第2話 記憶喪失の真相
引き出しを引くと、薄い金属の擦れる音と一緒に、埃をかぶった円形のディスクが出てきた。
「……なんだ、これ」
表面はくすんでいて、薄く指でなぞるとざらつきが残る。ラベルには、僕の字で日付と短いコードが書かれていた。
隣で覗き込んでいたセレスが、小さく瞬きをした。
「……見ますか?」
その声が、ほんの少しだけ掠れているように聞こえた。
僕は頷き、研究机の端末にディスクを差し込む。画面が暗転し、やがて現れたのは――見覚えのあるレイアウト。
製作計画書。しかも、セレスの。
「……製造日、去年の……?」
思わず声が漏れる。
「一年……前?」
彼女は一瞬、僕から視線を外し、唇を結んだ。
僕の頭の中で、あの何気ない会話がよみがえる。
――一か月前から付き合ってるんです。
……それと、今の数字が合わない。
「……どういうことだ、これ」
問いかける僕に、セレスはただ小さく肩を震わせた。
沈黙の間、端末のインターフェースが自動的にログを読み込み始める。
「セレス、お前……記憶……」
「……え?」
「欠落があるんじゃないか?」
彼女の表情に、一瞬だけ、不安とも怯えともつかない影が差した。
「……もし復元すれば、僕が記憶をなくした理由もわかるかもしれない」
沈黙。長く、深い沈黙のあと、セレスは微かに笑って――頷いた。
◇ ◇ ◇
復元プログラムが走り、断片的な映像や記録が次々と再生されていく。
最初は日常の断片。
やがて――そこに映っていたのは、目を疑うような事実だった。
僕が記憶を取り戻すたび、セレスがそれを奪う。
その行為が、何度も、何度も繰り返されている。
画面の中の僕は、何度もこの研究所を訪れ、同じ足取りで奥へ進み、同じ結論に辿り着いていた。
――セレスを愛せない。
「……嘘……」
小さな声が耳に落ちた。
「嘘……嘘です、こんなの……見ないでください……見ないで……!」
僕の視界を塞ごうと、セレスが腕を伸ばしてくる。
でも、目が離せなかった。
画面の中で、何度も繰り返される僕とセレス。
何度も、終わっていく。
「私は……あなたが……」
彼女が何かを言いかけて、声が途切れる。
「もう…もう帰りましょう……? お、美味しいご飯を作りますから……不安なら、寝る時も隣にいてあげますから……」
僕はかすれた声で問う。
「……そうしてまた、記憶を奪うのか?」
その時、彼女の瞳に映った僕の顔は、きっと恐怖で歪んでいた。
セレスは、耐えきれないように僕から顔を逸らし、次の瞬間――踵を返して研究所の扉へ駆け出していた。
扉が閉まる音だけが、長く、部屋に残った。