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回想 〜 アリアと爆発 〜

いつも読んでいただきありがとうございます!明日も22時に投稿予定です。


――私は爆発が好きだ。


理由はいくつもある。

けれど根っこは、たぶんひとつだ。幼いころの、音と光と、胸の奥を焦がした熱。


あれが私の始まりだ。


 私が5歳の年、辺境は「50年に一度」のスタンピードに呑まれていた。森の奥で均衡を保っていた魔物の群れが、ある日突然、堰を切った水のように溢れ出した。


昼だろうと夜だろうと関係なく、警鐘は鳴り、火は燃え、祈りは風にちぎれた。


 父は騎士団を率いて森へ向かい、熊のように屈強な兄たちはまだ小さな手で剣を握り、少しでも父を助けようと歯を食いしばってついて行った。

母は領民の避難と糧の手配で走り続け、顔を合わせても声をかける余裕のない日が続いた。

私は屋敷にとどめ置かれ、外に出ることを禁じられた。



窓辺に座って、遠くで上がる赤い光を数え、戻らぬ足音を待つ。子どもなりに理解はしていたが、理解は孤独を薄めてはくれない。


 その孤独を切り裂いたのは、ある晩の轟音だった。窓硝子がびりびりと震え、胸の骨まで響くような低い唸りが大地を揺らした。恐怖で布団に潜ろうとして――ふと、カーテンの隙間から覗いた夜空に、私は釘付けになった。


 星を塗りつぶすほどの閃光。重なり合う魔法陣が花のように開き、真夜中の天蓋に鮮やかな紋が咲く。光の花弁はやがて破れ、轟と鳴って夜を引き裂き、森の縁を舐める黒い影を押し返していった。


母の防衛魔法だ、恐ろしい力なのに目を離せなかった。

怖い、のに――綺麗。

胸がきゅう、と絞られて、次の瞬間にはどくどくと脈打ち始める。血が温かくなり、身体の芯に火がつく。


あの一夜で、私にとって「爆発」は、恐怖ではなく救いの色になった。




 それから、もうひとつ。

私は生まれつき、魔力が多すぎた。多すぎるというのは、意外と不便だ。水瓶からゆっくり注ぎたいのに、栓が固く閉まらず、常に水が溢れてしまうようなもの。

意識して止めているつもりでも、指先から、息の端から、魔力が漏れる。眠たいときに欠伸をしただけで蝋燭に火が移り、退屈な講義でペン先が微かに震えただけで、インク瓶の中に泡が立つ。兄の眉毛が半分焦げ、厨房のスープが一瞬だけ煮え立つこともあった。私はべつに、悪気があったわけではない。


むしろ、止めたかった。

けれど、止め方が分からない。



 たくさんの家庭教師が来て、たくさんの「制御法」を置いていった。

数を数える、呼吸を整える、指の関節の角度を一定に保つ、心の中で凪いだ湖を思い浮かべる。どれも、私にはうまくはまらなかった。

湖を思い浮かべた瞬間に風が吹く。数を数えているうちに「次は二百七十九の次だったかしら」と気が逸れる。

私の魔力は素直ではなく、私の集中力もまた、あまり素直ではなかった。


 そんな私に救いを与えたのが、かつて辺境を最前線で守っていたこともある祖母だ。

皺だらけの手で私の額にそっと触れ、最初に言った言葉を、今でも覚えている。


 「爆発した? なら、それは素材と魔力が語り合った証拠だよ。叱るのは簡単さ、でも叱っても素材は黙ってしまう。観察しな。何色で、どんな匂いで、どんな音で爆ぜたのか。ね、記録をつけるんだ」


 祖母は「止めなさい」ではなく「見なさい」と言った。爆発を失敗と呼ばず、対話と呼んだ。私はノートを一冊もらった。表紙に「爆発日誌」と書いて、最初のページに震える字で記した。


「今日、兄の眉毛が半分消えた。焦げた毛の匂い。小さな破裂音。色は薄い橙」。二ページ目は厨房のスープ、三ページ目は自室のカーテン、四ページ目は中庭の枯葉……


ページは笑えるような失敗で埋まり、たまに笑えない叱責で挟まった。けれど、書けば書くほど、爆発は少しずつ「怖い」から「分かる」に寄ってきた。

どうやら私は、感情が昂ると、魔力の流れに余計な渦ができるらしい。退屈でも危ない。気を抜くと、栓が緩む。



 スタンピードの渦中、屋敷の庭にだって魔物は近づいた。ある午後、小さな魔石を拾って、日向で光に透かして遊んでいた。手持ち無沙汰な子どもがやりそうなことだ。指先にほんの少しだけ魔力を流したつもりだった――つもり、は、つもりでしかなく、ぱん、と破裂音がして白い光が一瞬だけ弾けた。茂みの陰で喉の奥を鳴らしていたホーンラビットが、驚いて飛び退いたのが見えた。心臓が跳ねて、足がすくんだ。走って屋敷に戻った私を、皆が叱った。危ない、と。二度とするな、と。私も頷いた。


けれど、胸の奥のどこかで別の声が囁いていた――「でも、あの爆発は、私を守った」。私はその夜、日誌に書いた。「庭。白。乾いた音。草の匂い。ホーンラビットが逃げた」。小さな手は少し震えていたけれど、字はまっすぐだった。



 孤独は、相変わらず私の隣にいた。父も母も兄たちも、体のどこかに新しい傷を増やして帰ってくる。みんな疲れていて、みんな忙しくて、私の爆発日誌をゆっくり読む時間なんて誰にもない。

私はページを重ね、色鉛筆で火花の色の差を塗り分け、鼻で匂いを覚える練習をし、耳で音の高さを比べ、指の腹で振動の細かさを数えた。


祖母は時々やって来て、私のノートに赤い線を引いてくれた。「ここ、良い観察。ここ、気のせい。ここ、たぶん風」。私は褒められると嬉しくなって、さらに実験を重ねた。叱られると、次はもっと上手にやろうと思った。


世界は退屈ではなく、私は少しも飽きなかった。



 そのうち、魔力の漏れ方にも規則があると分かってきた。朝は緩く、夕方は荒い。甘いものを食べると、少しだけ穏やかになる。怒ると一気に栓が吹き飛ぶ。笑うと、意外にも静かになる。


祖母は「じゃあ、笑いながら実験すればいい」と言い、私は笑いながら爆発を起こす訓練をした。兄たちが見に来て、最初は眉をひそめ、次第に苦笑いし、ある日とうとう一緒に笑った。笑うと、本当に爆発は穏やかになった。


私はノートに大きく書いた。「笑って爆発するの、良い」。今読み返しても少し笑えるけど、家族の温かみも感じた日だった。



 スタンピードは、長かった。でも、いつかは終わる。森の黒い浪はしだいに引き、警鐘の音は間延びした。


ある夜、父が扉を開けた。砂と血の匂いをまとったまま、笑っていた。兄たちが両脇で誇らしげに胸を張り、母がその後ろで目を細めた。


食卓に久しぶりに全員が揃い、熱いスープと固いパンと、焼き過ぎの肉。


父は領民が不自由な生活をしている中自分達だけ豪華な食事をとるわけにはいかない、とどれも特別においしいものだったわけじゃないけれど、私はあの晩の味を一生忘れないと思う。


手が触れ合い、笑いが重なり、誰もが少し泣いていた。私は、小さな音で息を吐いた。

胸のなかで、何かが落ち着いた。



世界が、ひとまず終わりから戻ってきた。






そのあとだ。

父は私の魔力のことを真面目に心配し、優秀な師を探してくれた。私も努力した。制御の基本、土台、理論。どれも、頭では分かる。体が、ついてこない。溢れる水は、きちんとした水路にまだ入ってくれない。私の魔力は、相変わらず私の都合では止まらなかった。


けれど私は昔みたいに泣かなかった。爆発は失敗ではなく、素材と魔力が「もっとこうしたい」と喋っている合図だと知っていたから。私はノートを増やし、図面を描き、仮説を書き、検証し、また爆発した。


屋敷の壁は少し黒ずみ、兄の眉毛はしばらく非対称で、厨房のスープはしょっちゅう泡立ったけれど、みんな以前ほどは怒らなかった。


祖母が私の肩を叩いて言った。「爆発が家族を笑わせるなら、それもまた守り方だよ」。私は、そうかもしれないと思った。




 爆発は、私の孤独の退屈を吹き飛ばした。爆発は、私がここにいることの証になった。爆発は、ときどき誰かを守った。

あのホーンラビットのときみたいに。

母の夜空の光みたいに。

たぶん私は、その全部を愛してしまったのだ。



火の色、音の高さ、匂いの温度、振動の粒。ページの数は増え続け、いつしか私は、爆発のなかから「役に立つもの」を拾い上げたくなっていった。爆発は壊すだけじゃない。形にできる。花に、灯に、盾に、橋に――。




もちろん、今も制御は完璧じゃない。

私は大人になっても、感情の栓がふと緩む。徹夜明けはとくに危ない。退屈も危ない。調子に乗るとすぐ危ない。

でも、昔の私と違うのは、危なさの輪郭が見えることだ。どのくらいで吹きこぼれるか、どの手順でなら抑えられるか、どの素材ならこちらの「言い分」を聞いてくれるか。私は爆発と話ができるようになった。いや、爆発の向こう側にいる、素材と魔力の融合する一体感。





 あの日の食卓以来、家族は一緒に笑えるようになった。


父の傷は季節の変わり目にうずくけれど、庭仕事のときには自慢げに捲り上げる。

兄たちは相変わらず熊みたいに屈強で、でも私の実験台を時々買って出る。「眉はもう焼かないでくれ」と言いつつ。

母は忙しないが、私のノートを読む時間を、ときどき作ってくれる。

ページの端にパンくずを落とし、私に叱られ、二人で笑う。


祖母は――もうこの世にはいないが、私が新しいページに「今日の爆発」と書くたび、背中を軽く叩く気配がする。



 そして今。学園で、私はまた爆発と向き合っている。華やかな発表会だとか、廃部の危機だとか、人の噂だとか、そういうものはたしかに現実で、たしかに面倒だ。けれど、私にとって一番は、相変わらず「面白いかどうか」だ。

空に花を咲かせる爆発も、人の営みを守る地味な火も、両方とも私の胸を踊らせる。




あの陰キャの王子が不安げに「危険では」と言うのを見るのも、最近はちょっと好きだ。

彼がいつか、爆発の向こうにある美しさや、静かな実用の価値を、自分の言葉で説明するところを見てみたい。

そうなれば、たぶん私は、彼を観察対象から仲間に格上げする。いや、もうとっくにそうかもしれない。


 膨大な魔力は、今も私の中でたぷんと揺れる。完全に制御できなくとも、私にはノートと、家族と、少しの笑いと、爆発がある。退屈を壊し、世界を開く音。あの夜空を染めた光の花の余韻は、まだ私の胸でしゅわしゅわと弾けている。





 ――だから私は、爆発が好きだ。爆発は、私の言葉で、私の願いで、私の手で、誰かを守る形にできる。あのとき救われた子どもの、答え合わせとして。


 さて、今日のページは何色にしよう。甘いものを少し食べて、笑いながらやるのがいい。王子がまた眼鏡を曇らせるだろうから、布も用意しておく。

爆発日誌、第二百二十三冊目――表紙に小さく書きながら、私はこっそりわくわくしている。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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