伝えたいこと
家のベッドの上で、望野さんに伝えられた事実を何度も確かめる。
–––––『理上さんに作ってきたけど渡せなかったと言っていました。……変な話だし、変な子』
尚更、梨琉のことが分からなくなってくる。彼女は異世界と同じくらい謎が多い。
考え事をしていると、長代先輩から現状を尋ねるメッセージが届いた。
『今日の大学はどうだった?』
いつも通り、私の活動記録を知るためのメッセージ。
『普通でした』
『それって、エネルギー放出できてるの?』
『勉強会に参加しましたよ。喋ったことのない人とも話しましたし』
『ならいいわ。明日は最終日だから、溜めたポテンシャルはすべて出し切りましょう。あなたの行動で異世界の謎が分かるかもしれないの』
『頑張ります。何か追加でやることはありますか』
『いえ、特に』
意外だった。学業と向き合うことから始め、身だしなみだったりコミュニケーションのことまで言われてきたから、長代先輩なら最終日に向けて雑な試練を送り込んでくるものだと思いこんでいた。……また変な刺客を送り込んでくるとか。
『強いていうなら、思い残すことのないくらいに全力で色んなことと向き合ってみてね。あなたはいま、学部内にエネルギーを与えるはずの存在。それが不十分だった観測者のあたしは納得いかないわ。電気ケトルのスイッチを入れたのに、水が60度とかだったら気持ち悪いでしょ』
全力……の言葉が引っかかった。少なくとも先輩に言われたことは全部真剣に取り組んでいるつもりなのに、どこか、やり残していることがある気がする。火曜日にヘマしたアルバイトだろうか。だったら明日はミスのないようにしよう。
それくらいしか、平生の私が取り組んでいるものはないはずだから。
◆
金曜日も、エネルギー放出期間らしく真剣に授業へ挑む。何事もなく授業は終える。
前回、上の空で失敗しかけたアルバイトも今日は絶好だった。バイト先の先輩には「さーちゃん、絶好調だね」と褒められた。嬉しい。
全力のバイトも終わって、私の平日は終わりを迎えようとしている。現在午後10時。
外に出ると雨上がりの湿気を帯びた風が鼻をついた。面倒くさい天気が続くなあと、お天道様みたいにどんよりする。帰路の途中で1日の疲れがどっと全身を襲う。
先輩の仮説に付き合うまま『エネルギー放出』とやらに躍起になったおかげで、色んなことがあった1週間だった。でもそれも今日で終わる。1週間が終わる。明日は休日。
やり残していることがある感覚がした。
本当に私はエネルギーを放出できただろうか。長代先輩は学部内の変化で評価すると言っていたけど、それ以前に、行動する私自身が全力であった自覚を持てているだろうか。
どうしても、心のわだかまりが解けなくて、その正体は私にとって明らかなはずで。
「……あれ、梨琉?」
ずっと私の頭の中にいた彼女、小さくて、元気なあの子は。
「えっ!? 紗葵ちゃん!? どうしたのこんな時間に」
偶然、帰路途中の薬局から出てくるところで私とすれ違った。
◆
「あそこの薬局で働いてたんだね」
「言ってなかったっけ?」
「はじめて聞いたかも」
「あはは……。言うの忘れちゃってた。紗葵ちゃんの塾とすごく近いね」
「ほんとに。びっくりした」
2人とも自転車だけど、それには乗らないで押しながら並んで歩く。信号が点滅している。走れば間に合いそうだけど、私たちはゆっくりのまま。
「……」
「……」
私は梨琉に会うことを求めていたはずなのに、いざ並ぶと何も話すことが浮かばなかった。そもそも彼女は裏で私の悪口を言ってるかもしれなくて。どうして会いたかったんだろうと考えたとき、ふと思い出す。
「あのさ、梨琉」
「ん?」
「えっと……火曜日さ、ごめんね。クッキー、作ってくれてたのに」
「望野さんから聞いたの?」
「うん……」
「紗葵ちゃん、望野さんとも仲良しだもんね。羨ましいな〜」
いつもみたいに梨琉は笑った。「梨琉も友達たくさんいるじゃん!」とは返せなかった。
「望野さんが、勉強会に誘ってくれて」
「グループで紗葵ちゃん言ってたもんね! 梨琉も勉強頑張らないと……」
「勉強会、来るの難しそうだった? 忙しい?」
「ご、ごめんねっ。参加したかったんだけど、予定があって」
火曜日のパフェにも来られなかったので、意図せず忙しいかを問いただしてしまう。結果的に梨琉に謝らせる羽目になる。梨琉が予定をはぐらかすのが、私の興味を引き立ててもどかしくなる。
「クッキーさ、言ってくれたら、4人で食べられたのに」
「でも、せっかく2人がパフェ行こうって言ってくれたから、そっち優先したほうがいいかなって思ったの」
「梨琉の手作りの方が大事だよ。ミクとカナだって、梨琉が言ったらついてきてくれただろうし」
「そう、だね」
また会話が途切れる。ますます梨琉のことが分からなくなってくる。ただ私は、梨琉が、私の思うほど輝いている生活を送っているわけではない、という確信をどこかで強めていた。
次第に家が近づいてくる。
到着したら、当たり前だけど梨琉とは来週まで話せない。エネルギー放出期間が終わるまであと2時間。気になることはすべて解消するべきだと思った。長代先輩が異世界に対して色んな仮説を立てるみたいに。
黙って自転車を押す梨琉と、ちょうど目があった。私は重い口を開く。
「「彼氏……」」
頭がぐちゃぐちゃになった。––––梨琉も同じことを聞いてきたから。




