学園の空気と、変人たち
明日の18時に次のお話を投稿します!
王立学園の新学期が始まった。
夏季休暇を終えた校舎は、再会を喜ぶ生徒たちの声でにぎやかに揺れている。
廊下では「休暇中にどの舞踏会へ出たか」「誰と縁談が進んだか」といった話題が飛び交い、教室の中ではすでに貴族同士の駆け引きが始まっていた。
この学園は、ただ学問を修める場ではない。
王国の未来を背負う若き貴族たちが集まり、次代の勢力図が描かれる場所でもあった。
だからこそ、学園には三つの大きな派閥が存在している。
一つは、第二王子リチャードを中心とする派閥。
「伝統」を重んじ、王家の威光を守ることを掲げている。
名門や武門の子弟が多く集まり、学園で最も規模が大きい。
彼らに属することは即ち「安定」を選ぶことと同義だった。
二つ目は、中立派。
辺境や地方の貴族、実務に近い立場の者が多く、派手な動きは見せない。
だが、彼らの存在が均衡を保っているとも言われる。
「どちらにつくかは情勢を見てから」とする、現実主義の集団だ。
三つ目は、新興貴族派。
近年、商業や交易で力をつけた家々の子弟が集まる。
「古い伝統を打ち壊し、新しい王国を築くべきだ」と声高に叫ぶ彼らは、時に過激な思想を掲げることもある。
変化を求める若者らしい勢いがあるが、同時に危うさも孕んでいた。
ほとんどの生徒がいずれかの派閥に入っていた。親の派閥がそのまま子の派閥なことがほとんどであるが…
このいずれにも属さない奇妙な存在があった。
「魔導研究部」
生徒たちはその名を口にする時、決まって嘲り混じりに「変人部」と呼ぶ。
礼儀作法や武芸を重んじる学園にあって、魔導研究部はひたすら魔導具の開発や実験に明け暮れる。
伝統にも権力にも関心を示さず、ただ己の興味だけで動く。
派閥争いが学園の空気を支配する中、彼らの存在は異質であり、だからこそ浮いていた。
その中心にいるのは――辺境伯令嬢、アリア・ブランデン。
「魔導研究部」
――そう呼ばれる集団の部室は、校舎の片隅にある旧実験棟の一室だった。
他の部活が広間や庭園で活動する中、ここだけは妙に埃っぽく、薬品や魔石の匂いが漂っている。
だが、彼らは意に介さなかった。むしろ「人が来ない」という理由で好んでここを選んでいるのだ。
部長はもちろん、アリア・ブランデン。
瓶底眼鏡にストロベリーブロンドをおさげにして、隠遁者じみた姿で日夜研究に没頭する辺境伯令嬢。
奇抜な発想を平然と口にし、時に周囲を呆れさせながらも、それを実現してしまう天才肌。
彼女を中心に、この奇妙な部は形を保っていた。
二人目はレオポルト・フォン・ヴァレンシュタイン。
この国最強の騎士団を擁する名門侯爵家の三男である。
だが、家の期待とは裏腹に、彼は剣も戦もまるで興味がなかった。
肩までのふわふわとした金髪に、ぱっちりとした瞳。小柄で愛らしいその姿は、どう見ても侯爵家の息子というより人形のようだ。
しかし彼の内には、四代前の先祖返りと呼ばれるほどの強大な魔力が眠っている。
王国随一の騎士団を擁する名門の出身だが、本人は戦や剣に関心がなく、甘党でのんびりした性格をしている。
もう一人の部員は、セリーヌ・ド・アルノー。
新興貴族の次女であり、一族は宝石や衣料品の貿易で成功を収め、男爵位を得たばかり。
真っ直ぐに流れるシルバーブロンドの髪に、切れ長の瞳。
誰もが振り返るほどの美貌と抜群のスタイルを持ちながら、その見た目ゆえに「近寄りがたい」と疎まれることも多かった。
「また部室、散らかしてるのね……アリア。これじゃ資料が台無しよ」
溜め息を吐きつつも、手際よく本や試験管を並べ直す。
彼女は流行に敏感で、魔導具の外装デザインや情報収集を一手に引き受けていた。
入学当時、課題でペアを組むとなった時にセリーヌはなかなかペアが見つからなかった。同じく余り物であったアリアと偶然ペアになったことがきっかけで仲良くなった。
余り物同士、何だか気が合ってしまったのだ。
それがなければセリーヌは友人もできず、ただ孤立していたかもしれない。
学園では“変人集団”と笑われるが、彼らはそんな視線を一顧だにしない。
誰に理解されなくとも、自分たちの「面白い」と思うことを追求する――それが、この部活の在り方だった。
こうして奇妙な三人は「魔導研究部」として結束していた。
その日もアリアは、授業を終えると迷わず部室へ向かっていた。
実験用の新しい魔石を試す予定があり、頭の中ではすでに調合の段取りを組み立てている。
だが、廊下の曲がり角で足を止めざるを得なかった。
目の前に、黒縁眼鏡に長い前髪――第一王子、エリアスが立っていたからだ。
「……辺境伯令嬢」
不意に声をかけられ、アリアは瞬きをした。
「……わたしに何か用が?」とめんどくさそうに答える。
わざわざ廊下の真ん中でエリアスに話しかけられる理由など、思いつかなかった。
だが、エリアスは静かに話し始める。
「王族は、生まれながらにして何かひとつ、人よりも優れた感覚を持つといいます」
アリアは眉をひそめる。
エリアスは眼鏡の奥からこちらを見据え、言葉を続けた。
「目、耳、口……私は“耳”を授かりました。一度聞いた声は決して忘れません。
あなたの声を見つけました。」
淡々と告げられ、アリアは言葉を失った。
――やはり、この男は気づいてしまったのだ。
内心「チッ」と舌打ちしていたアリアに、エリアスは深々と頭を下げた。
「助けてくれてありがとうございます。あの時、あなたがいなければ私は命を落としていたと思う。……何か、私にできることはありませんか?」
真っ直ぐな声音。
アリアはしばし無言で見つめ返し、そして小さく肩をすくめた。
「別に、礼を言われる筋合いじゃありません。勝手に拾っただけですから」
一度はそう言い放ち、通り過ぎようとする。
だが、ふと足を止め――にやり、と口元を歪めた。
瓶底眼鏡の奥で、瞳がきらりと光る。
「……そうですね。お礼、いただきましょうか」
エリアスが瞬きをする。
アリアは振り返り、悪巧みをする子供のような顔で言った。
「魔導研究部に入部して下さい」
「……魔導研究部?」
「ええ。実は困っていたんです。部員が三人だと、実験場の利用時間は一枠しかもらえないんですよ。
でも、四人以上になるとね――どんなに爆発しても壊れない競技場の使用時間が三十分増えるんです」
「……増える理由がそれでいいのか……?」
呆れ気味に返すエリアス。
しかしアリアは涼しい顔で眼鏡を押し上げた。
「いいんです。私たちにとっては死活問題なんですから」
こうして第一王子エリアスは、ほとんど強引に“変人集団”の一員へと組み込まれていくのだった。
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