朝練と発表会の知らせ
明日も18時に投稿します!
まだ太陽が昇りきらぬ学園の中庭。
薄暗い空気と冷たい朝風が漂う中、エリアスは心底後悔していた。
「……ろ、6時集合など……他の部でも早くて7時なのに…」
半分閉じた瞼をこすり、肩で息をしながら呟く。
寝癖は直しきれず、髪はいつもより余計に前へ垂れ、黒縁眼鏡のレンズが曇っている。
対照的に、他の三人は元気そのものだった。
「さあ、走りますよ」
アリアは淡々と声をかけ、すでにストレッチを終えている。
「美は一日にしてならず。姿勢と体幹を整えるのよ」
セリーヌは涼しい顔で背筋を伸ばし、余裕の笑みさえ浮かべる。
「僕、昨日ケーキ三つ食べちゃったから、今日は燃やすよ!」
レポルトはぴょんぴょん飛び跳ねながら、元気よく準備運動をしていた。
(な、なぜこの人たちは……こんな時間に……こんなに元気なのですか……?)
結局エリアスも半ば引きずられるように走り始めた。
王族用の寮暮らしでずっと机にかじりついてきた彼にとって、早朝ランニングは地獄に等しい。
数分で息が上がり、頬は真っ赤に染まり、とうとう膝に手をついてへたり込んだ。
「……はぁ、はぁ……し、死ぬかと……」
だがアリアは淡々と告げる。
「続けていれば、すぐ慣れます」
「その通り。毎日の習慣が未来の美を作るの」セリーヌは髪を払いつつ余裕の笑みを浮かべる。
「ほら、エリアス様! もう一周!」レポルトは無邪気に手を振っている。
(……わ、私は……場違いなところに来てしまったのでは……?)
そんな不安を抱えながらも…
誰かと一緒に声を掛け合い何かをする、そんな些細なことでも初めてのエリアスは、ほんの少しだけど心が温かくなるのを感じていた。
朝練を終えて汗だくになったエリアスは、重い足取りで学院寮へ戻った。
彼の部屋は「王族用」とされており、他の寮生よりはるかに豪華だった。
広い机、壁一面の本棚、ふかふかの寝具。
食事も特別に用意される。
しかし、彼にとってこの部屋は「贅沢」よりも「孤独」を象徴していた。
けれど最近は違う。
扉を開けた瞬間、すぐに声が飛んできた。
「おかえりなさいませ、エリアス様」
振り返れば、侍女のメイベルがいつものように静かに立っていた。
亡き王妃に仕えていた彼女は、今は通いで寮に出入りし、最低限の世話をしてくれている。
だが、彼女の役目はただの世話役ではないと、エリアスは理解していた。
先日の暗殺未遂――命からがら逃れ、辺境で数日を過ごした後に再び顔を合わせた時のことだ。
そのときメイベルは人前を憚らず、涙をこぼして言ったのだった。
「王妃様の一人息子です。可愛くて、愛おしくて……仕方ないに決まってるじゃありませんか」
普段は冷静沈着な侍女の姿しか見せなかった彼女が、取り乱したように言葉を絞り出す姿。
それは、孤独に耐えてきた少年の胸を深く揺さぶった。
(……そうか。私は……ずっと守られていたのだな……)
彼女は、王妃が結婚する際に生家から連れてきた侍女で、王妃亡き後エリアスが今のように厳しい立場になることを予想していた。
王妃は隣国の第3王女であり、国王に愛されていたものの味方は少なく後ろ盾がなかった。
だからメイベルはエリアスに心も身体も強く育ってほしいと思っていた。
ところが争いは好まず、王妃に似て心の優しい少年に育っていった。
だからこそメイベルはそばを離れず、必要以上に干渉はせずとも、ただ「見守る」ことを続けてきた。
もし自分に何かあれば優しいエリアスのことだ、第二王子派に利用されるのは目に見えている。
だからこそ彼女は「寄り添いすぎない」ことで守ってくれていたのだ。
「……メイベル、ただいま戻りました」
今は人前では以前と変わらぬ距離を保ちながらも、こうして少しずつ心を開けるようになってきている。
孤独に支配されていた寮の部屋も、今では「帰る場所」と思えるようになっていた。
エリアスは、今までひとりぼっちだと思っていた世界が、少しずつ広がっていくのを実感していた。
その日の放課後、部室に入るなりアリアが新聞を脇に置いて告げた。
「来月、クラブ発表会があります」
「発表会?」
エリアスは首を傾げる。
「学園で年に一度、各部が成果を披露するの。審査員には教師だけじゃなくて外部の貴族も来るし、華やかな演目ほど評価されるわ」セリーヌが説明する。
「そうそう! 去年は楽団部が大合奏して、観客が総立ちだったんだって!」レポルトが目を輝かせる。
「逆に地味だったり危険と見なされれば……廃部です」アリアは冷静に言い放った。
エリアスは息を呑んだ。
「……ま、まさか我々も、その対象に……?」
「ええ。最近“爆発ばかりで危険”という噂が広がっています。廃部の可能性は高いでしょう。」
アリアの言葉に、部室の空気が少し重くなる。
その瞬間、エリアスは思い出していた。
発表会――もちろん王族として、そんな行事があることは知っていた。
しかし、彼にとってそれは「他人事」でしかなかった。
(……去年は観客席の隅で、一人で座っていたな……)
王族という立場ゆえに誘ってくれる友人もなく、周囲からは遠巻きにされる。
結局、ただ黙って観客席の端に座り、華やかな発表を見ては心の中で「自分には関係ない」と言い聞かせてきた。
(……どうせ私には無縁のものだと、そう思っていたのに……)
今こうして、魔導研究部の一員として発表会に関わろうとしている。
それは信じられないほど奇妙で、同時にほんの少しだけ胸をざわつかせる感覚だった。
しかし空気を変えるようにレポルトが立ち上がった。
「だからこそ派手にいこう! 特大の花火! 空一面にどーんと広がるやつ!」
「……花火、ですか?」
エリアスは思わず眼鏡を押し上げる。
「いいじゃない。華やかで、観客も盛り上がるわ」セリーヌも頷く。
「煤が髪につくのは嫌だけど……仕方ないわね」
「花火なら私も研究済みです。改良すれば安全性も……まあ多少は……ウヒヒヒヒ」アリアが妙な声を発しながら眼鏡を光らせる。
それを見てドン引きするエリアス。
三人はどんどん花火案で盛り上がっていく。
レポルトは「甘い香りの煙を出そう!」と言い出し、セリーヌは「ドレスに合う色合いがいい」と真剣に語り、アリアは「多段式打ち上げの魔導陣を組み込もう」と計算を始めた。
「……ま、待ってください。そんな大規模なものを……もし暴発でもしたら……」
エリアスは控えめに口を挟んだが、三人の勢いに飲み込まれてしまう。
部室は次第に「どんな花火を打ち上げるか」で大盛り上がりになり、彼の声はかき消された。
(……だ、大丈夫なのだろうか……。それにしてもアリア嬢はなぜあんなに爆発が好きなんだろうか……)
不安で胃の辺りが重くなるのを感じながらも、誰にも止められない。
こうして魔導研究部は、派手な花火案を掲げて発表会に臨もうと走り出したのだった。
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