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魔導研究部・初訪問

明日も18時に投稿します。

翌日の放課後。

エリアスは学園の片隅、物置のような一角にある扉の前で立ち尽くしていた。


(……こ、ここで合っているのだろうか。看板もないし、妙に雑然とした雰囲気が……)


おそるおそる扉を押すと、中は想像以上の混沌だった。

机の上には魔導具の残骸らしき金属片、半分食べかけのお菓子の箱、そして床にはダンベルが転がっている。



「……え、えっと……ここが、部室で……間違いないのですよね?」



小声で尋ねると、分厚い眼鏡を光らせた少女が顔を上げた。


「ようこそ、魔導研究部へ」

「は、はい……お邪魔いたします……」


改めて案内されても、どう見ても研究室というより物置だった。







「せっかくなので、まずは自己紹介をしましょうか」

アリアが新聞を脇に置き、眼鏡をくいっと押し上げる。


「私は部長のアリア・ブランデン。趣味は魔導具の発明と実験。……爆発は大体計算通りです」


「……け、計算通りで……爆発、ですか……?」




 続いて、金髪ふわふわのおめめキラキラ少年がぴょんと立ち上がった。


「僕はレポルト! 侯爵家の三男だよ。甘いものが大好きで……あ、でも一人で食べると寂しいから、皆で食べるのが最高なんだ!」

「そ、そうですか……甘味を、皆で分かち合うのは……良いことかもしれませんね」




最後に、銀髪ストレートのクールビューティがすらりと立ち上がる。


「セリーヌ。新興貴族の次女よ。市場の流行には詳しいわ。部室を片付ける気はあんまりないけど」

「え、ええと……片付けは……大事だと思いますが……」







「では、活動内容の説明をします」

アリアが指を折りながら語り出す。


「月曜・木曜・金曜は早朝6時からトレーニングです」

「……ろ、6時ですか? そ、それは随分と……お早いですね」


「スタイル維持のために私が提案したの」セリーヌが涼しい顔で言う。


「最初は嫌だったんですけど……体力がついて徹夜しても平気になったので、悪くはありません」アリアが淡々と続ける。


「僕も魔力制御しやすくなったよ! でも筋肉痛はいやだ!」レポルトが元気に首を振る。


(け、研究部なのに……体力作りから始まるのか……)



「火曜の放課後は乗馬です」

「じょ、乗馬……ですか?」


「辺境では必須でしたから。移動や採取に便利なんです」アリアが頷く。


「馬かわいい!」レポルトが両手を挙げる。

「私は蹄の音がリズム良くて好きね」セリーヌがうっとり。


(……ますます研究から遠ざかっているような……)



「土曜は市場調査です」

「おお、それは……研究らしい活動に……」


「……という名のスイーツ巡りです!」レポルトが誇らしげに胸を張った。

「そ、そうでしたか……なるほど……」


セリーヌも「新作ケーキの流行は侮れないのよ」と真剣に言い、

アリアも「糖分補給は頭脳労働に必須です」と断言した。


(……やはり、研究というより……趣味の集まりに近いのでは……)





「さて――エリアス様も、何か提案はありますか?」

アリアの視線がまっすぐ向けられる。


「え、えっと……わ、私は……勉強しかできませんので……」


途端に、三人の瞳が一斉にキラッと輝いた。


「魔術教えてください!」セリーヌが身を乗り出す。

「歴史が全然ダメで……」レポルトが涙目で訴える。

「興味ある教科は完璧なんですが、それ以外がからっきしで」アリアが冷静に告白する。


「……え、あの……そんなに期待されても……」


三人揃って机を叩き、声を揃える。


「「「エリアス先生お願いします!!!」」」


部室に響く熱気。

エリアスは思わず背をのけぞらせた。


(わ、私が……先生……? でも……勉強くらいしか取り柄はないし……)


少しだけ胸が温かくなるのを感じながら、エリアスは小さくため息をついた。


「……わ、分かりました。僭越ながら……お手伝いさせていただきます」

「はーい!」

「お菓子も準備しておくね!」

「私はノートを可愛くデコるわ!」


 わいわいと騒ぐ声に包まれ、緊張していたエリアスの表情がほんの少しだけ緩んだ。








――こんなことになるとは、正直、思っていなかった。


「勉強しかできません」と言っただけなのに、あんなに目を輝かせて頼まれるなんて……。

ただでさえ人前に立つのは苦手なのに、ましてや“先生”だなんて。

私に務まるのだろうか。

途中で呆れられて、結局「やっぱり使えない」と思われるのではないだろうか。


そう考えると、胸の奥がじわりと重くなる。

昔からずっとそうだった。

努力したつもりでも、最後には「役に立たない」と片付けられて終わる。

人前では何も言えず、陰に沈み……裏では疎まれているのだろうと、ずっと思っていた。


……なのに。


不思議なことに、ほんの少しだけ胸が高鳴っている自分がいる。

誰かに必要とされるのは、こんなにも心をざわつかせるものだったのか。

期待されることが怖いはずなのに、それ以上に、どこかくすぐったいような嬉しさがあった。


加えて――私は今日、気づかされた。

貴族という一つの特殊な社会の中にも自分の知らない世界があるのだと。

研究や訓練や市場調査と称した甘味巡り……王城の生活だけを見てきた自分には、想像もできなかった価値観だ。

それが正しいのかは分からない。けれど、そこには確かに“自由”があった。

貴族に義務があるのと同じで、この国の王子であることに義務感ばかりを感じていたかもしれない。

ただでさえ疎まれている存在なのに、国の役に立つこと以外自分はしてはいけないのだと思っていた。



そして彼女たちは、王子である私を特別扱いすることなく、ただ一人の仲間として迎え入れてくれた。


…色眼鏡も畏れもなく接してくれる、その距離感が、なぜかありがたく思えてしまった。


私はずっと、自分は陰キャで、誰からも面倒に思われているのだと信じ込んでいた。

それなのに、こんなにも何も気にせず笑い合う人たちがいる――その存在が、なんだかくすぐったく感じる。


不安と、わずかな期待。

どちらが大きいのか、自分でも分からない。

ただひとつ言えるのは――この奇妙な集まりの中に、もしかしたら自分の居場所があるかもしれないと思ってしまったことだ。


週3で朝6時集合はちょっと嫌だけど…という気持ちを添えて。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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