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打ち上げのダンスパーティー

明日も22時投稿予定です!

発表会の結末は簡潔だった。

優勝は王立戦技演武部――指揮を執った第二王子リチャードに、鳴り止まぬ万雷。

だがトリを飾った魔導研究部も、〈守火もりびブロック〉で特別賞を受けた。

光でも剣でもなく、「冬を越す火」という一点で、観客の胸に静かな焔を灯したからだ。


…そしてその翌晩。学園恒例のダンスパーティー――各部の打ち上げを兼ねた祝祭が幕を開ける。



 王宮から会場までの途中にブランデン家のタウンハウスがある。一旦王宮に戻り身支度を整えてきたエリアスはアリアの家へ迎えに行った。


扉を開けると、そこにいたのは――普段瓶底眼鏡に隠れている研究者ではなく、華やかに着飾られた少女だった。


淡い青のドレスに身を包み、髪は母に結い上げられ、耳には細い真珠。

アリアの兄が山奥から持ち帰った希少な研究素材と交換条件で、本人がしぶしぶ眼鏡を外したらしい。

瓶底が消えたその瞳は、まっすぐで、驚くほど澄んでいた。


「……何をそんなに見てるんですか、殿下」

アリアは不機嫌そうに唇を尖らせ、ぶつぶつ文句を言う。

「爆発実験なら眼鏡が必要です。でも今日は爆発しません。母が“外しなさい”って……ほんと面倒です」


「面倒……ですか」

エリアスは言葉を失っていた。

研究室では埃にまみれても凛々しい少女。けれど今目の前にいるのは、誰よりも可憐で、可愛らしく、そして誰よりも強い彼女だった。


背後でアリアの母が静かに笑い挨拶をする。現存する貴族夫人の中で最も美しいと囁かれる人だ。

「……実は、あなたのお母さまとは、かつて親友でしたの」

柔らかい手がエリアスの肩に触れる。

「こうしてアリアと並ぶ姿、少し夢の続きのようで」


胸が温かくなる。

「ありがとうございます。彼女と同じ部にいられること、幸運です」


「幸運は自らの手で掴むもの。今夜は堂々となさって」

その一言に、背筋が自然と伸びた。



エリアス自身もアリアの母に身支度を整えられた。

髪を軽く整えられ、鏡に映った自分に、思わず息をのむ。


「……これは」

整った顔立ち。母から受け継いだ面影が、そこにあった。

第二王子にも引けを取らない、正統な王族の姿。



「殿下」夫人は静かに言葉を置く。

「アリアたちと同じ席を選び、命の火を選んでくださってありがとう。お迎えしたのはあの子たちの方ですが、あなたが“ともに居て”くれたことを、心から嬉しく思います」


「……身に余るお言葉です」

(迎えたのは彼女たち――そう、私は途中から入れてもらった側だ)

それでも、「居続ける」ことを、今は選べている。胸の奥で小さく火が強くなる。




会場へ向かう馬車で、私は前から気になっていたことを訊いた。

「……そういえばどうして、いつも眼鏡を?」


アリアは一拍置いて、掌でレンズの重みを量るようにしながら答えた。

「目が、良すぎるんです。炎の揺らぎも、符式の歪みも、街角の影の動きも、必要ないところまで見えてしまう。便利ですが、常に神経が削られる」


「だから、あえて鈍らせる?」


「はい。自分の火力を落とす。周りと歩幅を合わせるためでもありますし、あと爆発の『危険』をちゃんと怖がれるように。――怖がれなくなった研究者は、危ないので。」


「…一度大怪我をしましたしね。」

最後にアリアは珍しく、恥ずかしげにボソッと呟く。


私はその横顔を見つめて、心のどこかでそっと頷く。(弱さじゃない。制御だ。彼女は強く、賢い)






会場に到着すると、シャンデリアが波紋のように光を落とし、各部の面々が談笑していた。

先に待っていたセリーヌは、銀のドレスでまさに「美の暴力」。

レポルトは白衣装に襟飾り、天使が歩いてくるみたいだ。


エリアスとアリアが合流した瞬間、視線が雪のように降る。

「誰……?」

「あんな子いたかしら――」

囁きは驚きの温度を帯び、やがて好奇と羨望へ色を変えた。


「改めて、おめでとう」

四人で小さく杯を合わせる。発表会の緊張がほどけ、笑いが自然と生まれる。





「では、せっかくだし、ダンスを――」

とセリーヌが言った後に司会の合図があり、中央に人の輪ができる。

……が、エリアスとアリアとレポルト、三人の足は見事に床へ根を張った。


「む、無理では……?」(エリアス)

「踊りとは左右に移動しながら落ち着いて呼吸する儀式ですよね。呼吸は得意ですが、左右の移動が……」(アリア)

「ぼ、僕、ステップ覚えるとすぐ甘い物のこと考えちゃって」(レポルト)


セリーヌがこめかみに手をあて、天を仰ぐ。

「……あなたたち、発表会で大人たちの心は揺らせるのに、踊りの一歩は踏み出せないのね」

ぱん、と扇を軽く鳴らす。「決めました。次の朝練はダンス」


「ええっ」「むりです」「甘い物の朝練が……」

三者三様の悲鳴。

「大丈夫。姿勢とカウントは筋トレと同じ。美は反復から」

セリーヌの目は本気だ。たぶん、明日の朝六時に地獄の反復が待っている。




踊らないなら踊らないで――と、四人は端のテーブルへ移動した。

湯気の立つスープに、焼きたての小さなパイ。レポルトが「はふっ」と頬をほころばせ、アリアは「糖分は正義です」と天啓のように言い、エリアスは笑って頷いた。


「ねえ、殿下」

アリアがすこしだけ真顔になる。

「守火は、これからが本番ですよ」


「ああ。発表は“始まり”にすぎない」


「生産、流通、価格、冬の配給先、教会の焚き場……ね」

セリーヌが横から話しかける。「数字は出しておくわ。算盤でも作れるの」


「ぼく、配合の家庭用レシピ考える。甘い匂いの安全版も!」レポルトも誇らしげに話す。


「……頼もしいな、皆」

自然にこぼれた言葉に、胸の内側が静かに温かい。

(これは俺だけの“義務”ではない。私たちのやりたいことだ)




 ……楽団が次の曲を奏でると同時に、視線の一角が冷たく光った。

 壁際のテーブルに集まっていた数人の生徒――リチャード派の側近候補たちだ。杯を片手に、こちらを見ては口元を歪める。

「特別賞、ですってよ」「情けない救済賞だな」

 わざと耳に届く音量。彼らの笑いは鋭く、氷の欠片みたいに胸へ刺さった。


 その中心にリチャードの姿があった。彼だけは杯を口にしたまま、側近たちの言葉に頷きもせず、否定もせず。


 やがて彼は立ち上がり、すっとこちらへ歩み寄った。

 人の輪が自然に割れる。背筋の通った金髪の第二王子は、場の空気を掴むのが本能のようだった。


「兄上」

 柔らかな声。だが、何色にも染まっていない瞳。

「本日はご苦労さまでした。……〈守火〉とやら、興味深い試みでしたね」


 皮肉とも賞賛とも取れる言葉。どちらにしても、その口調には剣の刃先のような曖昧さがあった。


「ありがとう、リチャード」

 エリアスは真正面から応じた。背筋を伸ばしたまま、視線を逸らさず。

「君の演武部の発表も、見事だった」


 一瞬、兄弟の瞳が正面からぶつかり合った。

 リチャードの口元に、かすかな笑みが生まれる。だがそれが温もりか、挑発か、判別はつかない。


「では、また舞台の上で」

 そう言って踵を返す。

 側近たちは「殿下!」と慌てて追随したが、彼らの背に漂う空気は兄に向けた敵意そのものだった。


 残されたエリアスの胸に、冷たさと熱が同時に残った。

(……弟は、まだどちらへも振れていない。けれど、その背後の牙は俺に向けられている。見誤るな――)






音楽と談笑が交じる会場の片隅、魔導研究部の4人が集まってグラスを手にしていた。


アリアは赤い果実水をくいっとあおり、瞳の奥で怪しく光を宿す。

「やっぱり、魔導研究はいいですね……ムフフフフ……」


「な、何その笑い方!?」

レポルトが持っていた菓子皿を落としそうになる。


「そういえばさ」レポルトは慌てて話題を変えようとするように続けた。

「アリアって魔法はもう完璧だし、なんでもできそうなのに……なんでそんなに魔導研究にこだわるの? 僕なんて魔力だけあって全然使いこなせてないから、正直うらやましいんだけど〜」


アリアはふっと口元を歪めた。

「……魔導研究は、ただの魔法のように“目の前”だけじゃない」

グラスを掲げ、わざとらしく悪役じみた表情を浮かべる。

「世界の仕組みに干渉し、人々の生き方すら左右できるのです……!」


「いやいやいや!?」

「やめなさい、その顔!」

「完全に悪役ムーブじゃないの!」


三人同時のツッコミ。


セリーヌは眉をひそめて扇で口元を隠す。

「こうして見ると……学園の爆発事件も全部あなたのせいにされてもおかしくないわね」


「ムフフ……」アリアはさらに得意げに眼鏡を光らせる。


「いや、否定して! 肯定しないでください!」

エリアスが思わず前髪をかき上げる。


「アリア、怖いよ! ぼくのお菓子の世界まで研究されちゃうの!?」

レポルトが菓子皿を抱え込み、涙目になる。


「大丈夫ですよ、レポルト」

アリアは真顔に戻り、さらりと告げる。

「お菓子もまた、世界に影響を及ぼす偉大な研究対象です」


「やっぱり怖いわーー!!」


どっと笑いが起きる。

緊張と疲労で張り詰めていた空気が、ふっとほどけていった。


帰り際、四人は門を出る前に小さな円になった。

「明朝、六時」「ダンス」「ええええ」

笑い声が、夜気にほどけていく。


エリアスは一人、空を見上げた。

シャンデリアの光よりずっと遠くで、秋の星が凛としている。

(俺は――いや、私たちは)

ほんの一拍だけ言い直し、静かに決める。

(この冬を越す。仲間と一緒に)


遠く、王都の風が薄く鳴った。

冷たいはずの風の中、胸の奥は、確かな温度を保っていた。


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