと、時間あったらさ、ご飯とか行こ!」
自転車を止めた梨琉は振り向いて、私に笑顔を向ける。何か言ってくれているけれど、ギリギリ聞こえない。そのまま彼女は角を曲がって、見えなくなった。
柄でもないことをやってしまった6月の夜は、とてつもない量の汗をかく。
◆
翌週の月曜日。私は2限終わりに長代先輩のいる講義室へ向かう。私の放出したエネルギーがどれくらいだったかを報告するために。
「正直、特に変化はなかったです」
私はありのままを伝えた。何かグループの構成が大きく変化したとかでもなく、梨琉は相変わらずミクやカナと会話していたし、2限のときの席配置もいつもどおりだった。
先週色んな人と会話していたことが嘘みたいに、2限の私は誰にも話しかけられなかったし、勉強会が継続的に開かれることもなく、むしろすべてが2週間前の状況に戻った。
「エネルギーが足りなかったのかしらね」
「先週は、たくさんの人と会話できたんですが」
「あたしがメイクしたからじゃない?」
「いやいや先輩。私月曜日から新しい友達作ってましたし、勉強会まで漕ぎ着けたのは私の勤勉さが招いた結果です」
「でもその影響は長期的でなかったと」
「……はい。そもそも私がちょっと力入れたからってそんな急にモテませんよ」
「何言ってるの。あなたくらいのちょうど足りないルックスが一番ウケるのよ」
長代先輩はまた褒めてるか分からないような、いや、たぶん悪口を言った。
「……とにかく、エネルギーに相当すると仮定した影響力は観測されませんでした。先週は私が全力だったから、私視点で世界の見え方が変わっていただけかもしれません」
「仕方ないわ。観測者の影響を完全に排除することはできないから」
仮説が立証されなかったにも関わらず、長代先輩はあっさりだった。前回もこんな風だ。彼女は、黙ってモニターを眺め始める。
例の少年を見る。ギルドのようなところで、仕事を依頼されて受注を検討している。……彼ほど、私は周りへの影響力を有していなかった。長代先輩の仮説に基づけば、私は”選ばれなかった”側。それでも。
「じゃあ、私そろそろ出ますね」
「あら、3限あるの?」
「まあ、それもあるんですけど」
通知を確認する。『門の前で待ってるね!』という、梨琉からの連絡。
「––––友達と、お昼ごはん食べる約束してて」
それでも、私が選ばれなかった側だとしても、1人との関係性を発展させられたのだから、上出来のように思う。




