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〜幕間〜 定期試験直前! 魔導研究部の地獄補習

明日も22時投稿予定です!


 王立学園に冬の気配が忍び寄る頃――。

 冷たい風が窓枠を鳴らし、教室の中でも生徒たちは白い息を吐いていた。そんな時期、全生徒にとってもっとも避けがたい現実が迫っていた。


 定期試験である。


「……はぁぁぁぁぁぁぁ……」


 魔導研究部の部室に、ため息が重低音のように響き渡った。

 椅子に沈み込み、机に扇を広げてぐったりしているのは銀髪の麗人――セリーヌ。宝石のような瞳がすっかり曇り、薔薇の花びらのような溜め息ばかりを零している。


「どうしました、セリーヌ嬢」

 黒縁眼鏡を押し上げながら、エリアスが心配そうに声をかけた。


「見たでしょう? 試験範囲。市場調査や収益率なら得意なのに、魔術理論の式展開だなんて……無味乾燥で頭に入るはずがないわ!」


「……いや、符式には数字が含まれているものもありますから、むしろ得意分野では」

 アリアが瓶底眼鏡をくいっと押し上げ、冷静に突っ込む。


「違うのよ! 数字には香りがあるの。宝石や金貨なら甘いバラの香りがする。でも、符式の係数なんて無臭! 無理!」


(無臭……そんな基準で勉強を選んでいたのか……)

 エリアスは心の中で深々と頭を抱えた。






「ぼ、僕はもっと深刻かも……」

 隣でノートをぱらぱらとめくりながら青ざめているのは、ふわふわ金髪のレポルトだ。侯爵家の三男坊で、甘党でのんびりした彼は今日も机の下にクッキーの袋を隠している。


「歴史が、全然覚えられないんだ……。だって戦争とか王朝交代とか、興味ないんだもん」


「……少しくらい努力をしましょう」

 エリアスは呆れた顔でため息をついた。


「でもね! お菓子の歴史なら完璧なんだよ!? ほら、『初代ショコラトル王がチョコを広めた年』とか!」


「誰ですかその王は!」


 エリアスのツッコミにアリアが冷静に補足する。

「……おそらく自作の王朝史でしょう。史実には存在しません」


 セリーヌは扇を額に当て、憐れむような目を向ける。

「このままじゃ赤点確定ね」


「ええっ!? 赤点って甘いの!? それとも苦いの!?」

えへへ、とレポルトが冗談にならない冗談を言う。


「苦いに決まってるでしょう!!!」

 三人同時のツッコミが炸裂した。






「ではアリア嬢、簡単な問題を。375掛ける12は?」

 エリアスが試すように問いかけた。


「えっと……爆薬調合に換算すると、375グラムを12回重ねるから……4,500です!」


「正解だけど!!! なぜ爆発に変換するんですか!」


 机を叩いて叫ぶエリアスに、アリアは眼鏡を光らせながら堂々と答える。

「関連付ければ暗記効率が向上するのです」


「……だから部室が爆発するのよ」

 セリーヌがため息をついた、その瞬間――


 ――ドンッ!!


 机の上に置いてあった「暗記強化符」が、勝手に反応して爆ぜた。黒板は一瞬で煤に染まり、白煙がもうもうと立ち上る。


「ほら見なさい!!!」

「誰ですか今の!!」

「……符の貼り方を間違えただけです」


「三回目ですよね!?」

 ツッコミと悲鳴が入り混じった。





「ではセリーヌ嬢、次は魔術基礎の詠唱をやってみましょう」

 エリアスが黒板に簡単な符式を書き、指さす。


「ふん、それぐらい簡単よ」

 セリーヌは扇を閉じ、すっと片手を掲げる。


「……イン・フラム――」


 その瞬間、声が半音上ずり、語尾が揺らいだ。


 ――ぼふぁっ!!!


 本来は灯火がともるだけの術が、机の灰皿を盛大に吹き飛ばし、部屋中に灰色の煙と粉をまき散らした。


「ぎゃあああああっ!?」(レポルト)

「ノートが灰まみれに!!」(エリアス)

「ムフフ……爆発は計算どおり……やるじゃないですか」(アリア)


 三人とも灰まみれ。レポルトのふわふわ金髪は真っ白に染まり、アリアは瓶底眼鏡まで灰で濁る。


 セリーヌ本人だけは涼しい顔で扇を広げ、一言。

「……灰色って、意外と似合うと思わない?」


「誰もおしゃれの話してません!!!」

 部室に三重のツッコミが轟いた。


「やはり語尾が上がる癖が致命的です」

 エリアスは冷静に分析する。

「次は半音下げて、吸って二拍、吐きながら四拍」


「えぇ〜……呼吸法って面倒……」

「面倒で爆発される方がもっと迷惑です!!!」


 こうしてセリーヌの灰まみれ特訓は続いていった。






 散々な爆発劇を経て、エリアスはついに観念した。


「……分かりました。私がこれからみっちり補習をしますから覚悟をしてください」


「やったーー!」

 三人が歓声をあげる。アリアも一緒に喜んでいる姿に思わずエリアスは微笑ましくなる。


 こうして魔導研究部の地獄の補習が幕を開けた。







セリーヌは現実逃避を始め答案用紙にひたすら薔薇の落書きを描き続ける。


「セリーヌ嬢! 符式を書いてください!」

「バラも符式の一種よ!」

「どんな理論ですか!」


レポルトは暗記カードを全部お菓子の包み紙で作る。


「見て! マシュマロの包み紙が“百年戦争”!」

「違います! お菓子と戦争を並べないで!」


 歴史の年号が全部「チョコの日」に塗り替えられる惨状。


アリアは暗記符札を改良し続けて爆発三回。


「エリアス様! 記憶効率三倍ですよ!」

「黒板が四枚吹き飛びましたよ!っていうか試験勉強してください!!」








 夕暮れ。窓の外に冬の夕日が沈み、部室には橙の光が差し込む。

 四人は机に突っ伏し、疲労でぐったりしていた。


「……私はなぜ、こんな人たちの先生をしているのでしょうか」

 エリアスが空を仰いでつぶやく。


「だって先生がいないと赤点だから!」

「先生、見捨てないでぇ」

 三人揃って机をドンドン叩く。


 その瞬間、エリアスの胸にふっと温かさが灯った。

 必要とされることの重み――それは孤独だった王子の心を柔らかく溶かしていく。


「……分かりました。全力でお手伝いします」


「やったーーー!!!」

 再び部室に歓声が響いた。






 最後にセリーヌが扇をぱちんと鳴らす。

「試験が終わったらパーティーよ」


「甘い物パーティーだ!」(レポルト)

「暗記符札の改良実験をします」(アリア)

「……まずは赤点回避です!!」(エリアス)


 爆笑と悲鳴に包まれる部室。

 窓の外では冬の風が冷たく吹いていた。


 けれど仲間と過ごす時間は――それすらも温かく感じられるのだった。








 数日後。

 試験結果が張り出された瞬間、学園の廊下は悲鳴と歓声でごった返した。


「……え?」

 セリーヌが目を瞬かせ、成績表の自分の名前を凝視する。

「魔術基礎、まさかの平均点超え!? あれだけ爆発したのに!」


「爆発してたから覚えたんじゃないですか?」

 アリアが冷静に分析し、眼鏡をくいっと押し上げる。


「僕は……あっ」

 レポルトは震える指で歴史の欄を指差した。

「赤点じゃない! ぎりぎり……ほんとにぎりぎりで合格してる!!」


「それは“チョコの日”で覚えた分が効いたんですよ」

 エリアスが呆れながらも笑みを浮かべる。


「フフ……私は学年3位です」

 アリアは胸を張った。歴史と魔術系は満点。その他いつもボロボロの教科はエリアスのおかげでそれなりの点数が取れたようで満足のいく結果だったようだ。


「そして私の結果は――」

 エリアスは自分の名前の欄を見て、小さくため息をついた。

「……まあ、当然の結果です。満点です」


「さすが先生!!!」

 三人が一斉に振り返り、拍手喝采。


 その瞬間、エリアスの胸に、また小さな温もりが灯った。

 孤独だった王子にとって、仲間と笑い合い、支え合うこの瞬間こそが何よりの宝物だった。






試験をなんとか乗り切ったその夜。

魔導研究部の「打ち上げ」は、エリアスの王族用の部屋で行われることになった。


広々とした机には、レポルトが持ち込んだ焼き菓子とパイの山。

セリーヌが選んだ香り高い紅茶の葉が並ぶ。


「……殿下のお部屋で、こんなにわいわいするなんて」

セリーヌがソファに腰を下ろしながら微笑む。


「勉強の疲れも甘い物で吹き飛ぶね!」

レポルトは早速クッキーを頬張り、頬を緩ませる。


「糖分は正義です」

アリアはパイを手に取る。


エリアスもどこか楽しげだ。



そこへ、扉がノックされる。

「失礼いたします、エリアス様」

侍女メイベルが銀盆を手に現れた。


彼女は何事もなかったように茶葉をポットに入れて蒸した後紅茶を注ぎ、菓子皿を整え、ソファに座る三人の肩にひざ掛けをそっとかけていく。


「まあ……本当に、殿下にこんなお友達ができて」

微笑む声は、どこか誇らしげだった。


「メイベルさん、ありがとうございます!」(レポルト)

「さすがの気配りですね」(セリーヌ)

「そのお心遣い、見習わなくては」(アリア)


「もったいないお言葉をありがとうございます」

メイベルが優しく笑う。その様子にエリアスも自然と頬を緩めた。





紅茶の湯気、甘い菓子の香り、そして仲間の笑い声。

王族用の豪奢な部屋が、初めて「孤独の象徴」ではなく「帰る場所」に感じられた。


メイベルは窓辺のカーテンを整えながら、そっとつぶやく。

「……殿下。こうしてお仲間と並ぶ姿、王妃様がご覧になれたら、どれほどお喜びになったでしょうね」


エリアスは一瞬、胸が熱くなり、眼鏡を押し上げた。

「……はい。私も、ようやく分かりました。居場所をくれる仲間の大切さを」


アリアが悪戯っぽく笑う。

「では次は、試験対策じゃなくて研究合宿にしましょうか」


「朝六時から走り込みも追加ね」(セリーヌ)

「ぼく、お菓子係!」(レポルト)


「……その前に課題を片付けましょう!」

エリアスのツッコミに、また笑い声が広がる。




そこへ、セリーヌが扇を軽く鳴らして提案する。

「そうだわ、冬休みにはどこかへ出かけましょう。王都に閉じこもってばかりじゃつまらないでしょ?」


「いいですね。私の領地なら雪も深いですが、資材も揃ってます。研究環境は最適です」

アリアがさらりと答える。


「ブランデン領!? 雪! 寒い! でも……甘い物持っていけば大丈夫かな……」

レポルトがすでに菓子袋を抱え込んでいる。


「心配ありません」

アリアは瓶底眼鏡を光らせて、ふっと微笑んだ。

「ブランデン領は、蜂蜜漬けのベリーや、雪を符式で浄化したアイス菓子が特産です。冬の方が甘味が濃くなるんですよ」


「な、なんだって!? 雪アイス!? は、蜂蜜ベリー!?」

レポルトの瞳がまるで星のように輝き、ソファの上で小躍りする。

「絶対行く! 行かない理由がない! 僕は冬休みをブランデン領に捧げる!!」


「……あなたの決意はすべて胃袋経由なのね」

セリーヌは呆れながらも楽しそうに笑い、エリアスに視線を送る。



その横で、エリアスは言葉を飲み込んでいた。

(……私も、一緒に行っていいのだろうか? 王族の私が、彼女たちの“遊び”に混ざって……)

胸の奥がふわりと温かくなる一方で、長年の孤独がためらいを生む。


「……その……私などが、ご一緒しても……?」

勇気を振り絞って絞り出した声に、三人は一瞬きょとんとした。


「何を言ってるんですか、殿下!」レポルトが即座に笑顔で返す。

「お菓子は四人で食べた方が美味しいに決まってるよ!」


「殿下がいてくださるから、私たちは研究も遠出もできるのです」アリアも真っ直ぐに言う。


「そう。あなたはもう“魔導研究部の一員”。遠慮する理由なんてないわ」セリーヌは扇を閉じ、堂々と言い切った。


その瞬間、エリアスの胸の奥で小さな火が、確かな炎へと変わった。

「……ありがとうございます。では、ぜひ……ご一緒させてください」


窓の外では冬の風が冷たく鳴っている。

だが、王子の部屋は仲間と侍女の温もりに満ち、未来への小さな約束が灯された夜だった。

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